三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

権力とテーマパーク

2009年02月22日 08時04分46秒 | Weblog



しばらく歴史テーマから遠ざかっています。
あんまり冬の間は、歴史探訪する機会がない、ということですね。
昨年の年末には雪が来るまえに、オホーツク方面の遺跡復元住居などを
見に行きたいと思ったのですが、
ちょうど大雪がやってきて、断念せざるを得ませんでした。
また、道南地方にも松前藩関連の遺跡があり、
それも見に行きたいと念願しています。
だんだん、東北地域からふたたび北海道地域に興味が
向かってきていたのですね。
この列島社会では、北海道はやはり特異な発展形態を取ってきた地域。
しかしだからといって、人間の基本的な営み活動から
経済活動から、日本社会と無縁だったとは言えない。
むしろ、交易は積極的なひとびとが北海道に住み着いていた。

写真は、日光に行ったときのもの。
東照宮なのですが、行ってみて、
まぁ、なんとも奥深い地域に家康さんは墓を作ったモノだと感心しますね。
たぶん昔は人跡未踏みたいな霊場だったと思われます。
もともと、山岳信仰的な対象の地域ではあったといわれています。
それを大開発して、日本有数の観光テーマパーク(?)として
整備して、江戸期の「参拝観光」の目玉コースに仕立てたのですね。
京都の観光施設、というか、清水寺とか金閣とか、
ああいうのも代々の有力な権力者が
自らの権力の心象風景を表現したのか、動機は明確とは言えないけれど、
あたかもテーマパークとして残そうと考えたかのように
残ってきていて、文化資産になっていますね。
京都にある場合は、まぁ、それでも費用はそうでもなかったでしょうが、
この日光東照宮なんて、
こういう場所に建築資材を集中させ、
職人たちを常駐させ、
っていうように考えると、壮大なお金が投入されただろうと推察します。

こういうことに血道を上げる、動機の部分、
権力者の思いというのはどんなものであるのか、
興味は湧きますね。
権力を握る過程で、相当に私利私欲での戦争を仕掛けた人間として、
やはり最後は宗教的な庇護を求めたくなるくらい
あくどいことばかりに手を染めたという「暗い過去」を
なんとか、鎮魂させたいと考えるものなのかも知れません。
で、テーマパークとしてみても、ものすごいお金がかかっている。
率直に感動してしまう部分ですね。




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