癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

北京世界陸上

2015年08月29日 | 日常生活・つぶやき

 連日の悪天候で、山旅にも出られず、日中は本を読んだり、パソコンをいじったり、山の連載記事の原稿書きしたりして過ごすことが多い。今日も、次回の「羅臼岳」の原稿を書き上げた。

 そんな中、夜は、8月22日から始まった「第14回世界陸上北京大会」を毎日TVで楽しんでいる。
 
 正式名称は、「世界陸上競技選手権大会」というらしい。すなわち、「走る、跳ぶ、投げる」の世界最高峰の陸上競技大会である。今や参加する国と地域ではオリンピックを超えるいう。しかも、参加標準記録を突破した選手にしか参加資格が与えられない。まさに、選ばれたアスリートによる世界規模の大会である。
 
 1980年のモスクワオリンピックの西側諸国のボイコットを機に新設され、1983年にヘルシンキで第1回大会を開催しされている。当初は4年ごとに開催されていたが、1991年の東京大会以降は2年ごとに開催され、今年で第14回を数えている。

 今回の「北京世界陸上」を見ていても、黒人選手の活躍が非常に目立つ。長い歴史の中で差別や迫害を受けてきた黒人の最近のスポーツ界での活躍を見ているととてもうれしい気がする。特に、走種目と幅跳び、三段跳びは黒人系選手が多く、高跳び、棒高跳び、投擲系は黒人系選手は少ないような気がする。

 それぞれの競技によって、体型は違うが、特に、走と跳種目の選手の鍛え抜かれた肉体の美しさにほれぼれしながら見ている。さらに楽しみなのは、美しい女性選手が多いことである。

 一番注目されている人類史上最速スプリンター、ジャマイカのウサイン・ボルトの期待通りの活躍にも目を見張るものがある。これまでも、オリンピックの100m、200m、4×100mリレーの3冠を2大会連続で達成し、通算6個の金メダルを獲得。世界陸上においても、100m、200m、4×100mリレーの3冠を2度達成し、今年の大会でも、すでに、100m、200mを連覇し、史上最多となる通算10個の金メダルを獲得している。あとは今晩の4×100mリレーで3冠3連覇が楽しみである。

 日本人も頑張ってはいるが、せいぜい準決勝止まりなのが残念である。そのなかで、地味な種目ではあるが、今日、ようやく競歩男子50kmで、谷井選手が日本初の銅メダルを獲得したことは快挙である。

4×100mリレーは、女子も男子もジャマイカが制した。



ウサイン・ボルトが3大会連続3冠を達成し、世界陸上11個目の金メダルを獲得した最後の走り

◎ジャマイカがスプリント王国になったわけ
 
 わずか280万人の人口のジャマイカが、これほどまでのスプリント王国になったのか、興味があって調べてみたら。次にのような記事が見つかった。

 彼らのルーツはアフリカにある。16世紀にスペイン領となったジャマイカは足りない労働力を西アフリカから移民させることでまかなった。現在の国民の大多数がこの末裔(まつえい)とされている。

 ケニアやエチオピアなど長距離種目に好選手を多く輩出する東アフリカは、標高が高く冷涼な気候だが、対照的に西アフリカは低所でしかも過酷な暑さが特徴だ。そのため、この地域の住民は長い時間の経過の中で、発汗を促すために体の表面積を広げ、屈強な筋肉質の体へと変化していった。そのことがスプリントへの適性を高めることになったのである。彼らが爆発的な出力を発揮する筋肉を持っていることは、近年、遺伝子レベルの研究でも明らかにされている。
 
 そして、そのジャマイカ人の才能を伸ばしたのが、アメリカの大学やクラブだった。例えば、ニューヨークからジャマイカの首都キングストンまでは飛行機で4時間弱。特にアメリカからはパスポートがなくても運転免許証さえあれば入国できるという気軽さから、多くのスカウトがジャマイカを訪れ、才能ある選手をスカウトしていった。そして現在は、アメリカで学んだ選手が自国に戻りクラブを設立。国内での育成が可能になったのである。(以下略)