沖をこぎゆく あの小舟
誰が乗るやら 遠くなる
家に待つのは 親か子か
いとしい妻も 待っていよ
(劇中歌「流れ人」美空ひばり 作詞・秋元松代 作曲・猪俣公章)
幕開きから、ぽたり、ぽたりと絶え間なく真っ赤な椿が舞い落ちる。愛ゆえに命を燃やし血を流す女たちの物語にふさわしい。
秋元松代作、蜷川幸雄演出の「元禄港歌」は、愛の情感で観客の心を揺さぶり、繁栄の陰にある差別社会への怒りに目を向ける。
初演から36年。あの伝説の舞台が配役も一新して復活させた。
これは、いわゆる”母もの”や”お涙頂戴もの”ではない。
迫害される念仏信徒や厳然たる身分格差、女という存在の哀しさが描きこまれ、底辺にのたうつ人々に対する作者秋元松代の眼は鋭く
古典になりうる力作である。
瞽女唄から、謡曲の「百万」、念仏信徒が唱える「和讃」、そして美空ひばりという昭和の代表格の歌を劇中に織り込み、ドラマを重層的
に盛り上げた。。
さらにつけ加えれば、三味線、能、謡曲をナマで演じたことが、「芸能」というコンセプトがよりくっきり立ち上がった。
ここで出演者に目を移したい。
狐が我が子と引き裂かれる伝承「葛の葉子別れ」を切々と弾き語る糸栄に市川猿之助。
女方としての気迫と佇まいに唯一無二の存在感を示す。しかも、大店の長男(段田安則)や瞽女初音(宮沢りえ)この二人に対して何
の違和感がないのが凄い。
初演は嵐徳三郎だった。糸栄を女方にすることで瞽女初音と歌春二人の女優さんが清々しく透明に見える。蜷川さんはそれを見抜い
ていたのではあるまいか。
瞽女初音の宮沢りえはあの澄んだ高音で薄幸の愛を響かせた。
今回いちばんベタつかない芝居をしたのは信助役の段田安則。リアルでドライな巧い演技で、決めどころは様式味を増したことは見ご
たえ充分である。
大店の主人の市川猿弥とその女房・新橋耐子は、両人とも腰の強い演技で、往年の新派を彷彿させた。
最後に、今回いちばん印象に残ったのが2幕のラストである。
信助と初音の二人が引っ込んだ空っぽの舞台に、念仏信徒おぼしき巡礼親子が舞台を横切る。そこへ美空ひばりの哀切きわまりない
劇中歌がながれるのである。
ふと、あの菊田一夫の「放浪記」で尾道の場に登場した行商人親子を連想させたのである。
ともあれ物語の展開はもとより、蜷川の視覚的魔術は観客を酔わせ、陶酔的なまでに美しい。
(2016/2/8 大阪 シアターBRAVA!にて所見)
おしらせ
「元禄港歌」がNHK BSのプレミアムステージで放映されます。
詳細は下記のホームページでご確認ください。
http://www4.nhk.or.jp/p-stage/
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