読書日和

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「ミドリのミ」吉川トリコ

2017-07-08 23:46:46 | 小説


今回ご紹介するのは「ミドリのミ」(著:吉川トリコ)です。

-----内容-----
重田ミドリは小学3年生の女の子。
一緒に暮らすのは父親の広とその恋人、源三である。
母親の貴美子は広の心境の変化についていけず、離婚話もあまり進まない。
だが、進まない理由はそれだけではなくー。
それぞれの理想の”かたち”を追い求め、もがくミドリたち。
彼女たちに訪れるのは、一体どんな結末なのか。

-----感想-----
「ミドリのミ」
季節は秋、語り手は小学三年生の重田ミドリで、ミドリは二学期の初めに転校してきました。
しいねちゃんという子が声をかけてくれてミドリはしいねちゃんのグループに入りますが、このしいねちゃんが意地の悪い子で何かとミドリに意地悪をしていじめていました。

ミドリは平野写真店で父の広と源三という人と暮らしています。
源三は一年前に他界した祖父から平野写真店を継いでいて、広とミドリはそこに転がり込んでいます。
源三は髪が長く着ているものも女物でゲイです。
そして源三は写真店とは別にフリーでカメラマンの仕事もしています。
源三とミドリの掛け合いが面白く、二人の掛け合いはすいすいと読んでいけました。

月の最初の土曜日、ミドリは母の貴美子に会いに行きます。
両親は離婚を前提に別居していて、貴美子に会いに行く時は父の広が車でマンションまで連れて行ってくれます。
ミドリは母親の特徴をよく見ていました。
ママは料理がへたくそだ。そのくせプライドが異常に高いものだから、意地でもインスタントには頼らない。
だからミドリは、ママに腕をふるわせなくて済むようなものばかりをリクエストすることにしている。

まだ小学三年生なのにこれだけママに気を使っていて偉いと思います。
源三は憎まれ口ばかり言っていて言動は酷いですが、ミドリが会いに行く母のために気を使って眼鏡と服を依然母が買ってくれたものに変えたのに気づいていて知らないふりをしてくれていました。
眼鏡はフレームが合わずずり落ちそうで服は既にサイズが小さくなっているので普段の源三ならからかう場面です。
口は悪くても良い心根を持っているのだと思います。

対照的にしいねちゃんは、ミドリが源三に買ってもらった新しい眼鏡と服で登校してクラスの女の子たちに「服可愛いね」「眼鏡も格好良いね」と褒められていた時に冷や水を浴びせることを言っていました。

「ミドリちゃんちのパパとママ、りこんしたの?」
「うちのママが言ってたよ。ミドリちゃんはかわいそうな子だからやさしくしてあげなさいって」
やさしさのかけらもない顔でしいねちゃんは言った。


この性根の悪さ、クラスに大抵一人は居るタイプの子だろうなと思います。
ミドリが周りの子たちに褒められているのが気に食わず、何としても嫌な気持ちにしてやりたいのだと思います。
そしてミドリが褒められるのを素直に受け止められないところにしいねちゃんの度量のなさと弱さが現れています。

源三はミドリに「パパとママに離婚して欲しくないと言ってはいけない」と言っていました。
「特にパパに言ったりしちゃ、ぜったいだめ」と言っていたのが印象的で、最初なぜ特にパパなのかが気になりました。
私は「離婚して欲しくない」と言っても良いと思います。
これは源三が広には貴美子と早く離婚してもらって自分だけを見てほしいと思っていて、ミドリが「離婚して欲しくない」と言うことで広が離婚を思い止まるのを心配しているのではと思います。
「特にパパに言ったりしちゃ、ぜったいだめ」はミドリのことを慮って言った言葉ではなく自分自身のために言った言葉と思われ、自分の願望を叶えるために子どもであるミドリが率直な思いを言葉にするのを制限させるのはどうかと思いました。


「ぼくの王子さま」
父の広が語り手です。
広は35歳で、お正月から源三との仲が冷え込んでいて1月の終わりが近づいています。
広がミドリを連れて貴美子の実家に帰省したのが原因でした。
離婚を前提に別居しているのに貴美子の実家に帰省するのは驚きでしたが、貴美子は離婚することをまだ両親に話しておらず、貴美子の母のたっての希望で帰省することになりました。

源三は広の性格をよく分かっていて、離婚前提で別居しているはずの貴美子の頼みをあっさり聞いて実家に帰省した広に対し、「重田さんみたいに流されやすい人の言うこと、悪いけど俺は信用できない」と言っていました。
「一年後ーへたしたら半年後、このままずるずるいろんなことを引き延ばしているうちに、ぬるっと元通りの生活に戻ってるんじゃないかって気がする。あんたってそういう人だよ」とも言っていました。

広は会社ではイクメンキャラになっています。
ただしミドリの育児で自分は犠牲になっていると思っていて、熱が出て学校を早退するミドリの迎えを源三に頼む時も「ほんとに、ごめん。犠牲にしてしまって」と言っていました。
この犠牲という言葉に源三は怒っていました。
「ミドリのために、いろいろ諦めなきゃいけないことはわかるよ。手放さなきゃならんものだってあるでしょうよ。でもそれを犠牲と言ってしまうのってどうなの?自分が子どものころのこと、重田さん覚えてないの?子どもって意外にそういうとこ敏感だよ。特にミドリなんて、だれに似たんだか知らないけど、異常にカンが鋭い子なんだから気をつけてやらんと」
たしかに犠牲と言ってしまうのはどうかと思います。
その気持ちをミドリが察知してしまったらミドリはいたたまれない気持ちになると思います。

広は貴美子が嫌いで別れたわけではなく、「もし源三と出会っていなければ、おそらくいまも貴美子といっしょにいただろう。」とありました。
広は妻子持ちの身でありながら他の人、しかも男が好きになってしまいました。
私は最初にこれを読んだ時ギョッとしました。
最近は「同性愛は何もおかしなことではない!」というような声がありますが、少なくともギョッとされたり普通ではないと認識されたりするのは避けられないのではないかと思います。
これは生物学として男の人は女の人を、女の人は男の人を好きになるのが「普通」の状態であり、そこから逸脱しているのは明らかに普通ではない特殊な状態だからです。
同性愛への理解を広めたいのであれば、まずは同性愛が普通ではない特殊な状態であることを認め、その上で「特殊な状態の人もいるということを理解してほしい」とするべきだと思います。
ここを無視して「同性愛は何もおかしなことではない!異常なことではない!異常と感じること自体が差別だ!理解しろ!」と高圧的に騒ぎ立てるような人の主張を、私は信用する気にはならないです。


「日曜日はヴィレッジヴァンガードで」
梶原花世(はなよ)という源三の家によく来る大学生が語り手です。
花世はかなり個性的なファッションをしていて、極彩色の造花が縫いつけられた複雑なデザインのセーターを着て、床すれすれまであるロングスカートに見せかけた袴風ズボンをはいていたりします。
花世は幼い頃から感性が他の子たちとは大きく違っていて、図工の時間でも写生大会でも花世の作品は常に独特なものになっていました。
そして幼い頃から「変」と言われ、花世は笑わなくなっていきました。

花世は幼い頃から源三のことが好きだったのですが、小学生の時に源三のことを忌み嫌う花世の兄が両親に「源三はとんでもない変態野郎」と言ったことで、花世は両親から源三の家への出入りを禁止されてしまいます。
花世には現在、上野毛先輩という彼氏がいます。
上野毛先輩は花世の通うN美大の一級上の人です。
ちなみに美大には個性的な人達が勢揃いしていて、子どもの頃から「変」と言われ続けてきた花世は美大でようやく居場所を見つけました。

上野毛先輩とのデートでカフェに寄っていた時、広とミドリがそのカフェにやってきて鉢合わせます。
広はかなり馴れ馴れしく話しかけていました。
「あれれれ、花世ちゃんじゃないのぉ?」
「なになに、あっれー、もしかしてデート?こちら、花世ちゃんの彼氏?」
花世が全身で「とっとと失せろ」と訴えても広は全く察知せずに馴れ馴れしく話しかけていました。
花世は広の空気の読めなさが大嫌いで、源三とミドリとは仲が良いですが広には常に冷淡です。

花世は自分が愛するもの以外はどうでも良いと思っていて、ある時自己嫌悪に陥ります。
この花世の自己嫌悪に対し源三が良いことを言っていました。
「最低でも最悪でもなんでもないよ。だれしもが聖人君子になれるわけじゃないんだから。だれだって自分がいちばんかわいいし、自分の家族や恋人のことをいちばんに考えるのが普通でしょ。なんにも悪いことじゃない」
これはそのとおりだと思います。
宗教でもないのに口だけで「自分や自分の家族のことより人類全体のことを優先しましょう」と主張するような人よりよほどまともだと思います。


「ビロードママ」
貴美子が語り手です。
貴美子は36歳で、夏のある日、源三から広が胃炎になったと電話がきます。
入院手続きに身元引受人が必要で家族か親族でないとダメなため、貴美子が来てくれという電話でした。

仕方なく駆けつけた広の入院先の病院で貴美子は初めて源三に会います。
電話でも直接会った時も貴美子は源三に敵意を露にした話し方をしますが、源三には「うわ、めんどくせー」のように軽くあしらわれる展開が続きます。

この章では貴美子の人生観が語られています。
特に印象的だったのが次の言葉です。
貴美子は子どもが欲しいと思ったことなど一度もなかった。必要なピースのひとつだったから、最初からそうするものだと決まっていたから産んだまでの話だ。
これも広の「犠牲になる」と同じくらい、ミドリが聞いたらいたたまれない気持ちになると思います。
貴美子は徹底して自身が決めた設計図どおりの人生を歩んでいて、ことなかれ主義で流されやすい広は常に貴美子の考えに従っていました。
進学、就職、結婚、出産、マンション購入と全てを手にした人生でしたが、唯一の綻びが源三に広を奪われたことでした。


「ミドリのキ」
再びミドリが語り手になります。
今度の合唱大会でミドリのクラスは「グリーングリーン」を歌うことになったのですが、しいねちゃんがそのピアノの伴奏をミドリがやれと言います。
「だれもミドリちゃんのピアノ聞いたことないんだよね。真里茂ちゃんよりもうまいんでしょ?ねえ、おねがい。伴奏してよ」
一見ミドリのピアノを聞いてみたいという期待を込めた言い方にも見えますが、実際にはミドリが上手くピアノを演奏できずに大勢の前で恥をかくのを期待しています。
ミドリは広とともに源三の家に転がり込んでからはピアノの演奏をしていなくてだいぶ演奏の力が鈍ってしまっています。
しいねちゃんの性根の悪さは徹底していて、嫌な女の子だなと思いました。
そんな窮地に立たされたミドリに同じクラスのユウキくんが「うちにピアノあるから、放課後いっしょに練習しない?」と声をかけてくれました。
ミドリにはユウキ君が王子様に見えました。

しいねちゃんが言いふらし、クラスのほとんどの子がミドリの両親が別居していることを知っています。
さらにしいねちゃんはミドリとユウキくんが仲良くしているのも気に食わないようで、わざわざ他のクラスメイトに聞こえるように広と源三のことを言いふらしてからかっていました。

「ミドリちゃんって男が好きなんだ。知らなかったあ」
「てっきり女が好きなのかと思ってた。だってさ、ミドリちゃんちって普通じゃないもんね」

これは広と源三が同性愛なのでミドリもそうなのではというからかいです。
同性愛が普通の状態でないことは確かだと思いますが、わざわざミドリとユウキくんが仲良く話しているのを邪魔したいがために「お前の父親は同性愛者だ」と馬鹿にしに行くのはかなり醜いと思います。


「セルフポートレイト」
源三が語り手です。
冒頭、源三は新宿二丁目にある「JUNじゅんBar」というゲイバーで香須美という女性と飲んでいました。
香須美は出版社で編集者をしている30歳くらいの人で、「どうしても平野さんにお願いしたい仕事がある」と連絡してきて会っていました。
平野写真店だけでなくフリーのカメラマンの仕事もしている源三とは6、7年前から付き合いがあります。
香須美は多様化する家族の在り方がどうの、セクシュアルマイノリティとの共生がどうの、という趣旨の本を出版しようとしていて、源三に同性愛の人達の写真撮影を頼んでいました。
香須美の企画に対し源三は「彼女の言っていることはとんちんかんで甘っちょろくて、お話にならなかった。」と胸中で語っていました。
さらに香須美の企画に対し源三が反対する次の場面は印象的でした。

「見世物なんて、そんなつもりありません。これがなにかのきっかけになればと思っているだけです。セクシュアルマイノリティだろうとふつうに生活してるんだって、多くの人に知ってもらいたいだけなんです」
だめだ、話が通じない。このとき源三はほとんど香須美を軽蔑した。


香須美の行為は源三のようなゲイ側から見ると、頼んでもいないのに「さあセクシュアルマイノリティ(同性愛者)のことを多くの人に知ってもらいましょう」と一方的に張り切っている典型的な「押し付けの善意」になるのだと思います。
「押し付けの善意」は時としてその対象への偏見を益々増大させかねないことをよく知っておいたほうが良いと思います。


同性愛というテーマを扱っていて、読んでいてギョッとする場面がありました。
ミドリは両親の離婚を前提とした別居だけでなく父親の同性愛という問題にも晒されていて精神的にかなり大変だと思います。
そんな状況でも大人たちに何かと気を使っているミドリは小学校低学年とは思えないくらい大人びていて凄い子だと思います。
ミドリの日々が少しでも平穏になることを願います。


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