世界の中心で吉熊が叫ぶ

体長15センチの「吉熊くん」と同居する独身OLの日常生活

万年筆

2010年08月30日 | Weblog
定時に上がり、銀座へ向かう。
先日、ニューヨークのMONTBLANCで購入した万年筆に文字彫りを頼んでいた。
それが仕上がったので銀座まで取りに行った。


10文字以内という字数制限の中で私が選んだのは勿論、
「Ryoko」
である。
親がつけてくれた私の名前。
自分ラブ。



この洗練された漆黒のフォルムが素敵。
溺愛。


恐らく何十年も一緒に過ごすであろうこの万年筆。
名前と一緒に彫り入れたのは、一人で旅したニューヨークの空気、喧騒、そこに住む人の息づかい、キラキラ輝く摩天楼、そしてそれらを見た私の胸の高鳴りと感動だ。
半額は母ヨーコたんとクマパパが出してくれた。大事にします。ありがとう。

この万年筆で文字を紡ぎ出すように、これからも、私自身、素敵な思い出をたくさん作りたいと願う。

銀座は今日もキラキラと輝いていた。


ミキモトのショーウインドーのはやぶさ。
やっぱり可愛い。





お腹が空いたのでカフェごはん。
ふ~。満腹。


まだ月曜日。
明日からも頑張ろう!
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「盆土産」三浦哲郎

2010年08月30日 | Weblog
三浦哲郎が亡くなられた。

「忍ぶ川」で芥川賞受賞 三浦哲郎さん死去 79歳
(東京新聞 2010年8月30日 朝刊)


三浦哲郎といえば「忍ぶ川」
駒込の六義園の前にあの小説の舞台となった割烹料理店がある。
その名も
「思い川」
ずっと気になっていたのだがまだ入店にはいたらず。
そしてあの映画に、大好きな加藤剛が出ていて気になっているんだがまだ観ていない。

三浦哲郎でもうひとつ覚えているのは「盆土産」である。
中学2年生の国語の教科書に載っていたアレである。
「えんびフライ」といえば我々の世代の人だと大抵覚えているんじゃなかろうか。

お盆、東京の出稼ぎ先から父親が帰ってくる。
海老6匹を土産にして…という話だったと思う。
海老ったら、川にいる小さな海老しか思い浮かばない田舎の少年。
まずは父親が持ってきたその海老の大きさに驚き、父が揚げてくれた海老フライの美味しさに感動する。
食べるときの擬音語が「しゃおっ」なんである。
…もうね、これ、4時間目のお腹が減る時間帯に誰かの音読で聞いたらね、ちょっとした拷問だった。エビフライの味や温度についても妙にリアルに書かれていた。

父親が東京に帰るときの描写がすごい。

・・・・・・・・・

バスが来ると、父親は右手でこちらの頭をわしづかみにして、
「んだら、ちゃんと留守してれな。」
と揺さぶった。それが、いつもより少し手荒くて、それで頭が混乱した。んだら、さいなら、と言うつもりで、うっかり、
「えんびフライ。」
と言ってしまった。
バスの乗り口の方へ歩きかけていた父親は、ちょっと驚いたように立ち止まって、苦笑いした。
「わかってらぁに。また買ってくるすけ……。」
 父親は、まだ何か言いたげだったが、男車掌が降りてきて道端に痰を吐いてから、
「はい、お早くう。」
と言った。


・・・・・・・・・
「んだら、さいなら」が、どうやったら「えんびフライ。」になるのだろうか。
相当美味しかったんだろうな、少年。


我が家の父・クマパパはこの授業の半年前、私が中学1年生の秋から冬にかけ、勉強のため東京に長期滞在していた。だから「盆土産」の授業は他人事に感じられず、印象に残っているのかもしれない。
クマパパは、海老フライではなくて当時流行っていた「ちびまる子ちゃん」の商品を土産にしてくれた。
クマパパが東京に帰ってしまう日は寂しかった。

そんなクマパパの苦手な食べ物は海老だったりする。

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