おっちーの鉛筆カミカミ

演劇モノづくり大好きおっちーのブログです
いろいろ活動してます
そのうち、みなさんにお目にかかれたらうれしいです

『鏡の奥を見渡す』、あとがきのようなもの

2014年05月24日 08時19分46秒 | 小説・短編つれづれ
 久しぶりのUPです。
 ご無沙汰しております。お元気ですか。おっちーです。
 この、『鏡の奥を見渡す』という作品は、なんとなく眠れなかった夜に、暇潰しに「ちょっとなんか書いてみるか」と、軽い気持ちで書き始めたものです。
 なので、一晩で形が出来上がり、3、4日で推敲まで終わり、完成しました。
 この文章の主人公は、私がモデルという訳ではありません。過去の私が投影されている、と言えばそうかもしれません。どちらかというと、私の周りに、なんとなくこの人のイメージかな、この人こんな感じかな、という方がいて、モデルというなら、その方かも知れません。
 今、相方に読んでもらっています。感想が楽しみです。

 最近の私は、なんとか頑張っています。
 仕事は、なにしろお医者から1日6時間勤務を約束されていて(残業をしてはいけない)、逆に言うと、渡された仕事を、その与えられている、1日6時間、1週間30時間という時間内であげなくてはならないので、結構きついです。勤務中は、気を抜いてる時間はほとんど無いです。
 今まで、パート時代には、1日7~8時間とかでダラダラやって、しかもそれでも間に合っていなかった仕事内容です。そして更に、社員になったこともあり、月毎に任される仕事量はだんだん増えていっています。
 明らかに、私が、仕事をこなすスピードは上がっているな、と自覚しています。もちろん、そうでないとやっていけるはずがないのですが。
 でも、仕事を処理するスピードが上がること、それが即ち成長ではないと、私は思っています。本質は、そこではないと考えています。
 もちろん仕事をやっていく上で、技術、スキルの向上は不可欠です。しかし、社会人としての成長は、また違うところにあると、私は睨んでいます。
 まあ、1日6時間だけ、集中すればいいわけでそう考えると、簡単?なことなのかも知れません。
 今後も、ベストを尽くして頑張ります。

 プライベートでも、楽しみなことはたくさんあります。幸せなことです。
 今後、私のブログともリンクをはったり、私の行っている活動は、何かしらでお伝えしていこうとは思っています。
 よろしくお願いします。

 毎日、病気や怪我を負ったり、事故に巻き込まれたりしないように注意しています。体が資本、健康第一。
 ではでは。また。
 失礼します♪

710文字小説『鏡の奥を見渡す』

2014年05月23日 07時34分48秒 | 小説・短編つれづれ
 私の腕から指先を、力を入れずに伸ばす。つま先から始まり、踝、膝、太腿――脚の線を、指でなぞってみる。
 手の平を下腹部にあてる。深く呼吸をする。吸ったものが、腹から足先、手の先、脳の内部――全身までゆき届き、徐々に留まっていく感じ。
 私は、こんな世界があると知らなかった。ただ毎日仕事をして、食事をして、子供の相手をし、妻と会話する。そんな日々を、何も考えず過ごしてきた。
 努力をしなかったわけではない。会社では、重要な仕事を任されているし、家族との関係も良好だ。いや正直に言おう。私は全てがうまくいくように、人一倍努力を欠かさなかった。そう自負している。
 しかしそれは、私という人間の、100%の人生だったのか。私は人生の岐路において、とりわけ重要な選択を迫られた際に、本来の、真っ当な判断をしてきたのか。いま私は、その疑問を持たずにいられない。私はこれまで、自分と関係のない世界を、知らなかった。知る必要がない、と思っていたのだ。私の人生の台本は、登場人物も、筋書きも、もう出揃っていると思っていた。もう、大きな変化はないと思っていた。
 しかし今になって、神様は私に粋な計らいをした。
 私は今、自分というものと向き合っている。それは、私があまり本格的には経験したことのない種類の「事件」だった。
 この、自分を見詰め直す時間を過ごしたという体験。それは、こう言えばいいだろうか――私に、『自分自身を思い出す』――そんな結果をもたらした。
 「自分探しの旅」という言葉を聞くことがある。しかし、いま私はこう思う。私自身は、私自身のうちで、見付けるものだ。この場合の「旅」――つまり新鮮な、環境や他者は、そのきっかけを与えてくれるに過ぎない。

ひとりごつ

2014年05月05日 12時56分14秒 | 詩集・つれづれ
歩くことと走ること 後戻りすることは同義だって
でも立ち竦むことはしちゃいけないって
そう誰かいってたけど
ひとはそんなべんりなそんざいじゃないんじゃないかな
生きるままに生きる
息をしたいときに息をする
それでいいんじゃないかなあ
私は
そう思うけど
むしろ
えがおでなにかをすることが
大切なんじゃないかなって。