私は若いころからテネシーウイリアムズの戯曲が好きで、多くのテネシー劇を見てきたが、なかでもテネシーの最高傑作といわれる
『欲望という名の電車』は、数えきれないほど見ている。
これまで日本では杉村春子が1953年にブランチを演じた 文学座公演が最初だった。
残念なことに、この文学座公演は映像でしか見ていないが、杉村以外にも、水谷良重、東恵美子、岸田今日子、栗原小巻、樋口可南
子といった実力派の女優がブランチに挑戦してきた。
変わったところでは、篠井英介がブランチに挑んだことがある。
今回ブランチ役は大竹しのぶである。しかも大竹は15年前に蜷川幸雄演出でやっている。2度目のブランチ役である。
ブランチ 大竹しのぶ
スタンリー 北村一輝 ステラ 鈴木杏 ミッチ 藤岡正明
大竹しのぶは 達者な俳優だけあって、見るたびに感じる濃厚な”大竹マジック”は健在だ。
後半の狂気に至る部分は鬼気迫る”芸”を感じさせる。
大竹はまるでまばゆい多面体のようなブランチを演じる、かと思うと高慢でナルシステックで鼻持ちならない女に急変する。
また嬌声を上げて男に言い寄る娼婦のようになる。しかも悲痛なトーンだけでなく、喜劇的センスもたっぷりあって、観客に
笑いを呼び起こすのである。
しかし精神の繊細さゆえに現実を受け容れられないブランチという主人公が彷彿と立ち上がってくる気配がいささか
薄いのが欠点といえば欠点だろう。
ステラ役の鈴木杏はこの役をナチュラルに好演している。
肉感的もさることながら、声跡に透明感があるのがいい。
スタンリー役は映像畑で活躍の北村一輝が意外なほどの健闘ぶりで、しっかりと自分の役にしているのに好感がもてた。
ポーランド系という設定だが、もう少し引きしまった裸体を見せるセクシーな場面があってもよい。
ワイルドな男といった印象がいささか薄い。
ちなみに、前回の蜷川演出では、スタンリーは堤真一だった。この役には美男すぎる気もしたが、セクシーな魅力があった。
ミッチ 藤岡正明
ブランチに惚れ込むミッチ役に藤岡正明。
ミッチは、不器用でとても繊細な人 、それでいて男性的な魅力に乏しい。
そんな役どころを充分に計算して藤岡は好演した。
集金人の若者 石賀和輝
今回の拾い物は集金人の若者を演じた石賀和輝。
すなおにトーンを抑えた芝居で、一場面だけだがその等身大の演技に感動した。
「星の王子さま」にふさわしい容貌で、この若者が登場することで,主人公ブランチの過去が暴かれるのである。
つまり、教え子に手を出して教師をクビになり、娼婦めいた暮らしをしていたブランチの荒んだ過去が、この場でちらっと垣間見せる
のだ。
今回のフイリップ・ブリーンノ演出はいささか説明的にさえ感じさせるわかり易さを主眼としたものだから、却ってブランチの演技が
「芸」の羅列に見えてしまう憾みがある。
それにしても終幕はみごとな演出だった。
医師と看護婦が紗幕越しに登場するのだが、本舞台のブランチのセリフに合わせるように、同じ歩調で現れる。
そして終幕……ブランチはポーカーの男たちに振り向きもせず、客席の通路を歩いて行く。その後に医師と看護婦が続く。
甘美な泣きじゃくりも、なまめかしいつぶやきも次第に高まっていくのだった。
いままでにない心憎い演出である。
(2017・12・14 渋谷・シアター・コクーンで所見)
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