おっちーの鉛筆カミカミ

演劇モノづくり大好きおっちーのブログです
いろいろ活動してます
そのうち、みなさんにお目にかかれたらうれしいです

最近のおっちー090223

2009年02月23日 23時26分43秒 | ニュース・報告
 今度の土曜日に舞台の照明をやります。
 2ヶ月に1回やっているシリーズ公演で、『あらりんのア・ラ・アラ・ナイト』というタイトルです。
 もう7回目を迎えます。
 僕はその内、5回参加しているのかな?(曖昧)

 まあそんなんなんですが、今回は初参加のパフォーマーがいらっしゃいます。
 いちおう名目上は「紙芝居」という形での参加なんですが、通し稽古で初めて観て、驚きました。予想を裏切られました。
 腹を抱えて笑いました。
 面白いです。
 見ないと損する、と言っても過言ではない。
 生で観た感想としては、最近のお笑い芸人の芸を、しかもトップクラスの芸を観た時くらい、笑えます。

 『あらりんのア・ラ・アラ・ナイト』は、このブログの左下のブックマークの中に公式ブログへのリンクが張ってあるので、詳細はそちらをご覧ください。
 面白いので、是非是非観に来てくださいね。

 もちろん紙芝居以外のパフォーマンスもレベル高いです。
 観に来て損はさせません。
 是非どうぞ。


 ……そんなわけで、その照明のプランを立てたり、買出しに行ったり、で結構忙しい毎日なんですが……


 もうひとつ報告を。

 母が退院いたしました。

 なので今までは、食事について、毎食自分のことだけを考えていればよかったんですが、朝昼晩母の分を用意しなければならず……夜は父のことも考えなければならず……
 ……僕、いつまでもつだろう……(笑)

 母は自分の事を自分でするのはかなり困難な状態なわけです。
 なんとかトイレは自分でできるのが救いなんですが。
 立ち上がるだけでも一苦労……。

 薬を飲まなければならない食事前後の時間帯は、常に母の傍で世話をします。
 食べるのは自分でできます。
 足腰が弱ってしまって、歩き回ることができないのが辛いところです。
 それから指の皮膚が硬くなって指の可動範囲が小さくなっているので、細かい事ができない。薬を袋から出したりがツライのです。すぐ落としてしまう。

 僕が普通の健康状態ならいか様にでもなる範囲なんですが、僕の体調もそれほど良くない。

 なので僕は、無理はしない程度にぎゃんばる感じです。
 最低限の事だけは、こなす。


 なのでごめんなさい、みなさんのブログ、あんまり覗きに行けないんです。
 文章塾もコメント今日できそうにないです。
 明日の為に寝なきゃならん。

 ゴメンナサイ。

 よろしくどうぞ。
 ではでは。

ONE EYES(4)

2009年02月20日 22時23分25秒 | 小説『ONE EYES』

第1章 出逢って初めて(3)



 男はひとしきり暴れた後、ようやく諦めたのか身体から力を抜いた。
 無理ヤリ開かれた手から、マジックペンがカシャリと落ちる。
 男はその状況でも、絵をジッと睨み付けていた。
「来なさい、話を聞きます」
 そう言われると男は虚空を見詰めた。そして一瞬だけ作品に目をやったあと、地面を凝視して、
「何ひとつ、僕の思い通りになるものは無いんだな……」
 確かにそう言った。
 小さな呟きだったが、慎平の耳にははっきりとそう聞こえた。
 それは慎平にも後になってわかること。それは男の魂からの悲痛な叫びだった。

 男は2人の警備員に両脇を抱えられ、その場から消えた。
「あなたは今の人物と関係が……?」
 事件の間中ボーッと事の成り行きを眺めていた慎平は、警備員の中の1人に声を掛けられた。彼は初老といっていい位の年齢に見える。
「いや全く……! 一般客です」
「そうですか……失礼致しました」
「いえ」
「きっと不愉快な気分になられたことでしょう。お詫び申し上げます」
「そんな!……御丁寧に、すみません」
「いえ……では、失礼します」
 慎平はその警備員に挨拶を返し、独りその場に取り残された。
 平日の昼間なので他に客もいない。
 車のエンジン音、子供の歓声――そんな音たちが遠くで鳴っていることに慎平は気付く。
 フッと気を失いそうになる。
 しかしすぐに正気に返り、
「今ので疲れたかな」
 毒気に当たったか?
 慎平はそう思いながら、
「帰るか」
 という決断をした。しかし、まだ見ていない作品の前を通るとやはり気になり、いちおう見ようとはしてみる。
 けれども頭の中には何も入ってこない。
 夜、疲れた大学からの帰り、バスの中から見える風景は流れるだけで頭には入ってこないだろう? あんな感じに近い。
 ただ見てるだけ。これじゃ時間の無駄だ。
 潔く諦めよう。
 気分変えよう。次つぎ!
 慎平は美術館の扉を押し開け、そこを去ろうとした。

 すると、ぽつりと雫が頭に落ちたのを感じる。
「雨か……?」

 梅雨の始まりだ。

 慎平はジャケットのフードを被り、小走りで家路を急いだ。
 走れば15分程で家に着くが……ビニル傘をコンビニで買っていくか。
 コンビニを出て、傘をさして道を歩く。
 ボツボツ、ボツボツボツッ……
 傘に雨の滴が当たって音がする。雨粒が大きいのだ。いよいよ本降りだ。
 道の途中で、不意に家に着くのが待ち遠しく感じられた。早く。椅子に座って温かい珈琲が飲みたい。
 梅雨の始まりは春の終わり。まだその日の空気は冷たかった。

『好きという気持ち』

2009年02月13日 08時56分08秒 | 詩集・つれづれ
 好きという気持ちは
 儚く
 強い
 こうも もろく
 しかし 永遠と呼べる
 ものなのか

 いくら 新しい恋をしても
 最初の恋は この胸に生きている
 それは悲しい事?
 積み重なっていく恋は
 いつも 生き生きとして
 いつも 永遠である

 その全てが 私の体の中で
 息をしている
 ずっと 生きている

 それを私は 喜んでいいの?
 いいえそれが 『生』という事なんだ
 朝 目を覚まし
 街を歩き
 電車に乗り
 ランチを食べ
 コーヒーを飲み
 仕事をし
 酒を飲み
 抱き合って
 夜 ベッドに入る
 そして夢を見る

 その繰り返しと
 その間にある全てのものを
 私は
 愛したい

 自分と
 世界を
 そしてあなたを
 心の底から 愛しみたい
 それが 存分に 生きるということ
 思うがままに
 充実して
 毎日を生きること

 きっと難しくない
 好きだって気持ちは抑えられないものだもの

ONE EYES(3)

2009年02月12日 01時19分12秒 | 小説『ONE EYES』

第1章 出逢って初めて(2)



 いつの間にか、その男は慎平の後ろに立っていた。
 慎平は絵を見るのに夢中になっていて、その男の存在にはしばらく気が付かなかった。
 しかし、男が慎平の隣に並んだ時、慎平はその男の存在感に一瞬で嫌悪を抱いた。

 なんだこの感じは!?

 気のせいかとも思ったが、確かにこの男が隣に立った時から、悪寒のような、落ち着かない、誰か嫌な奴にジッと見られているような感覚が、慎平の皮膚を、神経を、侵していた。

 暫くして、男は音も無く慎平と絵の間に入ってきた。

 絵が見えないじゃんか。おい! 邪魔だよ!

 慎平は思ったが、この男の不気味な存在感に少しの恐怖感を覚えていたのか、慎平にしては珍しく、口には出さなかった。
 男は、胸のポケットから棒のようなものを取り出した。
 マジックペン?
 チラッと見えた。
 そう、今男が手に持っているのはマジックペンだ。
 男は今よりも更に大賞作品に近付き、……一体何をしようというのか? 何をするか分からない、切羽詰った、殺気の様な雰囲気を慎平は男から感じていた。
『ガリガリガリッ……』
 突然男は絵に襲い掛かり、ペンで何かを描き込み始めた!
「えっ!?」
 慎平は呆気にとられ、止めることも、その場から立ち去る事もできないでいた。
 これからどうなってしまうのか、目の前で起こったあまりに非現実的な出来事に、少し、背徳の期待感を抱き始めていたのかもしれない。

 程なく美術館の警備員がそこに駆け付けた。
「なにをやってるんだ!」
 まったくだよ。こいつなにモンだ?
 慎平はこの事件のギャラリーを決め込むことにした。一部始終を、この目で見届けてやる。
 男は警備員の怒声を無視して、まだ何かマジックペンで描き込んでいる。
「やめなさい!」
 騒ぎを聞きつけて、別のスタッフも現場へ走って来た。
「ペンを放しなさい!」
「ホットケ!」
 今、初めて慎平は男の声を耳で聞いた。
 なぜか、どこかで聞いたことのある声のような気がした。
 まだ声変わり前の少年のような、音階の高い声。少し不快に耳に残る、その声質。
 何処かで……小学校の頃の友達の声だろうか? それとも中学?
 濁りのない、よく響く、その声。
「絵から離れろ! 手に持っているのを放せ!」
「嫌だ! あんたらにそんな権利あるのか!」
 お前はどんな権利でそんなことしてるんだよ。
 慎平は心の中で突っ込まずにはいられなかった。声には出さない。

春が来た~

2009年02月11日 18時25分38秒 | 写真

 近所の土手に山桜が咲いていました。
 もう春になりかかろうとしていることを実感します。
 2月ですものねえ~

 でもこの写真うまくいかなかった。(TOT)
 ピンボケです。
 どうも暗すぎて(この写真は夕方に撮った)、中央の花をピント合わせる対象として認識してくれなかったらしい。
 次のフラッシュ焚いた写真では、まあまあピントは合っているので、どうもそういうことかな、と。

暗闇に咲くピンクの花

 よっぱさんに教わったマクロモードってやつを試すいい機会だったんですけどねえ。
 イマイチだ。

 ついでに近くの家の庭に咲いていた椿も撮った。

椿ってなんか丈夫そう

 やっぱり今度は昼間撮ろう、と思った。(--;

 僕が春を嫌いな理由の全て――『花粉症』も2月に入った途端に発症しました。
 今日飲み薬を買った。
 あと去年おさかさんから教わった対策法も追って行う予定。
 乳酸菌とか、ルイボス茶とか。

 ではでは。


ヲタクにモノ申す!(3)

2009年02月09日 22時00分12秒 | 気づき
 『ヲタクにモノ申す!』3回目、たぶんこれが最終回になります。
 続きです。

 僕は結局何が言いたいのか。
 それは人が生きる生き方についてです。

 人は誰しも、自分以外の人間と、距離をもって接します。
 距離が近過ぎても、遠過ぎても、なんらかのトラブルの種になります。

 そして僕は思います。
「人は何をもって相手の姿を見ているのか」
 本質を見極めているのか。

 人は言葉によってコミュニケーションをとります。
 言葉は人間にとって、非常に優秀な機能を持ったコミュニケーションツールとなりました。

 しかし人はここで過ちを犯そうとしている。

言葉は万能じゃないんです

 人は今、言葉によって、表面に現れた形によって、全ての判断を為そうとしている。
 テレビやマスコミなんていい例です。
 そしてそれに踊らされている大衆も。

 もちろん全てがそうだとは言いません。
 けれども、今目に入ってくる情報は、そういった色に埋め尽くされようとしている。
 そういう大衆の作った『法』によって力の有る無しが決められている。

 本当にそうでしょうか。
 大切なものって、そこにあるんでしょうか。


 自分にしか分からないことがある。感じられないことがある。
 それを分かってくれる人がいる。
 それが仲間である。

 ヲタクの始まりは、本質は、そこだったのではないかと考えます。
 そこにいるこいつらは、仲間だ。
 世間のわけ分からない奴等とは違う。自分の知る、同じ痛みと喜びを知っている。


 ではなぜヲタクと呼ばれる人間は、一時期偏見の目で見られたのか。

 それは彼らが、『世間のわけ分からない奴等』を「排した」からです。

 彼らが、「真摯に向き合う」ことを面倒に思ったからです。


 それじゃあ、「真摯に向き合う」なんて大仰なこと言うけれど、それはどうやったらできるの?

 そうヒトは思うでしょう。

 人間は矛盾をはらんだ生き物です。
 言葉にすると大変そうな、大真面目に考え抜いて、大変な努力を強いられなきゃ実現できないように思えること。
 そんなことを成し遂げるのは、いつだって小さなひとつの行動なんです。
 言ってしまえばほんの些細な、大した事ない行動が、確かに何かを変えるんです。

 例えば、

 朝起きた時の挨拶の仕方を変えてみた。
 返事の仕方をいつもと変えた。
 「ありがとう」を言う時の顔の表情を気にしてみた。
 料理を作ってみた。

 いつもと 違う感じの本を読んだ。
 映画を観た。
 写真を見た。
 絵を見た。
 いつもは気にも留めない、小さな物を心に留めた。

 いろんな何かを、いつもとは違う『意志』で『信念』で、やってみた。

 そう、日常に『意志』と『信念』の力を、ほんのちびっとすべり込ませた。
 実は、本気で思うだけでも、少しずつ変わってくるんだと思います。


 それだけで、確かに何かが、いや、主観としては全てが変わるんだと思います。
 分からないのは、変わってしまった後だからです。
 未来は、思ったらすぐに変質して予想もつかない今になるんだと思います。


 人は、目に見えないし分からないけど、全てをとらえて、受け止めているんだと思います。
 それが発揮されないのは、変わろうと思わないから。諦めてしまっているからです。

 少しだけでいい。少しずつでいい。
 変わってみませんか。

 これは、自分への手紙でもあります。

ヲタクにモノ申す!(2)

2009年02月09日 02時18分02秒 | 気づき
 さて、ようやく続きであります。

 そもそも、どうして僕がこんな内容の記事を書こうと考えたのか?
 そのことについて少し。

 僕は、『ブックマーク』にも入ってますが声優の国府田マリ子さんのファンです。(以前は林原めぐみさんのファンとも言った憶えがありますが、気持ちの内容は違いますが僕はどちらのファンでもあります)
 昨年ファンクラブにも入りました。毎日彼女のブログも覗いています。

 そのことをまず前提として憶えておいていただいて、また別の話になります。

 今YouTubeを検索してきました。
 何を捜していたのか?
 僕がこの前の記事、『ヲタクにモノ申す(1)』を書く直前に見つけた音声ファイルをもう一度聞いておきたいと思い、それを検索していたのです。
 それはどんな内容のものだったかというと、とあるラジオの男性ナビゲーター(ごめんなさい、名前忘れてしまった……)が、今のいわゆる「声優アイドル」たちがそれぞれ持っているラジオ番組に対する、彼女たちの「取り組み方」というか、「心構え?」みたいなものに意見している、という内容でした。
 それを今までずっと捜していたのですが、見つからないのです。
 もうネット上から削除されてしまったのかもしれない。
 僕のように、聴いた方々からの反響(クレーム)があったのかもしれません。

 そういうわけで、この記事を書く前に出発点であったその音声を確認しておこうという目論見は、崩れました。
 これからは、仕方なく記憶だけを頼りにこの記事を書こうと思います。

 その男性ラジオナビゲーターの意見はこういったものです(あくまで僕の受け取り方に過ぎませんが)。

「林原めぐみや、国府田マリ子、小森まなみといった声優たちがラジオ番組を持っているが、彼女たちが、吹き替えの、アニメ声のままでラジオの番組を進行していることに、自分は嫌悪感を持つ」

 まあこれは、個人の好みであるし、この男性はラジオのパーソナリティーとして活躍されている方なわけで、この職業に対する考え方も深く強いものがあると推察されます。
 だから、理解できるのです。
 彼女たちは本当にアニメの声のままでパーソナリティー業を行っているのか?という点については少し問題が残るとは思いますが。
 まあそれは個人の見方、感じ方です。
 これはよいとしましょう。
 僕が興味を持ったのは、彼がその後ぼそっと述べた言葉でした。

「彼らは、人生の、一部分しか見ようとしない」

 こんなことをおっしゃったのです。

 ごめんなさい、先に謝っておきます。
 この言葉は彼が述べた言葉を正確に写したものではありません。
 正確なものとして再確認する為に僕は冒頭の通り1度聞いたこの音声ファイルをネット上で捜し回りました。もう1度聞きたかったのです。
 しかしそれは見つかりませんでした。
 だから、語弊がある可能性があります。
 僕はこれ以降の文章で、彼が何を言いたかったのか、それを考察していきます。
 しかしそれはあくまで僕なりのものです。
 僕が彼の言葉から受け取った感覚を、僕なりに消化した結果をここに記します。
 そういった今回の僕の文章に対する理解を、筆者から読者の皆さまに、よろしくお願いいたします。

 さて、
「人間が生きる上での一部分しか見ようとしない」
 そんなことを彼はチラリと漏らしたわけなんですが、このことに関して、みなさんはどうお考えですか?
「人が、自分の人生を生きる間、見たくないものからは目を逸らして、生活する」
 もしくは、
「楽しいことしか、見ない」
 こういった生き方をする人々、確かに存在するといわれています。
 特に彼の言い方からは、いわゆる(やっとここで出てきた!)『ヲタク』、と呼ばれる方々にそういった人間が多い、ということが感じ取れる。
 そして、彼以外にもそんな捉え方をされている方は数多く存在すると、僕は考えます。

 しかし、そんな生き方って本当に可能でしょうか。そう僕は思いました。

 嫌なことに目をつむる。
 そんな経験は、多かれ少なかれ人間にはあることでしょう。
 苦しい経験過ぎて、とても直視できない。
 それも同じです。
 しかし、僕らはその時、本当に嫌なことから逃げているのか。

『嫌なことの本質を理解することを、さぼっている』

 そんな言い方がいちばん妥当であるかもしれません。
 そう思います。
 僕らは時どき、「真摯に向き合う」ことを面倒に思うところがあります。
 なににってあらゆることに。

 向き合うことを面倒がってしないでいるとどうなるか。
 いつか、また同質の壁にぶち当たることになります。
 同じ道をぐるぐる回って先に進めないということがあります。
 そうなります。

 別にそんな生き方も悪くないと思うんです。
 誰も責められない種類の事だと思うんです。

 人は苦しみを背負って生きてゆきます。
 別にそのことに酔っているわけでもなく、それは事実です。
 ただし同じように喜びや、幸せも、同じように背負って生きてるのだと思います。
 どれが重いということはない。それらは本来同じ重さなのです。
 しかし人によって、それぞれの重さを全く感じなかったり、逆にその重さに潰れてしまいそうになる方もいる。
 これは何故なんでしょうか。
 もって生まれた性分なのでしょうか。

 話が逸れました。戻します。

   *  *  *

 ……と、いうところで話が長くなってきたので以降は次回に持ち越し~
 とします。

 ではでは。

ONE EYES(2)

2009年02月05日 22時44分54秒 | 小説『ONE EYES』

第1章 出逢って初めて(1)



 俺の名前は慎平。苗字は訊くな。

 磯野慎平が絵に興味を持ち始めたのは、ここ半年くらいのことだ。
 いや、別に自分で描く訳ではない。美術館に通って、人の描いた絵画を見るのが、この青年の目下の趣味なのだ。

 今日も彼は、この町に唯一ある美術館で多くの絵を眺めていた。
 今彼は、『特別展示室』にいる。
 なんでもここには、1年前に東京で開催された絵画コンクールに入選した作品を一同に展示してあるらしい。
 慎平は、興奮状態の中にいた。

 面白いなあ。
 こんな発想を持ったヤツが、同じ日本にいるんだ。
 この色使いは独特だ。
 この絵は、何をモチーフにしたんだろう。
 いやむしろ、『これ』はなんだ?

 この絵画コンクールの入選作品達は、慎平の興味を湧き立たせ、色々な方向から心を刺激し続けている。それはここに入った時から、今現在までも。

「本当にこれはなんだ?」
 慎平は今、『大賞』を受賞した作品の前に立っていた。
 この作品に描かれているのは、「青い炎」だろうか。
「これ火の粉かなあ?」
 炎の中に、白い固まりが浮かんでいる。
「わからん」
 それでも慎平には、この絵から湧き出てくる『力』のようなものは感じ取ることができていた。
 なんと言うか、もの凄く強いパワーが上から押さえ付けられていて、その下で高い温度のまま往く場所だけが無くなって、そこから抜け出す術がなくなっているような。
 一言でいえば、「悔しさ」だろうか。
 そういうマイナスのエネルギーが、この絵に叩きつけられている。

 こういう絵を描くやつってのは、どんなやつなんだろうな。
 慎平は思ったが、まさか数週間後にこの絵の作者と知り合う事になろうとは、この時には思いもしなかった。

 そうして、事件は起きた。

和紙とコラボ♪(笑)

2009年02月04日 11時17分35秒 | イラスト
 昨日、いつもお世話になっている地域生活支援センター『たいむ』に行ってきました。
 ひさびさ。

 そこで、『たいむ』で出してる月刊新聞みたいなものがあって、そこへの投稿作品の話題になりました。
 最近、投稿作品が少ないんですって。

 そこで、じゃあ自分で絵でも描いてみるかなあと思い立ちました。

 新聞は赤と黒の二色刷り。
 それなら赤い模様の入った和紙に絵を描いたら、どういうふうに見えるんだろう?

 というわけでさっそく描いてみました。
 絵はチープです。まあこんなもんだ。

 モチーフは掲載される場所を考えて、『希望』というものを前面に押し出したものに(照れ)。

 『たいむ』に持っていく前に、ブログで発表してみます。

 こんなんです。

 いかがでしょう。

 ではでは^^。