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昨日の道新「みなみ風」に掲載されていた記事
北斗市(旧大野村)出身の星野勲さん(86歳)が昭和30~40年代の旧大野村、旧大野町の街や人々の営みを写した写真展「黄金の大地に」が、地域交流まちづくりセンターで開催されている。なお、星野さんは、昭和29年から昭和60年代まで大野町役場に勤務していた方である。
自分は、4歳(昭和23年)から高校1年(昭和34年)まで、当時の旧大野村(昭和32年から旧大野町)で育った。生まれは函館だが、自分にとっての故郷は、この大野である。
懐かしい写真が見られることを期待して、我が家から往復11kmほどのつるつる路面ウォーキングだったが、頑張って往復してきた。歩数計は15,000歩だった。
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昭和30年から昭和40年代の写真が31点展示されていた。
その中に、当時の通学路だった役場付近の町並みや意冨比神社のお祭りの懐かしい写真もあったので、写してきた。
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街灯が初めて灯った昭和30年の中心地「十字街」の写真。付き辺りが意冨比(おうひ)神社。
吉野食堂が茅葺屋根だったことが、この写真で初めて分かった。
手前のお城のような建物は、当時の大野中学校の品川先生のお宅。昭和44年に解体された。
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昭和31年、役場前の通りと意冨比神社のお祭りの「大野ぎおん囃子」の山車を引く子供たち。
建て替えられてはいるが、今でも営業している金丸菓子店の建物が懐かしい。その手前は、同級生のいた松屋呉服店。
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昭和32年、上の写真と同じ光景を反対側から写したもの。左の大きな建物は当時の村役場。