初めて歩いたコースでした。
目黒区内はほとんど歩きつくした感じなのですが、隣接する世田谷区でも近くにあるこれらの地域、通り抜けることはあっても寺社にお参りすることはなかったので企画してみました。
祐天寺駅をスタート地点として芦毛塚へ。源頼朝が乗っていた馬が突然暴れだし、沢の深みにはまって死んでしまったため不吉を払うために作られた塚です。道の真ん中に残された史跡で、この道は蛇崩と駒沢を結びます。区界にもなっていることから古い道と考えられ、私は鎌倉街道の一部だと思っていますが裏付ける資料がありません。
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写真:駒繋神社
蛇崩川(現在は暗渠となり緑道)に架かる赤い太鼓橋が印象的な神社で、前はしょっちゅう通るもののウォーキングで参拝するのは初めてです。
大人数でどやどや行ったので神主さんが出てきて説明してくれました。
神社を横から見るとよくわかるが、社殿は本殿、幣殿、拝殿の三つが合わさって出来ていること。我々が拝んでいるのは本殿ではなく拝殿であること。本殿の屋根の上に設置されている丸田のようなものが奇数であれば祭神が男の神様、偶数ならば女の神様であること。(写真は木に隠れて三本しか見えていませんが駒繋神社の本殿の上には五本ありました)
もともとは子の明神と呼ばれ大国主命が御祭神であること。源頼朝が藤原泰衡征伐のため軍を率いて奥州へ向かう際、境内の松に馬をつないで戦勝祈願をしたので駒繋神社と呼ばれるようになったこと。午年の今年は馬にちなんだ神社ということで参拝者が多いことなどを手短に説明してくださいました。ありがとうございました。
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写真:西澄寺の山門(武家屋敷門)
野沢通りに面している西澄寺の前は車でしょっちゅう通るところですがこんなに立派な山門があるとは知りませんでした。東京都の文化財に指定されており、徳島藩蜂須賀家の三田中屋敷から移築されたそうです。
この山門は行って見てみる価値があります。もちろんお寺も落ち着いたいい雰囲気です。
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写真:教学院(目青不動)
三軒茶屋駅のすぐ近くにある、江戸五色不動のひとつ目青不動です。我が区名の元になっている目黒不動には大変なじみがありますが、目と鼻の先に目青不動があることを今回初めて知りました。
社殿の脇にある民家風の引き戸が話題になり、五時になると仕事を終えた不動明王が帰り支度をしてあそこから出てくるのではなどと考えてみました。
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写真:太子堂八幡神社
こちらの境内には児童公園があり子供がたくさん遊んでいる大きな神社でした。
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写真:円泉寺聖徳太子堂
林芙美子住居跡の近くにあるこちらのお寺のこのお堂が「太子堂」という地名の由来です。太子堂という地名は私が子供の頃からよく聞いてたものですが、聖徳太子堂がその由来になっていることははじめて知りました。歩いてみるといろいろと面白い発見があるものです。こんな発見が面白いと感じる年になったという話もありますが、郷土の歴史に興味を持つことはよいことなのでしょう。
林芙美子がすんでいた貧しい二軒長屋の隣には壺井栄が夫婦で住んでいたそうです。
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写真:三宿神社
こちらも比較的広い神社でした。目黒区内と比べると世田谷の寺社が広めに感じられるのは、目黒よりちょっとだけ田舎で開発されるのがちょっとだけ遅かったため、地域が寺社を大切に守ってこられたのかもしれません。五十年前の東京オリンピックまでは、なんでもありといった感じで開発が進められたイメージがあります。
ホンの目と鼻の先の世田谷区も新しい発見がたくさんあって興味深いウォーキングコースが出来そうです。現存する庚申塔の数も目黒の二十数基と比べ、二百基以上と桁違いです。
広いからと言ってしまえばそれまでかもしれませんが、世田谷には目黒以上に江戸の名残を残す場所が多いのでしょう。これからも少しずつ探索して新たなウォーキングコースを設定してゆこうと思います。
目黒区内はほとんど歩きつくした感じなのですが、隣接する世田谷区でも近くにあるこれらの地域、通り抜けることはあっても寺社にお参りすることはなかったので企画してみました。
祐天寺駅をスタート地点として芦毛塚へ。源頼朝が乗っていた馬が突然暴れだし、沢の深みにはまって死んでしまったため不吉を払うために作られた塚です。道の真ん中に残された史跡で、この道は蛇崩と駒沢を結びます。区界にもなっていることから古い道と考えられ、私は鎌倉街道の一部だと思っていますが裏付ける資料がありません。
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写真:駒繋神社
蛇崩川(現在は暗渠となり緑道)に架かる赤い太鼓橋が印象的な神社で、前はしょっちゅう通るもののウォーキングで参拝するのは初めてです。
大人数でどやどや行ったので神主さんが出てきて説明してくれました。
神社を横から見るとよくわかるが、社殿は本殿、幣殿、拝殿の三つが合わさって出来ていること。我々が拝んでいるのは本殿ではなく拝殿であること。本殿の屋根の上に設置されている丸田のようなものが奇数であれば祭神が男の神様、偶数ならば女の神様であること。(写真は木に隠れて三本しか見えていませんが駒繋神社の本殿の上には五本ありました)
もともとは子の明神と呼ばれ大国主命が御祭神であること。源頼朝が藤原泰衡征伐のため軍を率いて奥州へ向かう際、境内の松に馬をつないで戦勝祈願をしたので駒繋神社と呼ばれるようになったこと。午年の今年は馬にちなんだ神社ということで参拝者が多いことなどを手短に説明してくださいました。ありがとうございました。
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写真:西澄寺の山門(武家屋敷門)
野沢通りに面している西澄寺の前は車でしょっちゅう通るところですがこんなに立派な山門があるとは知りませんでした。東京都の文化財に指定されており、徳島藩蜂須賀家の三田中屋敷から移築されたそうです。
この山門は行って見てみる価値があります。もちろんお寺も落ち着いたいい雰囲気です。
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写真:教学院(目青不動)
三軒茶屋駅のすぐ近くにある、江戸五色不動のひとつ目青不動です。我が区名の元になっている目黒不動には大変なじみがありますが、目と鼻の先に目青不動があることを今回初めて知りました。
社殿の脇にある民家風の引き戸が話題になり、五時になると仕事を終えた不動明王が帰り支度をしてあそこから出てくるのではなどと考えてみました。
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写真:太子堂八幡神社
こちらの境内には児童公園があり子供がたくさん遊んでいる大きな神社でした。
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写真:円泉寺聖徳太子堂
林芙美子住居跡の近くにあるこちらのお寺のこのお堂が「太子堂」という地名の由来です。太子堂という地名は私が子供の頃からよく聞いてたものですが、聖徳太子堂がその由来になっていることははじめて知りました。歩いてみるといろいろと面白い発見があるものです。こんな発見が面白いと感じる年になったという話もありますが、郷土の歴史に興味を持つことはよいことなのでしょう。
林芙美子がすんでいた貧しい二軒長屋の隣には壺井栄が夫婦で住んでいたそうです。
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写真:三宿神社
こちらも比較的広い神社でした。目黒区内と比べると世田谷の寺社が広めに感じられるのは、目黒よりちょっとだけ田舎で開発されるのがちょっとだけ遅かったため、地域が寺社を大切に守ってこられたのかもしれません。五十年前の東京オリンピックまでは、なんでもありといった感じで開発が進められたイメージがあります。
ホンの目と鼻の先の世田谷区も新しい発見がたくさんあって興味深いウォーキングコースが出来そうです。現存する庚申塔の数も目黒の二十数基と比べ、二百基以上と桁違いです。
広いからと言ってしまえばそれまでかもしれませんが、世田谷には目黒以上に江戸の名残を残す場所が多いのでしょう。これからも少しずつ探索して新たなウォーキングコースを設定してゆこうと思います。