今回ご紹介するのは「神様のカルテ0」(著:夏川草介)です。
-----内容-----
「なぜ私があなたに構うのか。それはあなたが私の患者だから」
二度の映画化、二度の本屋大賞ノミネートを経て、一止とハルさんの物語は原点へ。
病院とは24時間365日、困った人がいれば手を差し伸べてくれる場所。
-----感想-----
今回は「神様のカルテ」シリーズの「0」ということで、主人公たちが医者になる前の学生時代の物語などが展開されています。
物語は以下の四編によって構成されています。
有明
彼岸過ぎまで
神様のカルテ
冬山記
「有明」の冒頭の語り手は進藤辰也。
舞台は信州長野県です。
冒頭は信濃大学医学部の学生寮「有明寮」でみんなで勉強しているところから始まります。
辰也たちは医学部六年生の夏で、医師の国家試験勉強の真っ只中です。
神様のカルテシリーズの主人公、栗原一止(いちと)や砂山次郎も登場。
シリーズにおいて「学生時代は三人仲の良い友人だった」とあったとおり、仲の良い様子が描かれていました。
その他、シリーズには未登場の草木まどかや楠田重正、一止も密かに想いを寄せていたものの辰也と付き合うことになった如月千夏も登場。
如月千夏は一つ年下の医学部五年生で、楠田重正は同学年ではあるものの年齢は52歳で、一度社会人として管理職まで出世してから医学部に入ってきたという珍しい人です。
国家試験を控えた学生らしく、寮で勉強会を開くのが日課になっています。
その勉強会について、辰也は以下のように思っていました。
こうして集まる機会は今年が最後。
生まれも、経歴も、これから選ぶ進路も、まったく異なる人間たちが同じ机を囲むことは、おそらくもうないことなのだ。
これは何だかしんみりしました。
たしかに二度とはない尊い時間だと思います。
途中で如月千夏が語り手になる場面があり、ずっと辰也が語り手というわけではなかったです。
そして辰也から見た一止がどんなふうに見えているのかも分かって面白かったです。
高知生まれのこの友人は、夏目漱石の心酔者で、『草枕』を冒頭から全文暗唱できるというほとんど異常な特技の持ち主だ。
変人の多い医学部の中でも、ひときわの変人だが、辰也とは一年生以来の長い付き合いがある。
とありました。
「変人の多い医学部の中でもひときわの変人」というのが何だか面白かったです(笑)
また、有明は「夜明け」という意味なのは知りませんでした。
有明寮の由来はこれで、有明寮は医学部生にとっての夜明けという意味があるとのことです。
みんな医者になることがゴールみたいな気持ちで勉強しますが、本当は医者になったところが夜明けで一日はそこから始まるとあり、なるほどと思いました。
「彼岸過ぎまで」は、かつての本庄病院の物語。
まだ一止が来る前の頃から物語は始まります。
内科部長の大狸先生こと板垣源蔵、内科副部長の古狐先生こと内藤鴨一のシリーズでお馴染みの二人が登場。
ほかには外科部長の「乾の親分」、乾や板垣から嫌みを込めて「金庫番」と呼ばれる事務長の金山弁次などが登場。
変革期を迎えた医療を前に本庄病院も変わろうとしていて、金銭のみを考えて事務的にあれこれ変えようとする金山弁次と根っからの町医者で診療第一の乾はしばしば衝突しています。
DPC制度(包括医療制度)が国から打ち出されて、これまで行われてきた「最大限の医療」は「最低限の医療」に切り替わることになりました。
これについて乾は憤っていましたが、板垣は以下のように考えていました。
時代は変わりつつある。
命は金に代えられないと言いつつも、国庫には金がない。
金がなければ医療は成り立たない。
つまりは、医療は金では換算できない、などと叫んでいるうちに、医療そのものが崩壊してしまっては、本末転倒になる。
理想は最大限の医療ではあるものの、国庫には金がないというのは世知辛いなと思いました。
金がない以上、従来型の「最大限の医療」から変えざるを得ない面はたしかにあると思います。
やがて後半になると、研修医の面接に「履歴書の自己紹介欄が夏目漱石で統一された」青年が登場。
シリーズの主人公、栗原一止です。
一止は面接の時に本庄病院が掲げている「24時間365日対応」に対して以下のように言っていました。
「無理もあります、リスクもあります。しかし病院という場所は24時間365日、困った人がいれば、手を差し伸べてくれる場所であってほしいと思います」
「神様のカルテ」は栗原一止の研修医時代の話。
一止が研修医になって四ヶ月目から物語は始まります。
冒頭から一止が当直の時はなぜか患者がたくさん来る「引きの栗原」が発揮されていました。
そして一止は”大狸先生”こと板垣先生の指導のもと業務に励んでいます。
上に書いた「24時間365日対応」について、この話の冒頭で一止が心境を吐露していました。
無論、高い理想はそれを支える尋常ならざる努力によって成り立っているのであって、研修医になったということは、まさにその努力の側に回ったことを意味する。
面接の時に「病院という場所は24時間365日、困った人がいれば、手を差し伸べてくれる場所であってほしい」と言っていた一止。
研修医となり自分がその手を差し伸べる側となり、凄まじく忙しい日々を送っています。
「ベストな選択肢がない以上、ベターを選ぶしかないと思っているのです」
一止の患者さんが言ったこの言葉は印象的でした。
治る見込みのない癌に侵され、1ヶ月後に娘の結婚式が控えているため抗がん剤治療も開始したくないと考えている患者さんの言葉でした。
無事な状態で娘の結婚式に行くのがベストですが、それは無理なので、死期を早めることになっても結婚式に行くのを最優先しようとしています。
一止が癌を発見したこともあり、この患者さんと深く付き合っていくことになります。
「冬山記」は冬の北アルプスを舞台にした話。
冒頭、健三という50歳の男が常念岳から滑落して骨折してしまいます。
この常念岳には山岳写真家の片島榛名も来ていました。
後に一止と結婚する「ハル」です。
そしてこの物語はハルが雪山を舞台に大活躍でした。
「生きていればときには、山に逃げ込むことだってあります。でも山が好きなら、ここを悲しい場所にはしないでください。山は、帰るために登るんですから」
滑落して骨折した男性は生きる気力を無くしていたのですが、ハルはこう言って諭していました。
行動力も半端ではなく、吹雪の雪山の中を一人で滑落した男性を探しに行ったりもしていました。
ハルの活躍にスポットを当てた話はこれが初めてだったので新鮮でした。
シリーズの「0」ということで、登場人物それぞれの昔の姿を見ることができました。
変わらない人もいるし、変わってしまった人もいます。
この作品を経てきっとシリーズの「4」がいずれ出ると思うので、そちらも楽しみにしています。
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-----内容-----
「なぜ私があなたに構うのか。それはあなたが私の患者だから」
二度の映画化、二度の本屋大賞ノミネートを経て、一止とハルさんの物語は原点へ。
病院とは24時間365日、困った人がいれば手を差し伸べてくれる場所。
-----感想-----
今回は「神様のカルテ」シリーズの「0」ということで、主人公たちが医者になる前の学生時代の物語などが展開されています。
物語は以下の四編によって構成されています。
有明
彼岸過ぎまで
神様のカルテ
冬山記
「有明」の冒頭の語り手は進藤辰也。
舞台は信州長野県です。
冒頭は信濃大学医学部の学生寮「有明寮」でみんなで勉強しているところから始まります。
辰也たちは医学部六年生の夏で、医師の国家試験勉強の真っ只中です。
神様のカルテシリーズの主人公、栗原一止(いちと)や砂山次郎も登場。
シリーズにおいて「学生時代は三人仲の良い友人だった」とあったとおり、仲の良い様子が描かれていました。
その他、シリーズには未登場の草木まどかや楠田重正、一止も密かに想いを寄せていたものの辰也と付き合うことになった如月千夏も登場。
如月千夏は一つ年下の医学部五年生で、楠田重正は同学年ではあるものの年齢は52歳で、一度社会人として管理職まで出世してから医学部に入ってきたという珍しい人です。
国家試験を控えた学生らしく、寮で勉強会を開くのが日課になっています。
その勉強会について、辰也は以下のように思っていました。
こうして集まる機会は今年が最後。
生まれも、経歴も、これから選ぶ進路も、まったく異なる人間たちが同じ机を囲むことは、おそらくもうないことなのだ。
これは何だかしんみりしました。
たしかに二度とはない尊い時間だと思います。
途中で如月千夏が語り手になる場面があり、ずっと辰也が語り手というわけではなかったです。
そして辰也から見た一止がどんなふうに見えているのかも分かって面白かったです。
高知生まれのこの友人は、夏目漱石の心酔者で、『草枕』を冒頭から全文暗唱できるというほとんど異常な特技の持ち主だ。
変人の多い医学部の中でも、ひときわの変人だが、辰也とは一年生以来の長い付き合いがある。
とありました。
「変人の多い医学部の中でもひときわの変人」というのが何だか面白かったです(笑)
また、有明は「夜明け」という意味なのは知りませんでした。
有明寮の由来はこれで、有明寮は医学部生にとっての夜明けという意味があるとのことです。
みんな医者になることがゴールみたいな気持ちで勉強しますが、本当は医者になったところが夜明けで一日はそこから始まるとあり、なるほどと思いました。
「彼岸過ぎまで」は、かつての本庄病院の物語。
まだ一止が来る前の頃から物語は始まります。
内科部長の大狸先生こと板垣源蔵、内科副部長の古狐先生こと内藤鴨一のシリーズでお馴染みの二人が登場。
ほかには外科部長の「乾の親分」、乾や板垣から嫌みを込めて「金庫番」と呼ばれる事務長の金山弁次などが登場。
変革期を迎えた医療を前に本庄病院も変わろうとしていて、金銭のみを考えて事務的にあれこれ変えようとする金山弁次と根っからの町医者で診療第一の乾はしばしば衝突しています。
DPC制度(包括医療制度)が国から打ち出されて、これまで行われてきた「最大限の医療」は「最低限の医療」に切り替わることになりました。
これについて乾は憤っていましたが、板垣は以下のように考えていました。
時代は変わりつつある。
命は金に代えられないと言いつつも、国庫には金がない。
金がなければ医療は成り立たない。
つまりは、医療は金では換算できない、などと叫んでいるうちに、医療そのものが崩壊してしまっては、本末転倒になる。
理想は最大限の医療ではあるものの、国庫には金がないというのは世知辛いなと思いました。
金がない以上、従来型の「最大限の医療」から変えざるを得ない面はたしかにあると思います。
やがて後半になると、研修医の面接に「履歴書の自己紹介欄が夏目漱石で統一された」青年が登場。
シリーズの主人公、栗原一止です。
一止は面接の時に本庄病院が掲げている「24時間365日対応」に対して以下のように言っていました。
「無理もあります、リスクもあります。しかし病院という場所は24時間365日、困った人がいれば、手を差し伸べてくれる場所であってほしいと思います」
「神様のカルテ」は栗原一止の研修医時代の話。
一止が研修医になって四ヶ月目から物語は始まります。
冒頭から一止が当直の時はなぜか患者がたくさん来る「引きの栗原」が発揮されていました。
そして一止は”大狸先生”こと板垣先生の指導のもと業務に励んでいます。
上に書いた「24時間365日対応」について、この話の冒頭で一止が心境を吐露していました。
無論、高い理想はそれを支える尋常ならざる努力によって成り立っているのであって、研修医になったということは、まさにその努力の側に回ったことを意味する。
面接の時に「病院という場所は24時間365日、困った人がいれば、手を差し伸べてくれる場所であってほしい」と言っていた一止。
研修医となり自分がその手を差し伸べる側となり、凄まじく忙しい日々を送っています。
「ベストな選択肢がない以上、ベターを選ぶしかないと思っているのです」
一止の患者さんが言ったこの言葉は印象的でした。
治る見込みのない癌に侵され、1ヶ月後に娘の結婚式が控えているため抗がん剤治療も開始したくないと考えている患者さんの言葉でした。
無事な状態で娘の結婚式に行くのがベストですが、それは無理なので、死期を早めることになっても結婚式に行くのを最優先しようとしています。
一止が癌を発見したこともあり、この患者さんと深く付き合っていくことになります。
「冬山記」は冬の北アルプスを舞台にした話。
冒頭、健三という50歳の男が常念岳から滑落して骨折してしまいます。
この常念岳には山岳写真家の片島榛名も来ていました。
後に一止と結婚する「ハル」です。
そしてこの物語はハルが雪山を舞台に大活躍でした。
「生きていればときには、山に逃げ込むことだってあります。でも山が好きなら、ここを悲しい場所にはしないでください。山は、帰るために登るんですから」
滑落して骨折した男性は生きる気力を無くしていたのですが、ハルはこう言って諭していました。
行動力も半端ではなく、吹雪の雪山の中を一人で滑落した男性を探しに行ったりもしていました。
ハルの活躍にスポットを当てた話はこれが初めてだったので新鮮でした。
シリーズの「0」ということで、登場人物それぞれの昔の姿を見ることができました。
変わらない人もいるし、変わってしまった人もいます。
この作品を経てきっとシリーズの「4」がいずれ出ると思うので、そちらも楽しみにしています。
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