つれづれ日記

~認知症に備えて~
(H26/11/21geocitiesから"goo"に引越)
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春の滝・ジオサイト見学旅行(2日目)

2012-04-19 23:23:00 | OC4人会

 新澤さんは少し早く起きたようだったが、小生は目覚まし通り6:50に起床。着替えて、早速一緒に朝食を摂りに階下へ行く。写真を撮り損ねたが、小生には昨夜のものより食べるものはあった。昨夜、今朝8時をホテル出発時間としたが、堀田さんは堀北真希ファンで朝ドラ「梅ちゃん先生」を見るとのことで、8:30頃出発。

 途中、道の駅「ばとう」に立ち寄りタバコを買わんとしたが売ってなく、その先のファミリイマートでタバコとポカリスウェットを購入。喜連川で国道293号を離れ、北西に県道74号を進み、矢板ICで東北道に載って、宇都宮で日光宇都宮道路に入り、いろは坂を上った。清滝ICを出て、いろは坂を登る頃から霧が深くなって、視界が一層悪くなった。10:40少し前に華厳の滝駐車場に車を入れた頃は数十m先もはっきり見えない。係員に聞くと、エレベータで降りても滝は見えない、という。しばらく待っていても無理だろう、とのことだった。よって、エレベータに載って下の展望台に行くことは止め、歩いてすぐ脇の展望台まで下がるも、全く見えず。轟く滝音のみを聞いて満足することにした。丁度名古屋からの団体さんもやって来たが、残念そうだった。売店で、孫用にメガネ石を買い求めた。

12kegonnotakitatemono 11kegonnotaki 10kegonnotaki

写真は左から、切符売り場・エレベータ乗り場、階段を少し降りて展望台から望む、展望台に降りる道の傍で集合写真

 華厳の滝は、1,500万年前の岩石でできている袋田の滝よりも遥かに新しく、2.5万年前に活動を始めた男体山が溶岩流と火砕流の噴出を繰り返し成長し、約1.2万年前(更新世末期)の男体山の噴火で大量に流れ出た溶岩が東に流れる川を南方に押し出すように堰き止め、上流に中禅寺湖を形成、そしてその出口に華厳の滝を形成した。男体山と中禅寺湖のできる以前は、足尾山地全体に足尾帯のジュラ紀付加体の地層が分布していた。足尾山地北部の日光周辺では、白亜紀末から古第三紀にかけて珪長質の火星活動があり、流紋岩質のいろは坂溶結凝灰岩が華厳の滝から南方にかけて広く分布した。日光火山群はそれらの上に形成されている。

 時間的な余裕ができたので、少し先に延ばして湯元まで行った。不思議なことに、中宮祠を離れるにつれて霧が上がり、戦場ヶ原ではまったくなかった。このため、中禅寺湖、雪を被った男体山、大真名子山などははっきり見えた。この時期、国道120号線金精峠は積雪のため通行止めである(今年は4/27日に開通)。湯元に左に折れる分岐に通行止めの柵があった。辺りには硫黄の匂いがして、温泉地であることがはっきりわかった。道路は除雪がされていて走るのは何の問題もない。11nikkoyumoto 道の脇には身長を超す雪の壁が出来ているところもあって、嬉しくなった。全員珍しいので雪壁を背に記念に集合写真を撮った(左写真)。湯元をぐるっと回って、引き返した。これなら、華厳の滝が見えるかもしれないと期待を持って中宮祠に戻るが、途中から霧が出て、まったく変化なく深い霧の中だったので、そのままいろは坂を下りた。

 細尾大谷で国道122号線に右折して足尾に向かう。長い直線の日足トンネルを抜け、間もなくすると通洞に着き、12:20足尾銅山観光(足尾市民センター脇)に到着。丁度時間もころ合いだったのでレストランハウスでラーメンで腹ごしらえをして、13tsuudoukouiriguchi 13:30発のトロッコに載って坑道内に入った(左写真)。すぐに降車場で、そこからは歩く。手前から江戸時代、明治・大正時代、昭和時代展示と、奥に行くにつれて時代・掘削技術が新しくなっている。開運洞にお参りして、さらに進むと銅資料館となっていた。中のシアターで足尾の歴史を8分間のビデオに纏めた「源さんの探検」をみた。1550年に発見された、とされているが、本格的な採掘は江戸時代でありピーク時は年間1,200トンの銅を産出したという。1973年に閉山された。坑道は1,234㎞、高低差1,000mに及んでいるという。

 足尾周辺は、基盤岩として足尾帯の中生代ジュラ紀付加体を構成する砂岩、泥岩、チャートと白亜紀の珪長質火成岩類で、それらを中新世の流紋岩、火砕岩が貫入し、不整合に覆っている。鉱床はこの流紋岩の活動に伴って形成された高温熱水鉱脈鉱床と塊状交代鉱床である、という。産出鉱物は主に黄鉄鉱、黄銅鉱で、他には方鉛鉱、閃亜鉛鉱などを伴う。銅の品位は鉱脈で20~30%、鉱染部・交代鉱床で1~5%であった、という。

14sakugan 15koudoutenjyou 16tsuudoukou (左から削岩機を操作する人形の作業者、坑道天井部の鉱脈、通洞坑口:観光客の出入りはできない

 展示坑道を出ると、そこは、展示坑道入口の近くで広場になっている。そこには、17chusenza 「鋳銭座」(左写真)という建物があって、銭の造り方や古い日本の鋳銭などの展示があった。そこを出て階段を上ると、お土産物の中に入る。色々は岩石や化石、銅製品などが売られていたが、孫用にアンモナイトの化石を買った。そこからまた階段を上がると、ラーメンを食べたレストランハウスに出た。上手く観光客を誘導するルーティングがしてある。恐れいった。

 時間的には余裕があったので、少し北の山側にある足尾歴史館に立寄ることにした線路18saruを横切る手前で 数匹の野生の猿に遭った(左写真)。餌を探しにうろついていたのだろうか? 車の中から歴史館を眺めてそのまま、帰路に着いた。

 川崎と名古屋からの友人を、計画より1時間半ばかり早く、15:40頃東部日光駅に降ろし別れ、我々2人は一路水戸に向かい日光ICから高速に入った。途中、相棒がお土産物の薄皮まんじゅうを買うというので大谷PAに立寄り、後はノンストップで北関東道・茨城町東ICで降りて、17:20頃水戸駅南口到着。ここで友人と別れ、17:25無事帰宅した。