すずりんの日記

動物好き&読書好き集まれ~!

小説「雪の降る光景」第3章8

2008年04月18日 | 小説「雪の降る光景」
 「そんなに悪化しているのか?」
「かなり進行が早いようです。呼吸器系の機能は約30%ダウンし、泌尿器、消化器、循環器系は50~55%ダウンしています。普通の人間なら、日常生活を送り続けることは不可能なはずです。」
私は、少し前から意識を取り戻しつつあった。以前見た覚えのある天井だな、という気がぼんやりとして、ここは病院だとはっきりと認識できた頃ドアを開く音がした。
「どうしてだ。彼がどんなに我慢強くても、痛みは感じているはずだ。彼の体なら病名はわからなくてもその痛みに対して何らかの反応をするはずだが・・・。」
「しかしそうならない方が私たちには都合が良いのではないですか?」
ボルマンとドクターは、私が眠っているものと思い込んでいるらしく、病室に入ってからも会話を止めようとはしなかった。
「それはそうなのだが。もしかしたら、彼の体が生きるのを拒否しているのかも・・・。」
「死にたがっている、ということですか?」
「あぁ、たぶん。」
ドクターは、腕組みをして黙り込んでしまったボルマンを無視して、布団の中の私の右手を取り、脈を取り始めた。
「そういえば、以前あなたはこんなことを言っていましたね。『彼が人間の心を取り戻すこと、それさえなければ彼は絶対死なない』と。」
私の脈が落ち着いているのを確認し、ドクターは私の腕の血管に注射の針を突き刺しながらつぶやいた。
 ボルマンは知っている。気を失う直前に浮かんだ言葉、やはりそれは本当だったのだ。しかしそれは、驚くほどのことではなかった。ようは私も彼らの手によって実験のモルモットにされていたわけだ。
「今鎮痛剤を注射したので、しばらくは彼が痛みを訴えることは無いでしょうが、今後はぎりぎりまで鎮痛剤を打つのは止めましょう。痛みが我慢できないほどになれば、彼の生命力が力を発揮してくれるかもしれませんから。」
「君はずいぶん楽観的だな。」
素早く注射針を引き抜きこの場を去ろうとしているドクターに、ボルマンは、まるで楽観的に生きることほど危険なことはないとでも言うように言葉をかけた。
「そうでなければ医者などやってはいませんよ。」
2人は、談笑しながら、私が眠っていると思い込んだまま部屋を出て行った。


(つづく)
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