A「はい、大丈夫ですか大丈夫ですか」
U「大丈夫大丈夫。しかしなんでオフシーズンなのに、次から次へこう忙しいんでしょうか(笑)」
A「天変地異も起こるし、物は値上がりするし…ところでもうアサインなんですよね」
U「早いね~。今年はそれどこじゃなかった。忘れてた。今日さ。仕事の打ち合わせしてて、“そそそそそそうだ!NHK杯の時は仕事入れちゃ駄目だった!”と気付いて、あわてて電話しなおして日程変更嘆願(笑)」
A「11月末から12月は仕事入れられない不便な人間なんですね…」
U「五輪終わったらもう大丈夫ですよ。きっと…切ないなあ」
A「あのねー。大ちゃんが“あと2年の寿命”なんつーから、ちょっと誤解してるよ。あと2年で亡くなられる訳じゃないんですよ!」
U「縁起でもないー。まああと2年しかない!から気合入れて頑張ろう!…という意味ですよね。でもちょっと…今年のワールドのジェフとか見てたら、人間、年齢ちゃうでー、と思ってしまった」
A「あれは、ジェフが今の年齢だからこそ出来た演技だよな~。うーん。大ちゃんはきっと、バンクーバー終わってもやると思うよ」
U「私も。五輪の翌年のワールド、日本じゃなかったっけ?とにかく五輪終わっても、1~2年は続行すると思う」
A「でも、金メダル獲ったらどうなるのかな」
U「獲ったら…うーん。とりあえず直後のワールドは休んで、ちょっと考えるんじゃないでしょうか?」
A「その頃、小塚君とかどうなってるのかな~。町田君か無良君が代表格にまで上がってくるかな。織田君は続行だと思うけど。いや、五輪イヤー。またモロゾフと大ちゃん、ヨリを戻してたりして」
U「んなアホな。…でも何があってもおかしくないのがフィギュア」
A「そう。昨日の敵は今日の友」
U「今日の友は明日の敵。いやさ。ウソワ&プラートフが組んだ時、この世でそんな事が起こるんや!って、腰抜かしたもんね」
A「あるんですねえ(笑)。コーチと選手が狭い世界でグルグル回ってるようなものだものね」
U「でもさ、今回のコーチ問題でも、もう海外有名コーチのブランド力に頼る時代じゃないよ、って思ったな」
A「はああ。大ちゃんのコーチ誰がいいの?」
U「佐野さんとか真っ先に思い浮かんだ(笑)。歌子先生とつながりがある…という意味でも、良いと思いませんか。厳しそうな、“でもちょっとおちゃらけ”な(笑)」
A「佐野さんねえ。でも拠点が関東だから、関大では教えてもらえないんじゃないかなあ。今、生徒さんも抱えてるし。でも実現したらむっちゃ面白そうですね^^ 海外では誰がいいんですか」
U「タラソワさん再び…とか思ったけど、真央ちゃんと同じスケジュールになっちゃうと無理だしねえ。それにもう、ご隠居さんモードじゃないですか(笑)。申し訳ない感じ。永年働いて下さったから、ご主人とノンビリ過ごして下さい~って思っちゃう(でも、真央ちゃんは宜しくお願いします)」
A「すごいよね。半世紀近くコーチやってるって。でもタラソワさんだって19歳でコーチ志した時は、イチからのスタートだったんですよね。あれ位のガッツが無ければ、名コーチってなれないもんかも」
U「でもあの時代って、旧ソ連からアメリカへ“我も我も”成功を目指してやってきた人が多いんじゃないでしょうか。ダンサーのゴドノフとか同世代じゃないのかな。時代がタラソワさんをプッシュしてくれたかも。
でもま、名コーチはまず、パワーがいりますよね。底抜けのパワーが。モロゾフはそういう意味では、“パワフル”受け継いでいる感じ」
A「でも、振付自体はタラソワさんのアシスタント時代のが、一番好きだな。グラディエーターとか」
U「私達、あれでタマげた仲だし(笑)。あの頃のモロゾフは、キラキラしてましたねえ」
A「丁度、ヤグディンが目の前にいた、って巡り合わせも凄い」
U「私、01-02・五輪イヤーの竹内洋輔君のSP『禿山の一夜』が好きで好きで。大ちゃんにアレやって欲しいのよ!ステップなんかもう見事で」
A「竹内君、『ターザン』で頑張ってました!」
U「あの振付見てたら、モロゾフ、日本のお笑い番組とか見てんじゃないかと思った(笑)。あの頃のモロゾフは引き出しも多くて、自由奔放だったと思う」
A「それは若いから~。それまで生きてきた人生全部の引き出しから、アイデアがばんばん出るから」
U「デビュー曲が大ヒットする歌手と同じかな。でも、その引き出しのアイデアを使い果たしちゃったら、今度はまたチャージしないと枯渇するという」
A「そこからが本当に苦しい」
U「そういう意味では、今はモロゾフも苦しいのかも」
A「新しい曲とかチョイスしてる暇が無いのかな?ボンドとか、サフリ・デュオとか、いつもトレンドを作り出してた人なのにね」
U「でも、タラソワさんの所に居た時は、自分が“経営者”ではないでしょう?お金の心配もしなくていいし、試合結果の責任もとらなくていい。タラソワさんというパトロンがいて、モロゾフは割と自由に作品が作れてた気がする」
A「だからキラキラしてたのかもねえ。今は自分が経営者であり芸術家だから、結構しんどいのかな。それに、あの頃は旧採点法だったのが大きいよね。『Winter』なんて今のレベル方式じゃ、ぜーんぜん違うものになってたと思う。ステップがね」
U「モロゾフは元々ステップが真骨頂だったのに、新採点では魅力が影をひそめてるような気がするな」
A「でも、大ちゃんの『スワン』は久々に“これぞステップ!”って感じで、モロゾフの芸術家根性を感じましたよ」
U「やっぱり、良いものは作るのに時間がかかるということかな…つうか、モロゾフのマニアックぶりが痛快だった(笑)」
A「“おたく”ですか(笑)」
U「モロゾフも難産だったろけど。でも、“俺は芸術がやりてーのに!点取りシステムのせいで芸術できねえ!”という欲求不満は、あれである程度解消できたじゃろ、と思いました(笑)」
A「でもあのプロ、モノに出来なかったら大ショックだっただろね…」
U「大ちゃんがさ。いきなりNYのダンスクラスに放り込まれた時、“嫌だった”ってのも解るよ。あんな本場のバリッバリッのダンサー達が踊ってるものを、果たして初心者の俺がスケート靴はいて出来るのか…?って。途方に暮れた図が目に浮かぶ~」
A「もしモノに出来なかったら、ステップの難度を下げるしか無いものね。でもそんなの作者のモロゾフが妥協する筈ない(笑)。いや、やっぱり大きな賭けだったんだね」
U「モノにした大ちゃんの根性と、モロゾフの作家根性がいいテンションで合致して、やっぱり素晴しかった。あそこには“ダンサーと振付師の相克”を感じました」
A「戦いですよね。振付師が投げかけてくるものを、どうダンサーが返すか。で、そのせめぎ合いで、段々と高いレベルへ達していくという」
U「大ちゃんがもともと“踊るのが好き。大好き!”で良かったなあ~。ダンスって、やってみて初めてその難しさが解るのよね…。見てるよりずっと難しい。クラシックの踊りを踊ってたら、使う筋肉がモダンの踊りと全然違うから、無理すると身体を痛めるって、映画であったでしょ」
A「あー。それ、ルグリが言ってたやつだっけ。『ダンサー』かな」
U「でも私、大ちゃんの『スワン』はあれ“ヒップホップ”とは思ってないのよ。ヘタとかそういうんじゃなくて、スケートでもなくストリートの踊りでもなく、不思議なダンスだと思ったのですよ。ジャッジへ“アピール”じゃなくって、“どうだ!?”と問いかけてるところが、最も好きだった。モダンダンスの初演ってドキドキするじゃない?ウケるか駄目か。生きるか死ぬかっていう」
A「ああ、だから、初披露の日米対抗がやっぱり凄かったのかな」
U「ええ。あの“やぶれかぶれ”具合がね(笑)。大ちゃんは、“やぶれかぶれ”な時にスパーク!する事が多い(笑)」
A「同じモダンでも、クリムキンとかとまた違うよね」
U「クリムキンは、“芸人”だと思う(笑)。あ、エマさんどーかな」
A「サンデューは、存在そのものが“高雅な珍品”です(笑)」
U「大丈夫大丈夫。しかしなんでオフシーズンなのに、次から次へこう忙しいんでしょうか(笑)」
A「天変地異も起こるし、物は値上がりするし…ところでもうアサインなんですよね」
U「早いね~。今年はそれどこじゃなかった。忘れてた。今日さ。仕事の打ち合わせしてて、“そそそそそそうだ!NHK杯の時は仕事入れちゃ駄目だった!”と気付いて、あわてて電話しなおして日程変更嘆願(笑)」
A「11月末から12月は仕事入れられない不便な人間なんですね…」
U「五輪終わったらもう大丈夫ですよ。きっと…切ないなあ」
A「あのねー。大ちゃんが“あと2年の寿命”なんつーから、ちょっと誤解してるよ。あと2年で亡くなられる訳じゃないんですよ!」
U「縁起でもないー。まああと2年しかない!から気合入れて頑張ろう!…という意味ですよね。でもちょっと…今年のワールドのジェフとか見てたら、人間、年齢ちゃうでー、と思ってしまった」
A「あれは、ジェフが今の年齢だからこそ出来た演技だよな~。うーん。大ちゃんはきっと、バンクーバー終わってもやると思うよ」
U「私も。五輪の翌年のワールド、日本じゃなかったっけ?とにかく五輪終わっても、1~2年は続行すると思う」
A「でも、金メダル獲ったらどうなるのかな」
U「獲ったら…うーん。とりあえず直後のワールドは休んで、ちょっと考えるんじゃないでしょうか?」
A「その頃、小塚君とかどうなってるのかな~。町田君か無良君が代表格にまで上がってくるかな。織田君は続行だと思うけど。いや、五輪イヤー。またモロゾフと大ちゃん、ヨリを戻してたりして」
U「んなアホな。…でも何があってもおかしくないのがフィギュア」
A「そう。昨日の敵は今日の友」
U「今日の友は明日の敵。いやさ。ウソワ&プラートフが組んだ時、この世でそんな事が起こるんや!って、腰抜かしたもんね」
A「あるんですねえ(笑)。コーチと選手が狭い世界でグルグル回ってるようなものだものね」
U「でもさ、今回のコーチ問題でも、もう海外有名コーチのブランド力に頼る時代じゃないよ、って思ったな」
A「はああ。大ちゃんのコーチ誰がいいの?」
U「佐野さんとか真っ先に思い浮かんだ(笑)。歌子先生とつながりがある…という意味でも、良いと思いませんか。厳しそうな、“でもちょっとおちゃらけ”な(笑)」
A「佐野さんねえ。でも拠点が関東だから、関大では教えてもらえないんじゃないかなあ。今、生徒さんも抱えてるし。でも実現したらむっちゃ面白そうですね^^ 海外では誰がいいんですか」
U「タラソワさん再び…とか思ったけど、真央ちゃんと同じスケジュールになっちゃうと無理だしねえ。それにもう、ご隠居さんモードじゃないですか(笑)。申し訳ない感じ。永年働いて下さったから、ご主人とノンビリ過ごして下さい~って思っちゃう(でも、真央ちゃんは宜しくお願いします)」
A「すごいよね。半世紀近くコーチやってるって。でもタラソワさんだって19歳でコーチ志した時は、イチからのスタートだったんですよね。あれ位のガッツが無ければ、名コーチってなれないもんかも」
U「でもあの時代って、旧ソ連からアメリカへ“我も我も”成功を目指してやってきた人が多いんじゃないでしょうか。ダンサーのゴドノフとか同世代じゃないのかな。時代がタラソワさんをプッシュしてくれたかも。
でもま、名コーチはまず、パワーがいりますよね。底抜けのパワーが。モロゾフはそういう意味では、“パワフル”受け継いでいる感じ」
A「でも、振付自体はタラソワさんのアシスタント時代のが、一番好きだな。グラディエーターとか」
U「私達、あれでタマげた仲だし(笑)。あの頃のモロゾフは、キラキラしてましたねえ」
A「丁度、ヤグディンが目の前にいた、って巡り合わせも凄い」
U「私、01-02・五輪イヤーの竹内洋輔君のSP『禿山の一夜』が好きで好きで。大ちゃんにアレやって欲しいのよ!ステップなんかもう見事で」
A「竹内君、『ターザン』で頑張ってました!」
U「あの振付見てたら、モロゾフ、日本のお笑い番組とか見てんじゃないかと思った(笑)。あの頃のモロゾフは引き出しも多くて、自由奔放だったと思う」
A「それは若いから~。それまで生きてきた人生全部の引き出しから、アイデアがばんばん出るから」
U「デビュー曲が大ヒットする歌手と同じかな。でも、その引き出しのアイデアを使い果たしちゃったら、今度はまたチャージしないと枯渇するという」
A「そこからが本当に苦しい」
U「そういう意味では、今はモロゾフも苦しいのかも」
A「新しい曲とかチョイスしてる暇が無いのかな?ボンドとか、サフリ・デュオとか、いつもトレンドを作り出してた人なのにね」
U「でも、タラソワさんの所に居た時は、自分が“経営者”ではないでしょう?お金の心配もしなくていいし、試合結果の責任もとらなくていい。タラソワさんというパトロンがいて、モロゾフは割と自由に作品が作れてた気がする」
A「だからキラキラしてたのかもねえ。今は自分が経営者であり芸術家だから、結構しんどいのかな。それに、あの頃は旧採点法だったのが大きいよね。『Winter』なんて今のレベル方式じゃ、ぜーんぜん違うものになってたと思う。ステップがね」
U「モロゾフは元々ステップが真骨頂だったのに、新採点では魅力が影をひそめてるような気がするな」
A「でも、大ちゃんの『スワン』は久々に“これぞステップ!”って感じで、モロゾフの芸術家根性を感じましたよ」
U「やっぱり、良いものは作るのに時間がかかるということかな…つうか、モロゾフのマニアックぶりが痛快だった(笑)」
A「“おたく”ですか(笑)」
U「モロゾフも難産だったろけど。でも、“俺は芸術がやりてーのに!点取りシステムのせいで芸術できねえ!”という欲求不満は、あれである程度解消できたじゃろ、と思いました(笑)」
A「でもあのプロ、モノに出来なかったら大ショックだっただろね…」
U「大ちゃんがさ。いきなりNYのダンスクラスに放り込まれた時、“嫌だった”ってのも解るよ。あんな本場のバリッバリッのダンサー達が踊ってるものを、果たして初心者の俺がスケート靴はいて出来るのか…?って。途方に暮れた図が目に浮かぶ~」
A「もしモノに出来なかったら、ステップの難度を下げるしか無いものね。でもそんなの作者のモロゾフが妥協する筈ない(笑)。いや、やっぱり大きな賭けだったんだね」
U「モノにした大ちゃんの根性と、モロゾフの作家根性がいいテンションで合致して、やっぱり素晴しかった。あそこには“ダンサーと振付師の相克”を感じました」
A「戦いですよね。振付師が投げかけてくるものを、どうダンサーが返すか。で、そのせめぎ合いで、段々と高いレベルへ達していくという」
U「大ちゃんがもともと“踊るのが好き。大好き!”で良かったなあ~。ダンスって、やってみて初めてその難しさが解るのよね…。見てるよりずっと難しい。クラシックの踊りを踊ってたら、使う筋肉がモダンの踊りと全然違うから、無理すると身体を痛めるって、映画であったでしょ」
A「あー。それ、ルグリが言ってたやつだっけ。『ダンサー』かな」
U「でも私、大ちゃんの『スワン』はあれ“ヒップホップ”とは思ってないのよ。ヘタとかそういうんじゃなくて、スケートでもなくストリートの踊りでもなく、不思議なダンスだと思ったのですよ。ジャッジへ“アピール”じゃなくって、“どうだ!?”と問いかけてるところが、最も好きだった。モダンダンスの初演ってドキドキするじゃない?ウケるか駄目か。生きるか死ぬかっていう」
A「ああ、だから、初披露の日米対抗がやっぱり凄かったのかな」
U「ええ。あの“やぶれかぶれ”具合がね(笑)。大ちゃんは、“やぶれかぶれ”な時にスパーク!する事が多い(笑)」
A「同じモダンでも、クリムキンとかとまた違うよね」
U「クリムキンは、“芸人”だと思う(笑)。あ、エマさんどーかな」
A「サンデューは、存在そのものが“高雅な珍品”です(笑)」