アイデンティティ確立のための上り坂

2005年12月03日 | 心の教育

 「思考の経済」ということばがあります。

 つまり、私たちがものを考える時にも、なるべくエネルギー消費を少なくしよう・安くあげよう・負担を軽くしようという「経済法則」が働くという意味です。

 すでに決まり切っている・当たり前と思っていることを、改めて考え直すとか、そのために学び直すというのは、心理的な作業としてはけっこう負担です。

 なるべくなら、そういうことはしないで、「そんなことは決まり切っている」と信じて(つまり思い込んで)、従来のパターンどおりやっているほうが楽なのですね。

 特に世界観・人生観・価値観の体系的なセットであるコスモロジーは、一定の社会の中には必ず「そんなこと当たり前」というかたちで、半ば以上無意識的な社会の通念・常識としてあるものです。

 社会全体がうまく機能している間は、それに乗っかって自動的に動いているほうが明らかに楽です。

 戦後の日本社会は、戦前の伝統的コスモロジーが社会の建前として否定され、近代的な科学合理主義と個人主義的な民主主義のコスモロジーが建前になりました。

 そして、そのベースには自由主義・資本主義経済という制度があります。

 しかし、この授業の最初のほうでお話ししたとおり、そういう戦後日本の建前がしだいにうまく機能しなくなってきており、若い世代ほど、ニヒリズム-エゴイズム-快楽主義という、コスモロジーとしてはきわめて具合が悪く(なにしろつきつめると死にたくなるんですから)、コスモロジーというよりコスモロジーの崩壊と呼びたくなるような価値観に陥りつつあると思われます。

 若い世代ほどといいましたが、もう定年間際の年齢層まで戦後教育で育った世代ですから、これは若者だけの話ではありません。

 ここのところ(も)、政治・経済の中堅やトップの責任ある立場の人々の信じられないようなごまかし行為の事件がいくつも報道されています。

 新聞・テレビ情報の範囲での判断ですが、彼らの心にはどう見ても、「悪いことをしたって、別に死んで地獄にいくわけじゃなし、お天道さまが見てるわけでもなし、ばれなきゃ平気だ。生きている間、悪いことをしてでも儲けて、豪遊でも何でも好き勝手に自分のしたいことをしなきゃ損だ」という考えが巡っていたとしか考えられません。

 彼らの心からは社会のルールを守らなければならない理由がなくなっていたのです。

 そうでなくて、どうしてそういうことができるのでしょう?

 頻発する事件の背後には、コスモロジーの崩壊という深刻な社会心理の状況があると考えるほかありません。

 この公開授業は、そうしたコスモロジーの機能低下、あるいは崩壊という状況に対して、一方ではもっとも新しい科学のコスモロジーと、もう一方では伝統的なコスモロジーのプラスの面の見直しをすることによって、戦後日本の常識的なコスモロジーを「含んで超える」ことを目指す試みです。

 これは「思考の経済法則」にはあまり合わない、楽でも軽くもない作業です。

 ですから、もしかすると、ブログという「軽い」コミュニケーション・ツールには向かない話なのかもしれません。

 しかし、マスコミ、思想ジャーナリズム、アカデミズムの大多数が、そういう根本的問題に気づいていない――ように私には見える――状況下で、心ある国民(あえて「市民」という近代主義的な言い方を避けます)に、1個人でも広く問いかけができる媒体としては、可能性をもっている、と考えています。

 本気で、「この社会を何とかしなければならない」、「社会をよくしたい」と願っている方には、楽でも軽くもないかもしれませんが、ぜひ参加していただきたいと願っています。

 そして何よりも、口コミならぬブログコミをぜひ展開していただけると幸いです。

 これから授業は、特定宗教としてではなく日本の精神的伝統の中核としての仏教の話に差し掛かります。

 実際の学生でも、ここからが「難しい」といって脱落者が増えてくる段階です。

 しかし、これは「越えなければならない坂」です。

 ……と、ちょっと脅しが入りましたが、仏教がわかると日本の伝統のすばらしさがわかり、日本の伝統のすばらしさがわかると日本人である自分に正当な誇りが持てるようになる=アイデンティティが確立できる=自信がつく、という仕掛けになっています。

 ですから、苦しい上り坂の後で展望が開けた時の登山の喜びに似た、充実という意味での楽しさは十分味わっていただけるはずです。

 心の準備体操をしていただいて、よかったら、どうぞ最後までついて来てください。


*写真は東大寺大仏殿

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コメント (7)
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