おっちーの鉛筆カミカミ

演劇モノづくり大好きおっちーのブログです
いろいろ活動してます
そのうち、みなさんにお目にかかれたらうれしいです

ONE EYES(9)

2009年04月05日 01時18分05秒 | 小説『ONE EYES』

第三章 めぐり遭い。


「まずい~っもう時間過ぎてるよ~~」
 市川修は、走っていた。この雨の中。
 遅刻しそうなのだ。授業に。
 授業といっても、大学の授業はさっき受けてきたところだ。
 そうじゃなくて、修がこれから受ける授業というのは……

 駅前の商店街に入る。修の目的地は、そこを抜ければもうすぐのところにある。
 この商店街にアーケードは無い。修は傘をさしたまま人通りの少ない商店街を走った。
 あれ? 道の向こうから自転車が走ってくる。
 自転車に乗っているのは女の子だ。高校生だろうか、制服姿だ。彼女は傘をさしながら自転車をこいでいる。かなり乗りづらそうだ。
 修は足の速度を緩めた。
 自転車は修を避けようと、向かって少し右に進路を変える。しかしその時、修もその自転車を避けようとして右にに歩く方向を変えていた。修は思わず苦笑い。たまにあるよな、こういうこと。
 それを受け、自転車はまた左に進む向きを変える。同時に修も左の方に足を進めていた。あらら。
 そこで修は少し大人になり、立ち停まることにした。自転車が彼の横を通り過ぎるまで、動かないつもりだ。
 自転車は右に方向転換した。このまま通り過ぎてくれるだろう。
しかし、自転車はまた左に向きを変えた。おいおいおい。
 修は動こうかどうしようか迷っていた。右に左にヒョコヒョコ体重移動をし続ける修。それを見てやはり迷っているのか、自転車の前輪はフラフラ左右に揺れている。
 自転車はすぐ近くまできている。早く、どっちかに進路を決めて通り過ぎてくれっ。
 このままじゃほんとにぶつかるぞ。俺は止まってるんだから。それとも今、俺がどちらかによけるか?…わっ、こっちに来たっ。ふらふら、ふらふら。危ないっ!
 修はギリギリで右によけた。ふう、……嘘だろっ、自転車は無理やりハンドルを切り、こっちに来た!しかも勢いが上がったような!ぶつかるっ!もう目の前、よけられない!ドッシャーン!!
 修と自転車は本当にぶつかった。……マジかよ……
 修は痛みを感じながら尻餅をついている。自転車が上に乗り上げないように、身体を反射的に横にずらす。自転車は、今まで修の倒れていた場所――修の身体のすぐ横――で停まった。
 ふー、轢かれるところだった。いや……本当にぶつかったんだが。
 そこに罵声ともいえるような、女子高生が発するとは思えない言葉を、彼女が口にしたのだった。
「おっさんなにやってんだよ!」
 女子高生は、何故だか知らないが怒っている。
「道の真ん中でフラフラフラフラ、痛かったじゃないか!」
 いや、俺の方が痛かったんだが。走ってる自転車に生身でぶつかったんだぞ。倒れてるのは俺だ。
「優柔不断な男!」
 ひどい!……いやぁ初めて会った、しかも年上の男性に言う言葉じゃないな、少なくとも。
「ばーか」女子高生は言い放った。
 ひでーーーっ。そこまで言うかあ?
「あーあ、ちょっち濡れちゃったよ……」
 女子高生は呟いている。
 そこまで言うなら俺も言ってやる、ああ言ってやる、お前こそ……
 言いかけたとき、女の子は自転車に乗って早々に立ち去っていた。
 バカやろーーーっ!!
 修は小雨の中、自転車の遠くなるうしろ姿に向かって心の中で叫んだ。

 あーあ、全身が雨でベチョベチョだ。
 さいわい濡れているだけで泥汚れはほとんどないようだが、早く建物の中に入って服を乾かさなきゃ。
 雨は小降りになってきていた。修は道路に転がっている自分の傘を拾い上げ、目的地に向かって歩き始めた。
 ……もう……今日は授業休もうかな……?
 俺はその時、今にも泣きそうな、情けない顔をしていたに違いない。

ONE EYES(8)

2009年03月26日 23時48分18秒 | 小説『ONE EYES』

第2章 傘もささずに(4)


 もうここまでくれば結果は見えているのである。
 慎平は、みどりの魅力に、一度負けた。
 みどりに折れて、絵画教室を見学することにした。
 そのかわり、慎平は、将の事は無視すると決めたのであった。
 だってなんとも薄気味が悪いんだもの。その発するオーラが。発言も今のところ意味不明だし。

「彼は教室に入るんだ」
 将は言った。
 ほらまた!
 俺は入室はするけど、入学はしない!
「あぁ、そうなの!? じゃあ仲間じゃん、問題なし」
 みどりちゃんも。泣くよ、俺。
「そういえばキミ、名前なんていうんですか?」
 仕方ない、答えるか。
「慎平」
「慎平君かあ」
「うん」
「……上の名前は?」
「慎平」
「えっ? 慎平君、キミの苗字を訊いてるんだけど」
「だから慎平でいいじゃん」
「……えー……、まっ、いいか、そのうち教えてもらうということで。とりあえず問題ないし」
「そうそう」
 慎平は溜め息をついた。
「どうしたのお? 入学初日じゃん、最初が肝心。元気にいこうよ」
「だから俺はここに入るわけじゃないんだってば」
「えっ?」
 少しの間の沈黙。慎平にはその空気が重く感じられた。
 みどりは将に目配せしている。今の慎平の言葉の真意を知りたいのだろう。
 しかし将は言葉を発しない。
「うーん……なんだかわからないけど、こうしよう! 慎平君、あなたは今日は教室を見学しようよ、やっぱり。折角ここにいるんだし。で、気に入ったら入学するってのはどう?」
 たぶんこの将ってヤツがいる限り入学はないと思うけどな……と、慎平は考えていた。けれども、
「いいよ、それで。それより雨がヒドイしさ、早くその教室ってのに入ろう」
 慎平は腹をくくってそう答えた。
「ああ、そう? わかった。じゃあ案内しますね」
「ようやく決心したか」
 みどりのあとに、将が言葉を続けた。
 慎平は将の一言にムカッときたが、そろそろ将の発言には耐性が出来つつあるようで、すぐに頭を切り替えることができた。もう相手にしねえ。
「みどりちゃん、でいいかな。なんで傘さしてないの? 濡れちゃうじゃん」
「あー……将さんまだ来ないか見にきただけだったから、軒先から出ないと思ってたし、要らないかなって」
「みどり、タオル」
 将は自分の背負っていたカバンからハンディタオルを取り出して、みどりの頭を軽く拭いた。
「貸しといてやる」
「ありがとう……」
 みどりは将の顔をチラッと盗み見たあと、視線を落として頭をクシャッと拭いた。
 将はレインコートを脱いで、バサバサと水気を切った後、意外と几帳面に畳んでいる。

「2階だよね? この階段急だなあ!」
 慎平が思わず言うと、
「でしょ? 雨降ってるし、滑るから、気を付けて上ってね」
 とみどり。
「そういえば今年ここで転んだやつがいたな」
 将が思い出して言う。
「ついこの間でしょ?」
 みどりが続けると、
「この急勾配で転ぶって殺人的だなあ」
 慎平が感想を言い、
「幸い打ち身くらいで済んだみたいだよ」
 みどりがその話題を締めた。
 3人はそれから黙ってアパート2階への階段を上り、2階へ到達すると右手2つ目のドアの前に進んだ。
「ここが『ピコタン絵画教室』の入り口ですよ」
 みどりが説明する。
「その呼び名まだ改めてなかったのか」
「愛奈さんが決めた名前だからね、ここが潰れるか、先生と愛奈さんが離婚するまで変わらないと思うよ」
 するとその瞬間、教室のドアが中から開いた。
「みどりちゃん!?」
 そう言ったのは、このピコタン絵画教室の先生の奥さん、雑務を任されている、愛奈さんだ。
「あぁ愛奈さん」
 みどりは、直前の会話を聞かれていたのかが内心気になって、心臓がドキドキと高鳴っていた。
 愛奈はそんなことは意に介さず、
「将君、見つかったんだね。……そちらは?」
 言葉を続けた。
「入学希望者」
 将がいきなりそんなことを言った。
 当然慎平は内心穏やかではない。
 しかし将の発言は無視することに決めた慎平は、その言葉のあとを取り繕うこともしなかった。

ONE EYES(7)

2009年03月19日 23時37分58秒 | 小説『ONE EYES』

第2章 傘もささずに(3)



「友達」
 と男が言った。
 ハア!?
 慎平は心の中で全力の突っ込みを入れていた。
 誰が誰の友達なんだ!?
「あぁそうなんだぁ」
 みどりが納得したような返事をしている。
「そう」
 ああ!馬鹿らしい!こんな奴に付き合ってられるか!
 慎平は頭の中で渦巻いている疑問、わだかまり、全てを無視してこの場から消えようと思った。
「ねえねえ、あなたお名前は?」
 なんか質問されたなあ!俺に答える義務はあるのか!?
 慎平が言葉に詰まっていると、
「……うーん……そうだ、せっかくだし教室見学されてったらいかがですか?」
 なんだ、この女もこのチラシが貼ってある絵画教室の関係者なのか。
 まあこの男との話し聞いてたから分かってたんだけどな。
「教室目の前ですよ。そこ、そこ」
 みどりという女は塀の向こうに立つアパートの2階の方をしきりに指さす。
「あー、イヤ、遠慮しときます」
 慎平はようやくこの場を去る間が出来たと感じた。
 2人から何歩か遠ざかる事ができた。
 肩の荷が下りた感じだ。
 ふう。
 このまま。このまま。
 しかし。
「別に教室に入学するんじゃないですよ、当たり前ですけど。授業を見学しませんかって」
 みどりは意外と粘り強かった。
 慎平の向かう方に立ちはだかる。
「タダですよ、タダ。いろんな話が聞けるし、あなたも絵を描くんだったら、そうだ道具も揃ってるしいっちょ描いてみたらどうですか?」
 慎平はみどりの真意が読めない。
 なんで初対面の俺をこんなに引き止めるんだ?
 ……
 ははあん。
 慎平はみどりの顔をまじまじと見詰めた。
 長い睫毛。奥二重で、笑うと三日月みたいに細くなる目。その目蓋の隙間から覗く、光を放つ茶色い瞳。通った鼻筋に丸い小鼻。優しげにカーブを描く眉。愛らしいけど、少し色っぽさをも感じさせる口元。雨に濡れて、湿っているボブカットの髪。
 ちょっといいかもしんない。
 みどりちゃんって可愛いかも。
 これが慎平の病気である。
 自分に少しでも気があると思ったら、その女性のいいところだけしか見なくなって、勝手に好きになってしまう。
 もっとも、そんな恋心にはいつもゴールなどないのであるが。
「どうしよっかなあ」
 慎平は、それまでの意志を180度方向転換した。
「いいじゃんいいじゃん、来なよー」
 みどりもそれを感じ取って、追い討ちを掛ける。
 将と呼ばれた男はその様子を傍観しているようだ。
 将はいい流れになってきたとほくそ笑んでいる一方で、慎平とみどりの様子に一種の苛立ちの感情が湧き出るのを抑えられないでいた。

ONE EYES(6)

2009年03月13日 23時57分27秒 | 小説『ONE EYES』

第2章 傘もささずに(2)


 慎平と男の問答は続いていた。

 慎平が、
「大きなお世話。アンタここの絵画教室の関係者だろ?」
 と言うと、男は、
「関係者には違いない。でも僕は君の事を思ってこの事を伝えているんだ」
 この言葉を聞いた途端、慎平の背筋に寒気が走った。
 そしてそのとき慎平が気付いた事があった。重大な事である。
「オマエ……!」
 慎平は思い出したのである。
 数週間前に、あの美術館で起こった事件を。
 その事件を起こした張本人が、今目の前にいる男なのだ。
「……何?」
 男が問うと、
「何じゃねーよ。……まあいいや。じゃあな」
 慎平はこれ以上この男に関わりたくなかった。
 最小限の言葉を残して、慎平はその場を去るつもりだった。
 こんな不運に見舞われるとは……ついてない。そういえば男の厄年って何歳だ?

 しかしこの男と慎平には、切っても切っても切れない、強固な縁があった。
 その縁は、この出逢いは、これから夏を抜け、秋を迎えるまでに慎平に降り掛かる、大きな事件のプロローグである。

「将……さんっ!」
 突然何処から現れたのか、女が男の名を呼びながら、ピョコリンと登場した。この女は傘を持っていない。両腕を真っ直ぐ下げて、両足で同時に着地し、少し水をはねながら出てきた姿が、いかにも『ピョコリン』って感じだったんだよ。
「みどりか……なに? 傘もささないで」
「何って……もう先生の講義始まりますよ」
「僕には必要ない」
「そんなこと言って……先生また落ち込んじゃうよ」
「関係ない」
「ヒドイの~、将さん」
 慎平は呆気にとられて2人の会話を眺めていた。
 それはその場を立ち去らなければならなかった事すら忘れさせられるものだった。
 あまりに、この2人は似合わない。
 この女、男に合わせて相当無理してないか?
 慎平は短いこの2人の会話を聴いただけで、そんな感想まで抱いたのだった。

 慎平は、そうとうボーッとした、間抜けな顔で立っていたのだろう。
 みどりと呼ばれた女は、とても怪訝な視線を慎平に向けていた。
「……あの、こちらは?」
「友達」

ONE EYES(5)

2009年03月05日 08時14分28秒 | 小説『ONE EYES』

第2章 傘もささずに(1)



 雨がシトシトと、降り続けている。
 土砂降りというほど激しい雨ではない。
 けれどもしっかりとした水滴が、常に慎平の差す傘の表面を打ち付けていた。
 季節は梅雨。
 外に出るのが鬱陶しい季節である。
 気温は丁度いいのだ。夏が好きな慎平にとっては、ちょっと汗ばむくらいのこの季節の温度と湿度は、むしろ歓迎するものである。
 しかし、雨がいけない。
 雨、雨、雨……ずうっと雨。
 傘を差しても…… 水溜まりで、足が濡れる。横殴りの雨で、下半身を中心に、体が濡れてしまう。
 体が濡れると、慎平の不愉快指数は上がっていく。
 そんな中、不愉快指数を忘れるようなものが、慎平の目に入った。

 ――絵画コンクール……
 町の掲示板にそのポスターは張ってあった。
 全国的なコンクールらしい。優秀作品は東京の美術館に展示されると書いてある。
 面白そうだな、と慎平は思った。
 慎平は極めて楽観的な性格である。
 この時も、慎平は自分が出せば佳作くらいには入るのではないかと本気で考えていた。
 どこからこの自信が湧いて出てくるのだろうか。
 まだ慎平はほとんど自分の絵を描いたことがない。
 そんな中、この自信である。慎平は極めて無知であり、馬鹿な性格でもあるのだ。
「出してみるか、な」
 慎平はこの数ヶ月、いろんな絵を見て回った。
 そうやって様々な、他人の描いた絵を見ているうちに、自分でも描いてみたい、という欲求が慎平の中で大きくなってきていた。
 ヒトの描いた偉大な絵を見ているうちに、『自分でもこれくらい描けるんじゃあ?』などというよこしまな考えも起きてきている。

 そのときである。慎平は、背後に人の気配を感じた。

 慎平が振り向いて後ろを見ると、そこにはニヤニヤと不敵に笑う男が立っていた。
 男は傘を差していなかった。
 その代わりに、濃紺のレインコートを着ていた。
 男の顔はフードでよく見えない。けれども歳の頃は慎平とさほど変わらないような感じがする。
 不自然な笑顔。覗いたその口元に、虫唾が走る。
 慎平は男をそのままにして、その場を去ろうとした。
 すると、
「ちょっと待って」
 男は慎平を呼び止めた。
 慎平はそれに、
「なんか用?」
 と、いかにも不機嫌そうに応える。
「キミ、絵を描くの?」
 男は言った。その真意は全く掴めない。
「なんで?」
 慎平は思わずそう答えてから、後悔した。
 返事をする必要などなかった。無視すればよかったのだ。
「このポスターを熱心に見てたから」
「あぁ……関係ねえじゃん」
 慎平は体を向き直し、その場から去ろうと思った。
 しかし、この後の男の突拍子もない言葉に、再度体を振り向けることになった。
「この絵画教室に入らない?」
「ハァ?」
 思わず力が抜けた。
 なんだ勧誘かよ。
 慎平はポスターの隣に貼ってある、絵画教室の生徒募集チラシに目をやった。
 男は言葉を続ける。
「絵、好きなんでしょ? ならちゃんと習った方がいいよ」

ONE EYES(4)

2009年02月20日 22時23分25秒 | 小説『ONE EYES』

第1章 出逢って初めて(3)



 男はひとしきり暴れた後、ようやく諦めたのか身体から力を抜いた。
 無理ヤリ開かれた手から、マジックペンがカシャリと落ちる。
 男はその状況でも、絵をジッと睨み付けていた。
「来なさい、話を聞きます」
 そう言われると男は虚空を見詰めた。そして一瞬だけ作品に目をやったあと、地面を凝視して、
「何ひとつ、僕の思い通りになるものは無いんだな……」
 確かにそう言った。
 小さな呟きだったが、慎平の耳にははっきりとそう聞こえた。
 それは慎平にも後になってわかること。それは男の魂からの悲痛な叫びだった。

 男は2人の警備員に両脇を抱えられ、その場から消えた。
「あなたは今の人物と関係が……?」
 事件の間中ボーッと事の成り行きを眺めていた慎平は、警備員の中の1人に声を掛けられた。彼は初老といっていい位の年齢に見える。
「いや全く……! 一般客です」
「そうですか……失礼致しました」
「いえ」
「きっと不愉快な気分になられたことでしょう。お詫び申し上げます」
「そんな!……御丁寧に、すみません」
「いえ……では、失礼します」
 慎平はその警備員に挨拶を返し、独りその場に取り残された。
 平日の昼間なので他に客もいない。
 車のエンジン音、子供の歓声――そんな音たちが遠くで鳴っていることに慎平は気付く。
 フッと気を失いそうになる。
 しかしすぐに正気に返り、
「今ので疲れたかな」
 毒気に当たったか?
 慎平はそう思いながら、
「帰るか」
 という決断をした。しかし、まだ見ていない作品の前を通るとやはり気になり、いちおう見ようとはしてみる。
 けれども頭の中には何も入ってこない。
 夜、疲れた大学からの帰り、バスの中から見える風景は流れるだけで頭には入ってこないだろう? あんな感じに近い。
 ただ見てるだけ。これじゃ時間の無駄だ。
 潔く諦めよう。
 気分変えよう。次つぎ!
 慎平は美術館の扉を押し開け、そこを去ろうとした。

 すると、ぽつりと雫が頭に落ちたのを感じる。
「雨か……?」

 梅雨の始まりだ。

 慎平はジャケットのフードを被り、小走りで家路を急いだ。
 走れば15分程で家に着くが……ビニル傘をコンビニで買っていくか。
 コンビニを出て、傘をさして道を歩く。
 ボツボツ、ボツボツボツッ……
 傘に雨の滴が当たって音がする。雨粒が大きいのだ。いよいよ本降りだ。
 道の途中で、不意に家に着くのが待ち遠しく感じられた。早く。椅子に座って温かい珈琲が飲みたい。
 梅雨の始まりは春の終わり。まだその日の空気は冷たかった。

ONE EYES(3)

2009年02月12日 01時19分12秒 | 小説『ONE EYES』

第1章 出逢って初めて(2)



 いつの間にか、その男は慎平の後ろに立っていた。
 慎平は絵を見るのに夢中になっていて、その男の存在にはしばらく気が付かなかった。
 しかし、男が慎平の隣に並んだ時、慎平はその男の存在感に一瞬で嫌悪を抱いた。

 なんだこの感じは!?

 気のせいかとも思ったが、確かにこの男が隣に立った時から、悪寒のような、落ち着かない、誰か嫌な奴にジッと見られているような感覚が、慎平の皮膚を、神経を、侵していた。

 暫くして、男は音も無く慎平と絵の間に入ってきた。

 絵が見えないじゃんか。おい! 邪魔だよ!

 慎平は思ったが、この男の不気味な存在感に少しの恐怖感を覚えていたのか、慎平にしては珍しく、口には出さなかった。
 男は、胸のポケットから棒のようなものを取り出した。
 マジックペン?
 チラッと見えた。
 そう、今男が手に持っているのはマジックペンだ。
 男は今よりも更に大賞作品に近付き、……一体何をしようというのか? 何をするか分からない、切羽詰った、殺気の様な雰囲気を慎平は男から感じていた。
『ガリガリガリッ……』
 突然男は絵に襲い掛かり、ペンで何かを描き込み始めた!
「えっ!?」
 慎平は呆気にとられ、止めることも、その場から立ち去る事もできないでいた。
 これからどうなってしまうのか、目の前で起こったあまりに非現実的な出来事に、少し、背徳の期待感を抱き始めていたのかもしれない。

 程なく美術館の警備員がそこに駆け付けた。
「なにをやってるんだ!」
 まったくだよ。こいつなにモンだ?
 慎平はこの事件のギャラリーを決め込むことにした。一部始終を、この目で見届けてやる。
 男は警備員の怒声を無視して、まだ何かマジックペンで描き込んでいる。
「やめなさい!」
 騒ぎを聞きつけて、別のスタッフも現場へ走って来た。
「ペンを放しなさい!」
「ホットケ!」
 今、初めて慎平は男の声を耳で聞いた。
 なぜか、どこかで聞いたことのある声のような気がした。
 まだ声変わり前の少年のような、音階の高い声。少し不快に耳に残る、その声質。
 何処かで……小学校の頃の友達の声だろうか? それとも中学?
 濁りのない、よく響く、その声。
「絵から離れろ! 手に持っているのを放せ!」
「嫌だ! あんたらにそんな権利あるのか!」
 お前はどんな権利でそんなことしてるんだよ。
 慎平は心の中で突っ込まずにはいられなかった。声には出さない。

ONE EYES(2)

2009年02月05日 22時44分54秒 | 小説『ONE EYES』

第1章 出逢って初めて(1)



 俺の名前は慎平。苗字は訊くな。

 磯野慎平が絵に興味を持ち始めたのは、ここ半年くらいのことだ。
 いや、別に自分で描く訳ではない。美術館に通って、人の描いた絵画を見るのが、この青年の目下の趣味なのだ。

 今日も彼は、この町に唯一ある美術館で多くの絵を眺めていた。
 今彼は、『特別展示室』にいる。
 なんでもここには、1年前に東京で開催された絵画コンクールに入選した作品を一同に展示してあるらしい。
 慎平は、興奮状態の中にいた。

 面白いなあ。
 こんな発想を持ったヤツが、同じ日本にいるんだ。
 この色使いは独特だ。
 この絵は、何をモチーフにしたんだろう。
 いやむしろ、『これ』はなんだ?

 この絵画コンクールの入選作品達は、慎平の興味を湧き立たせ、色々な方向から心を刺激し続けている。それはここに入った時から、今現在までも。

「本当にこれはなんだ?」
 慎平は今、『大賞』を受賞した作品の前に立っていた。
 この作品に描かれているのは、「青い炎」だろうか。
「これ火の粉かなあ?」
 炎の中に、白い固まりが浮かんでいる。
「わからん」
 それでも慎平には、この絵から湧き出てくる『力』のようなものは感じ取ることができていた。
 なんと言うか、もの凄く強いパワーが上から押さえ付けられていて、その下で高い温度のまま往く場所だけが無くなって、そこから抜け出す術がなくなっているような。
 一言でいえば、「悔しさ」だろうか。
 そういうマイナスのエネルギーが、この絵に叩きつけられている。

 こういう絵を描くやつってのは、どんなやつなんだろうな。
 慎平は思ったが、まさか数週間後にこの絵の作者と知り合う事になろうとは、この時には思いもしなかった。

 そうして、事件は起きた。

ONE EYES(1)

2009年01月29日 12時01分25秒 | 小説『ONE EYES』

プロローグ



 3年振りの町並み。
 ブロック塀。屋根の瓦。黒いアスファルトの道。ねずみ色のマンホール。
 舗装の隙間から覗かせる黄色い花。
 かわいい。
 でもこの町は、古惚けている。

 このアパートの階段を上るのも3年振りだ。
 急な階段。
『あたしは50になったらこのアパート出てくよ! だってお婆さんになってもこんな階段上り下りするなんて、考えられない』
 愛奈さんがよく言っていた。
 みどりの口元に思わず笑みが覗く。
「ほんとにキツい……」
 階段を上りきると、右手2つ目のドアが絵画教室の入り口だ。
 借りてきた鍵をドアノブに挿し、カチャリと回す。
 ドアを開け、懐かしい光景に心を奪われる。
「本当にそのまんまなんだなー」
 玄関を入るとすぐ台所になっていて、教室で使われていた部屋は、またその奥だ。
 『教室』のドアを開いた。
「懐かしい……」
 部屋の右奥に黒板が置いてある。このアパート同様、大分使い込まれて、くたびれている。
 チョークも置いてある。
『カッ』
 手にとって何か書いてみる。
 けれどみどりには何も思いつかない。
「あ……」
 『あ』と書いた。
「い……」
 みどりは『い』と書いた。
 そこまで書いて、傍らの黒板消しで書いたものを全部消す。
 ついでに黒板全部をきれいに拭いた。
 部屋の中に乱雑に並べてあった椅子と机を丁寧に並べ直した。
 そのあと無言で『教室』の隣の部屋のふすまを開ける。
 部屋の中央あたりにいくつかキャンバス台があった。
 そして部屋の三方には生徒の作品を仕舞う棚があり、それぞれには沢山の作品がギュウギュウに詰め込まれている。
 みどりはキャンバス台の向きを揃えて置き直す。
 そして、正面の棚の一番下の段、真ん中やや右の位置にある、1枚の絵画を迷いなく取り出した。
 溢れ出しそうな思いを抑えて、みどりは絵を眺めた。
 それは真っ青な絵だった。
 本来は、とある生徒の自画像として描かれたもの。
 しかしそれは、青い炎の中にいくつか宝石のようなものが浮かんでいるように見える。
 熱い、厚い炎。その奥行きは何層にも渡って深く、色は濃い。
 しかしその宝石は澄んでいて一筋の光を放ち、そこから若さを感じることが出来る。
 みどりは堪えきれなくなって涙を落とした。呼吸が少しだけ荒くなる。
「バカだよ……」
 私にはあいつの考えてることなんか一生理解できない。そうみどりは思っている。
 ハンドバッグからハンカチを取り出して涙を拭った。
 眼が宙を見据えた。
 その時、
「みどりちゃん?」
 男の声が彼女を呼んで、みどりは後ろを振り返った。