
今回ご紹介するのは「襷を、君に。」(著:蓮見恭子)です。
-----内容-----
全国中学校駅伝大会ー中学3年生の庄野瑞希は大会記録を更新する走りでチームを逆転優勝に導く。
しかし、周囲の期待に押し潰され、走る意味を見失った瑞希は、陸上をやめるつもりでいた。
一方、福岡・門司港(もじこう)で、倉本歩(あゆむ)はテレビの中の瑞希の美しく力強い走りに魅せられる。
「あの子のように走りたい」その一心で新進気鋭の港ヶ丘高校陸上部に入部するが、部員は歩よりはるかに速い選手ばかりでー。
二人の奇跡的な出会いが、新たな風を紡ぎだす!
スポーツ小説を多く手掛けてきた著者が少女たちの葛藤と成長を描く、胸を熱くさせる青春小説!
-----感想-----
11月上旬に行われる福岡県中学校駅伝大会で中学三年生の歩が走っているところから物語が始まります。
歩はソフトボール部ですが走るのが早いので陸上部の女子駅伝に助っ人で参加していました。
次の年の春、歩は福岡県の港ヶ丘高校に入学し陸上部に入ろうとします。
意気揚々と陸上部に入部しようとする歩に担任の岩田先生が「入部は無理」と言います。
納得いかない歩が陸上部に行ってみると、二年生の畑谷和水(はたやなごみ)が声をかけてくれます。
そして後藤田先生という女性コーチに引き合わせてくれました。
後藤田先生は「うちはもう何年も前から、入学前に部員をセレクトしているの。ここにいるのは、中学時代に800m以上の距離で実績をあげた子ばかり。入部は諦めてちょうだい」と言います。
陸上部に入るという歩の願いがいきなりついえそうになります。
港ヶ丘高校に入学する3ヶ月前、歩は山口県で行われている全国中学校駅伝大会がテレビで放送されているのを見ます。
各チームのアンカーに襷が渡る場面で兵庫県の姫路中学校の庄野瑞希という選手が登場します。
瑞希は全国区の選手で将来を嘱望されていて、テレビでも大きく扱われていました。
父親が播磨学院高校の陸上部監督をしていてそこに進学するのではと言われています。
歩が弟の勝男と話している時に福岡の強豪の名前が登場します。
博多の城南女子学園が一番強く、その次に強いのが北九州第一高校です。
そしてもう一校名前が出たのが港ヶ丘高校で、勝男によると港ヶ丘高校には新しい指導者が入って女子駅伝に力を入れているとのことでした。
他の二校より陸上部に入部しやすそうでさらに通える距離なので港ヶ丘高校に入学したのですが、まさかの後藤田先生による部員選別が待ち構えていました。
福岡が舞台なので九州の方言が出てきます。
最初「なん、はぶてとーん?」という方言が出てきて、調べてみたら「なに腹を立ててるの?」という意味のようです。
「差し馬のごとあるよ」という言葉は「差し馬(レースの後半で追い上げるタイプの馬)みたいだ」という意味です。
そして「しゃーしい」という言葉は「うるさい、騒々しい」という意味で、どれも聞いたことのない言葉だったので新鮮でした。
陸上部に入れず意気消沈している歩に畑谷和水が現在の陸上部のことを教えてくれます。
三年前に後藤田コーチが来てから陸上部は大きく変わりました。
監督の高瀬先生は数年前から女子駅伝に力を入れていてさらに後藤田先生も来て、港ヶ丘高校陸上部は今、初の「全国高等学校駅伝競技大会」への出場を目指しています。
陸上部のキャプテンは南原理沙という三年生で、南原は福岡県で一番速い中学生でした。
当初は城南女子学園高校への入学を考えていましたが高瀬先生の熱意で港ヶ丘高校に入学しました。
副キャプテンは二年生の畑谷で、駅伝の新チームが始動する秋にはそのままキャプテンになる予定です。
畑谷がコーチの後藤田先生がいない日の練習に歩を誘ってくれます。
畑谷は歩に自主的に練習に参加するのを続けていくことで入部を認めてもらおうという案を出してきます。
自主的に参加した練習では高田栞という子が気さくに話しかけてくれて仲良くなります。
そして栞には稔(みのり)という双子の姉がいて、こちらはかなり高飛車な話し方をします。
やがて歩は熱意が通じて入部が認められます。
庄野瑞希も語り手として登場します。
歩がテレビで見ていた全国中学校駅伝大会で優勝した時、瑞希は周りの大人にうんざりしていました。
そしてこの大会を最後にしてもう駅伝は走らないという決意を固めていました。
瑞希も港ヶ丘高校に入学していて、「頭の中に次々と浮かんでくるのは、嫌なことばかり」とありました。
瑞希は父親と母親のことで憂鬱になっています。
歩には同じクラスに工藤ちゃんという友達がいます。
工藤ちゃんは情報処理部に入部して、「調べて欲しい事があったら言って!」と心強いことを言っていました。
新入生の中では稔の力が抜けています。
港ヶ丘高校では南原と畑谷の二人が全国クラスの実力者なのですが、駅伝で全国大会出場を狙うには全国クラスの実力者が二人では心許ないようです。
高瀬先生は新入生に期待をかけていて稔はその代表的存在です。
本郷さんと大村さんという子も一年生で、一年生は全部で6人です。
ただし稔を上回る全国クラスの実力者の瑞希はなぜか練習に全く姿を現さないてす。
栞と稔は双子ですが稔のほうが実力は上で、ずっと比べられてきた栞は人前に出たくないと考えています。
稔は別の高校からも入学の誘いがあったのですが両親が二人とも一緒の学校に行けと言ったため、栞に付き合う形で港ヶ丘高校に入学しました。
そして栞は同じ高校に入学してくれた稔への付き合いのために陸上を続けているとのことです。
あまり情熱がないのに速いタイムを持ってはいるので真に情熱的になればまだまだ伸びる選手なのだと思います。
歩は3000mの記録会で10分55秒2という11分を切るタイムを出し、高瀬先生に誉められます。
この記録会では稔が10分18秒という港ヶ丘高校の一年生ではダントツで速いタイムを出していました。
南原と畑谷は常に9分台で走ることができます。
ある日歩は廊下で瑞希に遭遇します。
歩がテレビで見ていた時は「庄野瑞希」だったのが今は「蒲池瑞希」になっていて、歩が庄野瑞希かと聞くと瑞希は逃げていってしまいました。
歩は追いかけますが瑞希の足は物凄く速く、歩は「この子、もしかしたら南原先輩より速い」と驚いていました。
瑞希は苗字が変わり、父親が陸上部監督をしている播磨学院高校には行かずに兵庫から遠く離れた港ヶ丘高校に入学しました。
しかも陸上推薦ではなく一般入試で入学していて、高校では陸上を続ける気はありませんでした。
ところが全国クラスの選手のため苗字が変わっていても学校側にその正体を気付かれ、陸上部に入部させられてしまいました。
畑谷は「高瀬先生も後藤田コーチも、南原さんも、私も瑞希の立ち直りを待っている」と言っていました。
全国クラスの選手なのに走ることに本気になれなくなっているのは「一瞬の風になれ」の一ノ瀬連と似たところがあると思いました。
瑞希は心の中で歩となら友達になれそうと思っています。
昔から友達を作るのが下手で、自分から声をかけるのなんて無理。それなのに、彼女とは友達になれそうな予感がする。
夏休みに入ると「青少年自然の家」での合宿が始まります。
幽霊部員のような状態だった瑞希も参加します。
この合宿には福岡県を代表する名門校、城南女子学園も来ていて、三年生でキャプテンの嘉田若菜が登場します。
嘉田は瑞希を知っていて「今回、一緒に練習できるのを楽しみにしています」と気さくに声をかけてきますが、瑞希はこわばっていました。
瑞希の走る姿を見て高瀬先生は「瑞希は南原より速くなる」と言っていました。
練習の最後に3000m走を皆で走った時、瑞希は南原と同時にゴールして9分36秒のタイムを出します。
まともに練習していなかった期間があるのに南原と同じくらいの力があるということで、かなり凄い子だなと思います。
合宿の後、歩は出場した「夏季市民総合スポーツ大会」で初めて優勝します。
そして故障で合宿には参加していなかった三年生の河合穂波(ほなみ)が復帰してきます。
夏休みが終わろうという頃、秋の活動計画が発表されます。
9月27日 九州瀬戸内高等学校駅伝競走大会(大分県国東(くにさき)市)
11月1日 全国高等学校駅伝競走大会福岡県予選(福岡県嘉麻(かま)市・嘉穂(かほ)陸上競技場)
12月20日 全国高等学校駅伝競走大会(京都市・西京極陸上競技場)
12月20日の全国大会に行くためには11月1日の福岡県予選で城南女子学園と北九州第一高校に勝って1位にならなければならず、9月27日の大会はそこに向けた前哨戦です。
一年生の中では本郷さんと大村さんが思うように伸びず、後から入ってきたのに二人より速くなった歩に対して卑屈になりがちです。
歩、本郷さん、大村さんの三人が更衣室で話していて歩が二人を残して外に出た時、「今頃、うちの悪口を言われとるんやろなぁ。」と思っていたのは印象的でした。
歩がいないところでは何を言われているか分からず、この気持ちは分かります。
九州瀬戸内高等学校駅伝競走大会が近づいたある日、毎朝新聞の記者が港ヶ丘高校陸上部の取材に来ます。
記者は瑞希の正体に気づいて馴れ馴れしく話しかけ根掘り葉掘り色々なことを聞き出そうとしていて嫌な奴だなと思いました。
そして毎朝新聞の朝刊の地方面に港ヶ丘高校陸上部の記事が載るのですが、旧キャプテンの南原や新キャプテンの畑谷よりも瑞希のことが大々的に書かれていました。
瑞希は県の新人戦の1500mで優勝し、全九州高校新人陸上への進出を決めます。
畑谷もその大会に3000mで出場します。
9月27日の九州瀬戸内高等学校駅伝競走大会、さらに11月1日の全国高等学校駅伝競走大会福岡県予選に向けて、良い状態になっていました。
迎えた九州瀬戸内高等学校駅伝競走大会で、歩は港ヶ丘高校のメンバーには入れませんでしたが、各チームの補欠選手を混ぜ合わせた選抜チームで走ることになります。
この大会で港ヶ丘高校は城南女子学園とも渡り合い優勝を狙える快走を見せますが、瑞希の精神状態に異変が起き残念な結果になってしまいます。
瑞希の母の蒲池瞳の異変を知らせる電話がかかってきて、瑞希の精神状態がおかしくなってしまいました。
残念な結果になったことについて稔は激怒していました。
「あっちへふらふら、こっちへふらふら。あたしの目から見たら、才能に恵まれた奴が、好き勝手してるだけにしか見えない。何で、あいつ一人に皆が振り回されなきゃいけないんだ?普通、あんな事やったら、誰からも相手にしてもらえなくなる。心配してやる事なんかない」
これもやはり「一瞬の風になれ」の一ノ瀬連と似ているなと思いました。
才能に恵まれた人が順風満帆に競技に向き合えるとは限らず、苦難の道になることもあるのだと思います。
稔と栞の言い争いで、稔が「栞はお黙り」と言う場面があります。
序盤では栞が「稔はお黙り」と言っていた場面があるのを思い出し、やはり双子だなと思いました。
瑞希の母は目を離すと自殺してしまいそうな人が入る病院に入院していて、瑞希の精神状態がおかしくなった時はその母に異変が起きていました。
自身のせいでチームが残念な結果になってしまったことを反省した瑞希は歩や稔に助けてもらいながら上級生に「もう一度チャンスをください」と言いますが、試合を壊してしまった瑞希がチームに戻ることに上級生は冷たいです。
後藤田コーチが瑞希に言った言葉は印象的でした。
「本当に強い選手というのは、速いだけじゃない。態度も行き届いているんだ。練習はもちろんの事、毎日の生活をちゃんとする。自分が走らない時は応援に回り、他の部員達に目を配る。畑谷にあって、お前にないものがそれだ」
試合を壊してしまった一件で瑞希は大きく変わり、まさに後藤田コーチが言っていることができる選手になります。
11月1日の福岡県予選が近づいたある日、歩は記録会で自己ベストを更新する10分19秒のタイムを出します。
瑞希ももう一度チームの一員になることが許され、ついに福岡県予選の日を迎えます。
しかしまさかの出来事が起こり、当初はメンバーに入っていなかった歩が走ることになります。
不安を感じている歩に後藤田コーチがとても良いことを言っていました。
「倉本」
「本当の自信は、どうやって手に入れるか分かるか?」
「練習……、努力でしょうか?」
「違うな。最悪の状態の中でも投げ出さず、ベストを尽くす。そこから抜け出した時に、本当の自信が生まれるんだ」
ついに全国大会出場をかけた駅伝が始まります。
最後は全5区間それぞれの区間の人達が語り手になっていました。
瑞希が走っている時、「夢を運べ。襷に乗せて」という横断幕があり、そして最後、高瀬先生の「蒲池、ありがとう……」という言葉に胸が熱くなりました。
読んでみて、とても面白くて良い青春小説だと思いました

歩や瑞希たちが二年生、三年生になった時の物語も読んでみたいと思いました。
爽やかな気持ちにもなれ、やはり青春小説は好きです

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