かつて、歌友でもあります嵯峨哀花氏の歌集出版に当たって、その「解説文」を彼の依頼により
書かせて頂きました。
この稿は、その著書よりの転載として、このブログへ掲載させて頂きます。
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「五行詩」深き淵より
嵯峨哀花 著 「痛みの変奏曲」の解説にかえて
記紀万葉から連綿と続く歌の系譜に、新たに「五行詩集-痛みの変奏曲」と題する歌集が追加された。
短歌は、あたかも産業の米と言われたLSIが、数万個におよぶ素子をわずか数ミリ四方のチップの
上に蒸着技術により凝縮させていくように、その時代の思いや哀しみを31韻律の空間に閉じ込め、
韻律と、たおやかな調べを響かせてきた。このささやかではあるが濃密な詩形は、時代を記す確かな
足跡を刻んできた。
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短歌は幾たびかの歴史の過酷な波に洗われながら、その度に深く磨かれ、より広く裾野を広げ、
民族の詩精神をも育み、その礎を支えてきた。 短歌を生活の潤いとして、糧として、またその表現を
つらぬく志に、命をも賭けて詠ってきた多くの市井の歌人達。これら歌人の貴重な営為によって
築かれてきた広大な短歌の裾野の上に、「痛みの変奏曲」は一つの山として聳えるのではないだろうか。
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口語短歌の一つの到達点として、また拓き得る詩歌への可能性を秘めたこの「五行詩」は、
まぎれもない瑞々しい短歌である。 短歌も、俳句も、詩もそれぞれのボーダー(境界)が無くなり、
詩という大河に統一されていくであろうと言う「一つの論」がある。この「五行詩集」は、この論に
対する短歌世界からの、とりわけその明日を担う世代からの一つの回答集とも言える。
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青春の入り口における出会い、別れ、再開、そして死別という愛と死が織りなすドラマを背景に、
恋歌と挽歌が同一地平の上で詠われた「五行詩集」。これは憧れを宿す青春そのものの象徴であつた
恋人「笙子」さんへの、著者「嵯峨哀花」さんの挽歌集でもある。
短歌はつきつめれば相聞と挽歌から成ると言える。 詩歌の流転に重なる人々の長い歴史の中で、
愛し合う男と女が、とりわけ恋の闇路に踏み入った二人が背負わなければならなかった過酷とも
言えるしがらみ。それが取り払われたかに見える現代の自由な風潮の中で、純粋に己の感情をみつめ、
その一瞬の燃焼に生命をも賭ける恋が、そして慟哭を噛み殺し闇に涙する愛の伝説が生まれ得るのか。
この問いに対する一つの回答とも言いうる相聞の証が、この「五行詩集」の行間に溢れている。
ときには甘く、ときには哀しく、しかも感傷に堕さない調べをぬってピュアな響きが伝わってくる。
文語のもつ緊張感とは趣を異にする、しなやかな活き活きとした言葉が、その響きと艶を支えている。
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男と女の間に横たわる深い溝。その淵を共有しあった者どうしが感じあう喜び、哀しみ、妬み、
憎しみ、悔い、さらには絶望と、隣り合わせの一縷の希望。この思いはどんなに時代が変わろうとも、
変わることなく男と女の胸奥に揺らぎ続けてきた。
一人でいるときより、二人でいるときに味わう哀しみや淋しさ。さらにより深い孤独感。
この思いを互いの傷を舐め合うようにして知った人間同士が求め合う、本能的とも言える連帯への志向。
これらは三十一韻律の短歌という器を満たしてきた。そしてこれからも満たし続けるだろう。
そんな危うさと痛みとがこの「五行詩集」の歌群には漂っている。
☆哀しみは
我が人生を
わが影の
夢まぼろしと
知りたる心
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以下、紙面の関係から著者の了解を得て、一行書きにして抄出する。
○ 振袖に生きよこの日を一生と 明日は夢なき大人の荒野
○ 黒髪もおどろに乱し火のごとき口づけかえす春の夜の君
○ 夕霧の白きベェイルに包まれて二人はしばし愛の彫刻
○ ああ君を抱く砂上の夢さめて浜の夕べに潮騒ばかり
○ 夕月の淡き明かりに峰ゆけば寄り添いきたる影ぞ愛しき
○ 長城の風にこぼるる涙かな君ははるけき無情の万里
○ 世に背き神に背ける君と我れ恋の闇路に緋の舞扇
○ 黒髪も白き乳房も燃え上がれ我こそ愛の愛の放火魔
○ 遠き日の晩夏(なつ)の夕暮れカナカナと共に泣きしは何の哀しみ
○ 遠き日の母の御胸(みむね)に泣きし日を運びきたるや夜の海鳴り
○ 我れが名をかすかに呼びて逝く君の掌よりこぼるる薔薇の十字架
○ 満月の夜の湖に羽化したる蜻蛉(かげろう)のごとき君が命よ
○ 「帰らざる河よ」と独りつぶやけば涙とまらず祖谷のかずら橋
○ 哀しみは勿忘草の花と咲け流す涙も瑠璃色をして
○ 今ぞ知る君が墓標と我が涙 神の痛みのオブジェなりとは
○ この僕を星の王子さまと呼びし君 君こそ永遠の星に咲く薔薇
○ はるかなる星の薔薇への鎮魂歌 あわれ「痛みの変奏曲」集
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哀しみを主題とする痛みの「変奏曲」。男と女の出会い、別れ、再会、そして永久の別れ。
それぞれの場面を彩る余情に満ちた五行詩を抄出してみた。
この「変奏曲」は、人間の生きる意味を痛みと共に逆照射する青春へのレクイエムであり、
生命への深き淵よりの憧憬であり、賛歌でもある。
また、この「変奏曲」にはチェロを基調音としたバッファの荘重な調べではなく、バイオリンの
軽やかで哀しげな調べが満ちている。かすかな残響音の響きとともに、あたかも新たな五行詩人の
出発を、静かに告げるかのように。 了
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嵯峨哀花著 五行詩集「痛みの変奏曲」より転載(文責:ポエット・M)
書かせて頂きました。
この稿は、その著書よりの転載として、このブログへ掲載させて頂きます。
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「五行詩」深き淵より
嵯峨哀花 著 「痛みの変奏曲」の解説にかえて
記紀万葉から連綿と続く歌の系譜に、新たに「五行詩集-痛みの変奏曲」と題する歌集が追加された。
短歌は、あたかも産業の米と言われたLSIが、数万個におよぶ素子をわずか数ミリ四方のチップの
上に蒸着技術により凝縮させていくように、その時代の思いや哀しみを31韻律の空間に閉じ込め、
韻律と、たおやかな調べを響かせてきた。このささやかではあるが濃密な詩形は、時代を記す確かな
足跡を刻んできた。
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短歌は幾たびかの歴史の過酷な波に洗われながら、その度に深く磨かれ、より広く裾野を広げ、
民族の詩精神をも育み、その礎を支えてきた。 短歌を生活の潤いとして、糧として、またその表現を
つらぬく志に、命をも賭けて詠ってきた多くの市井の歌人達。これら歌人の貴重な営為によって
築かれてきた広大な短歌の裾野の上に、「痛みの変奏曲」は一つの山として聳えるのではないだろうか。
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口語短歌の一つの到達点として、また拓き得る詩歌への可能性を秘めたこの「五行詩」は、
まぎれもない瑞々しい短歌である。 短歌も、俳句も、詩もそれぞれのボーダー(境界)が無くなり、
詩という大河に統一されていくであろうと言う「一つの論」がある。この「五行詩集」は、この論に
対する短歌世界からの、とりわけその明日を担う世代からの一つの回答集とも言える。
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青春の入り口における出会い、別れ、再開、そして死別という愛と死が織りなすドラマを背景に、
恋歌と挽歌が同一地平の上で詠われた「五行詩集」。これは憧れを宿す青春そのものの象徴であつた
恋人「笙子」さんへの、著者「嵯峨哀花」さんの挽歌集でもある。
短歌はつきつめれば相聞と挽歌から成ると言える。 詩歌の流転に重なる人々の長い歴史の中で、
愛し合う男と女が、とりわけ恋の闇路に踏み入った二人が背負わなければならなかった過酷とも
言えるしがらみ。それが取り払われたかに見える現代の自由な風潮の中で、純粋に己の感情をみつめ、
その一瞬の燃焼に生命をも賭ける恋が、そして慟哭を噛み殺し闇に涙する愛の伝説が生まれ得るのか。
この問いに対する一つの回答とも言いうる相聞の証が、この「五行詩集」の行間に溢れている。
ときには甘く、ときには哀しく、しかも感傷に堕さない調べをぬってピュアな響きが伝わってくる。
文語のもつ緊張感とは趣を異にする、しなやかな活き活きとした言葉が、その響きと艶を支えている。
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男と女の間に横たわる深い溝。その淵を共有しあった者どうしが感じあう喜び、哀しみ、妬み、
憎しみ、悔い、さらには絶望と、隣り合わせの一縷の希望。この思いはどんなに時代が変わろうとも、
変わることなく男と女の胸奥に揺らぎ続けてきた。
一人でいるときより、二人でいるときに味わう哀しみや淋しさ。さらにより深い孤独感。
この思いを互いの傷を舐め合うようにして知った人間同士が求め合う、本能的とも言える連帯への志向。
これらは三十一韻律の短歌という器を満たしてきた。そしてこれからも満たし続けるだろう。
そんな危うさと痛みとがこの「五行詩集」の歌群には漂っている。
☆哀しみは
我が人生を
わが影の
夢まぼろしと
知りたる心
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以下、紙面の関係から著者の了解を得て、一行書きにして抄出する。
○ 振袖に生きよこの日を一生と 明日は夢なき大人の荒野
○ 黒髪もおどろに乱し火のごとき口づけかえす春の夜の君
○ 夕霧の白きベェイルに包まれて二人はしばし愛の彫刻
○ ああ君を抱く砂上の夢さめて浜の夕べに潮騒ばかり
○ 夕月の淡き明かりに峰ゆけば寄り添いきたる影ぞ愛しき
○ 長城の風にこぼるる涙かな君ははるけき無情の万里
○ 世に背き神に背ける君と我れ恋の闇路に緋の舞扇
○ 黒髪も白き乳房も燃え上がれ我こそ愛の愛の放火魔
○ 遠き日の晩夏(なつ)の夕暮れカナカナと共に泣きしは何の哀しみ
○ 遠き日の母の御胸(みむね)に泣きし日を運びきたるや夜の海鳴り
○ 我れが名をかすかに呼びて逝く君の掌よりこぼるる薔薇の十字架
○ 満月の夜の湖に羽化したる蜻蛉(かげろう)のごとき君が命よ
○ 「帰らざる河よ」と独りつぶやけば涙とまらず祖谷のかずら橋
○ 哀しみは勿忘草の花と咲け流す涙も瑠璃色をして
○ 今ぞ知る君が墓標と我が涙 神の痛みのオブジェなりとは
○ この僕を星の王子さまと呼びし君 君こそ永遠の星に咲く薔薇
○ はるかなる星の薔薇への鎮魂歌 あわれ「痛みの変奏曲」集
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哀しみを主題とする痛みの「変奏曲」。男と女の出会い、別れ、再会、そして永久の別れ。
それぞれの場面を彩る余情に満ちた五行詩を抄出してみた。
この「変奏曲」は、人間の生きる意味を痛みと共に逆照射する青春へのレクイエムであり、
生命への深き淵よりの憧憬であり、賛歌でもある。
また、この「変奏曲」にはチェロを基調音としたバッファの荘重な調べではなく、バイオリンの
軽やかで哀しげな調べが満ちている。かすかな残響音の響きとともに、あたかも新たな五行詩人の
出発を、静かに告げるかのように。 了
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嵯峨哀花著 五行詩集「痛みの変奏曲」より転載(文責:ポエット・M)