おっちーの鉛筆カミカミ

演劇モノづくり大好きおっちーのブログです
いろいろ活動してます
そのうち、みなさんにお目にかかれたらうれしいです

宣伝小説「なんかい目の一歩だろう?」

2019年05月14日 11時40分41秒 | 小説・短編つれづれ
「まきまきー」
LINEのメッセージが届いた。
女性から。
言っちゃうと、風俗嬢の「友達」から。

「まいまい〜!!」
僕はメッセージを返す。
まいちゃんとは、3ヶ月の付き合いだ。
別にお付き合いは、してないよ笑。

まいちゃんとは、2回交わった笑。
最初の時LINEを交換してくれて、それで結構頻繁にメッセージのやり取りをして、2週間前に2回目のセックスをした。
もちろん、お店で。

高級店なので、結構する。
でも、まいちゃんみたいな子と出会えたり、いろいろ楽しいので、お店を変えるつもりはない。

「明日から、4日連続出勤!!」
「ほう!!!」
「時間空いてる日、ある?」
「あるっちゃあるけど〜」
「あるんだ!」
「うーん」

深みにはまりそうである。どっかで線を引かないと。

「何時から入るの?夜??」
「遅番だよ〜。お昼からいるよ」
「何時から?」
「午後1時、かな」
「ふうん」

あぁああ、止まらない。

「じゃあ夜行くよ。7時とか、大丈夫?」
「わあい!楽しみだあ」

今月切り詰めないと。
大丈夫かなあ、俺??

俺は、1年前に彼女と別れた。
それ以降は、お店でしかエッチしていない。
お金を払って、セックスをするということ。
よくわからない。いいことなのか。罪悪なのか。考える必要のないことなのか。

その彼女とは、5年間付き合った。
ラブラブだったけど、最後の方はケンカが絶えなかった。
俺は会社員で、彼女は大学生。別れた時は4年生だったから、就活生。
就職活動には相当苦労していて、何度となく相談も受けた。

でも俺は、その度に説教していた。
社会は甘くないぞ。もっとがんばんなきゃ駄目だ。
だから、その度に喧嘩になった。
彼女を苦しさから、全く救うことができなかった。
その冬に、僕らは最後の時間を過ごした。

いま、僕には好きな人がいる。
でも全くの、高嶺の花である。
こんな僕とはつりあわない。
美人だし、性格もいいし、よく気がつくし、頭もいいと思う。
そんな子が、僕なんかのことを見てくれるわけがない。
ああ、なんで元カノと別れちゃったんだろ。

まいちゃんと通算3回目のエッチを終えて、家に戻ってきた。
買ってきた夕飯を食べて、風呂に入ろうと思う。
俺は、ひとり住まい。自分のことは、全部自分でやる。
今日は帰りが遅かったので、夕飯は出来合いで済ませる。

https://equestc.wixsite.com/equestc

スマホでTwitterを読んでいたら、不思議なツイートに出会った。
なにやら自分のことを伝えてよいらしい???
いまいち要領をえないが、何故か気になる。
なんでだろ、素通りできないなあ。

ちょっとリンク先を覗いてみた。
社会的少数者の声を先方は聞きたいらしい。
集めて、どこかで発表するのかしら??

何故だかわからない。
俺にしては珍しく、自分から動いた。
先方の連絡先が書いてあったので、連絡してみた。やり取りをした。
少しだけ、ワクワクしている自分がいる。

どうやらこれは、社会的少数者に対してだけの話ではないらしい。
あなたの、一言でいい、声を聞きたいと言われた。

なんだろうこれは???

メッセージを送った。
俺のいまの素直な思い。

『彼女が欲しい!!!』

こんなんでいいのか??
どうやら、いいらしい。
不真面目!とか怒られるかもと思ったが、感謝された。
なんだかとても気持ちがいい。笑笑

 * * *

次の日、あるコミュニティーに行った。
スポーツ関係のである。
例の高嶺の彼女がいる場所だ。

何故だろう。俺はどうしたんだろう。

その時、俺は彼女にさりげなく話しかけていた。
そして、こんなことまで質問してしまった。

「恋人は、いるの?」

えっ!?
彼女は笑っていた。

「いませんよ?」

彼女は笑顔のままで、そう答えた。

2019年02月26日 17時48分33秒 | 小説・短編つれづれ
あたしって三白眼である。
自分の顔がキライだ。そのせいで。
そのせいっつーか……女の子の三白眼って、何? 極めて可愛くない。

あたしはいま、いわゆる女子高生だけど、そのせいで恋人もいないし人気もない。
ああ、親を恨んでいる。両親とも目は大きくて瞳も普通か大きいくらいなのに、なぜ???突然変異???腹違いの隠し子???申し子??

ごめん、意味わからないで使っちゃった。でも言いたかったことは伝わるでしょ?

万博公園の太陽の塔。すげーって思うよ。まさに日本のトップ。芸術は爆発なんよ。



その前を歩いていた。「太陽の塔」を眺めながら。「大阪LOVER」を口遊む。ドリカム、好きなんよ。あたしにLOVERはいないけど。
ひとりで歩いていたんだ。今日は隣に友達もいず、ひとりぼっち。別に寂しいわけじゃないよ。ひとりで街を歩くのは、好き。太陽の塔だって、こんなだだっ広い場所に、たった一人で立ってる。岡本太郎さんに恨みなんぞはなかろうよ。私たちを見下ろす、太陽の塔。そいえばどっちが顔なんだ???
とにかく、私をはるか上空から見下ろしている太陽の塔は、何もかもを知っているように見えた。私のことも、クラスメートのことも、私の家族のことも、社会も世界も、全部。

その時、学生服を着た男の子の姿が目に入ったんだ。
「あれ?」
ウチのクラスの男の子だ。カメラを構えて、太陽の塔を写真に撮っているようだ。
「なにしてるの??」
声を掛けた。とーぜん写真だよね。
「写真撮ってる。見てて分からないか??」
見てて分かってた。
「ふーん」
どんな写真を撮ってるんだろ。見せて欲しいな。
と思っていた。すると、
「睨み付けるなよ。相変わらず目つき悪いな」
こんな極悪非道な回答が返ってきた。
「悪いね」
「別に悪くはないよ」
「違う」
「へ?」
「いいね、の反対。悪いね」
「ワケわかんねー」
「悪かったね」
「それは?」
「日本語って複雑怪奇」
「そーだな。よく分かんないけど」

そいつは笑ってまた写真を撮る姿勢に戻った。おーい、あたしまだいるんですけど。

「見してよ、写真」
「なに、興味あるの?? 俺に、興味あるの??」
「はあ???」
「モテる男はつらいっす」
「オイトマしてもよろしいでしょうか」
「テキトーにして」
「する」

あたしは何となく、そいつが写真を撮るのを眺めていた。
陽がだいぶ傾いてきた。
こいつ、熱心に何かやってる姿は、意外とカッコいいじゃん。

人の気持ちってわからない。

いつ、何に転んで、どう変わるか、何が生まれるかわからない。

こいつは、私の今この瞬間の気持ちは、いつか恋心になったりするんだろうか。
もうすぐ初夏になろうかというこの時期である。
上着の袖も短くなって、みんな開放感に溢れてくる。

「もうすぐ夏だねえ」
「暑いのは嫌いだ」
「そりゃあたしもそうだけど」

これからあたしは海にもいくし、プールにも映画にも遊園地にも行って夏をエンジョイするんだ。
そこに、こいつはいないかもしれない、いやきっといないけど。

「ねえ、このあと時間あるの?」
「えっ?」
「時間空いてる? って聞いてる」
「あいてるけど、どした??」
「未来を見たい」
「なに言ってんのあんた?」
「何でもない。忘れて」
「やっぱモテる男はつらいっす」
「馬鹿じゃないの。タリーズで、撮った写真見してよ」
「ふうん。わかった」
「すぐ行くよ」
「まあ日も暮れてきたし、終わりにするか」

今日は帰りに水着を買おう。
ビキニの、オシャレなヤツ。お臍が見えちゃうような。そんなんでも、まあいいだろう。そんな気分だ。

そのとき隣に誰がいるのか、そもそもいないのかは分からない。

もうすぐ夏だ。夜の空気もだいぶ熱気を帯びてきて。
帰ったら一番にシャワーを浴びよう。
こいつの写真には、もともとそんな期待しているわけではないんだ。
そーじゃなくて

薄眼

2019年02月23日 16時07分45秒 | 小説・短編つれづれ
本当のことは、薄っすらとしか感じることができない。
だから僕は薄眼になる。

強い光は、弱き本当の色を掻き消してしまう。
だから余計な光が入らないように、注意を払って僕は薄っすらと目を閉じる。

そうすると、本当の気持ちを感じられる。
僕は前を向きたいから、ゆっくりと歩く。それと似ている。

「本当の気持ちを教えて欲しい」
そう言われて本当の気持ちを伝える人はいない。
だから僕は目を閉じて、余計な光を遮断する。
君の気持ちだけにアクセスできるように。それだけに集中したいから。

君と二人で歩いていた。
空を仰いで。大気を吸って。そしてすべてを吐き出して。
僕は並んで歩いていた。

「いい天気だねえ」
そういう君は、目を細めて気持ち良さそうな欠伸をする。そして伸びをする。
僕は思わず目をそらした。恥ずかしくなって。いつもそっちに目がいく。
「昨日は雨だったのにね」
そう応えて、足元を見た。猫が足に擦り寄っていた。
「可愛い!!!」
「動物ならなんでもいいんだろ、アンタ」
「そんなことない!!」
彼女はしゃがみ込んで、猫の頭をクシャクシャする。背中を撫で伸ばす。
「猫ってね、尻尾が弱点なんだよ?」
「お前の弱点を聞きたい」
彼女は少し上を見て考えた後で、
「知ってそう」
「俺が!?」
「うん」
「知らんよそんなの!」
「こんなに一緒にいるのに??」
「そーゆー問題じゃないでしょ」
あのひとは少し考えて、動きを止めて、
「知ってて欲しい気もする」
そう言った。
「知ったら攻めるよ、そこ」
「困るな、それ」
「困るでしょ?」
「うん」
「年がら年中攻撃するよ?」
「困るな」
「秘密にしといていいよ」
「そう?」
なぜか笑顔の君。まだちょっとドキッとする。
「遺書に書いてもらおう」
「なにそれ?」
怒り顔になる君。やっぱりドキッとする。
「私を先に殺すつもり?私の方が長生きするもん」
「そーかもな」
「あらあっさり。素直ね」
「男女の平均寿命の差じゃ」
「あー」
それより何より、君はいま凄いことを言った。

本当の気持ちが垣間見えた時、僕はたまらなく幸せで、穏やかな優しい気持ちになるんだ。
それは僕と君だから。君が僕と出会って、僕が君にあの時あの言葉を伝えたから。
それは泣き出すほど幸せで、運命なんて陳腐な言葉が必然っていうちょっとかっこいい言葉にすり替わった瞬間。その時、僕は君と出会った。

僕と君は、出会った。

そしていまこの瞬間がある。いまこの瞬間は、すなわち永遠と言えた。あの、探していた永遠。いまここにある永遠。

そして僕は君と出会って、新しい命が生まれて、堪らない喜びが僕の身体を包み込んだ。
涙で前が見えない。滲んだ、景色と君と新たな命の喚き声。
僕は水滴を流すために目を閉じた。
あ、宇宙が見える。
真実ってこんなに心地よい幸せだったんだね。
君の本当の気持ちが、それがすなわち真実だったんだ。
ありがとう。生まれてきて、いままで生きてきて本当によかった。

僕は薄っすらと目を開いた。
君の本当の気持ちが見える。僕の本当の姿が見える。

「記念写真撮っていい?」
「馬鹿じゃないの???」
「一生に一回の記念」
「一回で終わらす気??」
「いやそうでもない」
「じゃあまたの機会にお願いします」
「へいへい」
二人は笑った。部屋のみんなが笑っていた。ひとりだけ泣いている君も、
それ、笑顔でしょ!?
そう見えた。

この世の中

2015年12月08日 14時25分43秒 | 小説・短編つれづれ
 俺はこんなもんじゃない!そう叫んだ。
 その声は、冷たく堅牢なコンクリートの壁に吸い込まれ、消えていった。
 止め処なく流れる涙が、頬を伝っている。温かかった。自分の中にある熱を、感じていた。こんなに熱いのに、心の温度は冷め切っていた。もう、あの頃には戻れないのか。
 夢の中で生きているような、彼のこれまでの人生だった。友達に恵まれ、お金にも不自由なく、奔放な恋に生き、才能にも恵まれ。こんな順風満帆な人生がこれからも続くと、漠然と思っていた。
 しかしそれは、青春時代にだけ感じることの出来る、情熱の成果だった。彼の目には、色とりどりの鮮やかな風景が映っていた。しかしそれすらも、青春の賜物だった。本当の世界は、コンクリートのように色彩が無く、冷たく、そして硬い性質のものであった。
 それを知った途端に、彼の人生は険しいものになった。四方をコンクリートの壁に囲まれ、そこを抜け出せと言われた。壁を破壊することを諦め、彼は壁を登り、越えようとした。しかし、頭上を仰ぎ見ても、コンクリートの果ては見えない。壁の灰色が、視界の上空をも支配していた。彼の耳に、誰かの笑い声が聞こえた気がした。
「好きです」
 そう言われた。青春の絶頂期だった。その女の骸が、傍らに横たわっていた。彼は再び涙した。今度の涙に、温度は無かった。温かくもなく、冷たくもなく。ただ長い間、彼の頬を流れては落ちた。
 もう、希望も何も無い。
 彼はただ佇んでいた。自分が立っていることにも意味のないことに気付き、その場に座り込んだ。生きることだけが、彼に与えられた唯一つの自由だった。しかし死ぬ自由は与えられていない。
 悠子が目の前にいた。
「もうこんな場所にいることないよ。何いつまでも、ぼおっとしているの?」
 笑顔で彼に言った。自然と彼の顔にも、笑みが浮かんだ。
「今まで何してたんだよ?」
「あなたが私に気付くのを、待っていたのよ」
「そうか。気付かなくてごめんな」
「いいの。あなたを待つ時間は、あなたに出会う前の忙しい時間よりも、ずっと楽しかったわ」
「そうかあ」
 彼は嬉しかった。こんな自分を気にしてくれる人がいた。自然、手のひらを彼女の背中に添えた。
「じゃあ行こうか」
「どこへ行くの?」
 悠子は彼の顔を、下から覗き込んだ。
 いつの間にか、コンクリートの壁は消えていた。周りには、果てのない草原が広がっていた。
「これはこれで、不安だな」
「あなたの言っている事の意味が分からないよ」
 彼は彼女に笑いかけると、背中に添えていた手のひらで、彼女の背中をトン、と叩いた。
「あっちへ行こうか。今、陽が昇っている方向へ。日のいずる國へ」
「わかったわ」
 勿論、不安が無い訳ではない。しかし二人は歩き始めた。日のいずる方へ。
 そこで何が待っているかは分からない。辿り着けるかもわからない。けれども歩くことが正しく生きる道だと、これまでの自分の人生が教えてくれている。

 急に、視界が真っ暗になった。その直前で、彼女の悲鳴が聞こえた気がした。何が起こったのか分からない。

「……突然、ライオンが草むらから飛び出してきて、彼を飲み込んでしまったんです」
 彼女はそう言った。思い出すのも悍ましいのだろう。彼女は悲痛な表情(かお)をしていた。私はすぐに、こんな質問をしてしまった事を後悔した。
「でも……」
 私は声を絞り出すようにして言葉を続けた。
「人生って、そういうものなのかも知れないね」
「そう……かも知れません」
 また私は、自分の発した言葉に後悔した。彼女の頬を、涙が伝い落ちていた。それは、とてもとても永い間続いた。

 彼は目を覚ました。隣に悠子はいない。ただ彼の視界には、冷たい地面と、冷たいコンクリートの壁があった。
 あれは夢だったのか。彼は温度の無いその空間の中にいた。
 ただ絶望だけが、それを彼にとって当たり前の感情のようにして、身体を満たしていた。

 それでも生きなければならないのか。彼を見詰めながら、私はそんな感情に浸されていた。

走レヨ、ナツ。

2015年09月11日 01時58分54秒 | 小説・短編つれづれ
 ここからすっ飛んで行けばよかった。そう心の中で思ったがもう時既に遅し。彼奴は、あっちの世界へ行ってしまった。私の手の届かない所へ。
 もう、奴には二度と会えない。そう認識すると、軽く涙腺が潤んだ。でも、顔の表情を引き締めて、感情を外には出さないようにする。せめてもの、奴への弔いだ。そしてそれは、これから始まる戦いへの序章。それに気付いた時、私は此処ではない何処かへ飛んでいた。
 夏は好きな時間である。夏美とか夏子とか、そんな名前にして欲しかった。そう両親に対して、口には出さないが、思った事がある。そんなくらいに。
 確かに暑いが、それは気にならないと思えば、気にはならない。汗で肌がベトベトになるのも、冬カサカサになるのに比べれば、私にとっては、肌の健康に好く思える。
 私の名前は、両親により、未智とつけられた。もう、二十八年も前の話だ。私はいつも、未知との遭遇を思い出す。いや、夏の話をしておったのに、全くそれと関わりが無い。申し訳ないので、話を本題に戻す。あや、そもそもこの話の本題とはなんだ。それすらも自覚しておらなんだ。いや、そう、今の季節は夏であった。
 未智は、逆上がりの練習をしていた。そう、鉄棒の逆上がりである。この糞暑い中、未智は汗水垂らして、地味でありながらキツイ運動をしていた。
 勿論スカートではない。ショートパンツであった。それでも角度によっては際どく見えてしまうんではないかと、隣りに居合わせたおっさんとかはドギマギしたものである。
 何故に今更逆上がりなのか。未智、幼少時代のトラウマであった。出来ずに苛められた。何度やっても、いくら練習しても出来なかった。今から考えると、指導者に才能がなかったのだ。しかし当時としては、全ての責任はプレイヤーにあった。そして囃し立てられ、罵られる。軽く好きだった男子も交じっていたりして、落ち込み、未智のトラウマっぷりに拍車が掛かった。
 私のせいじゃないもん。未智はとうとう諦めた。二十年にわたる因縁のワンプレイに、結局最後まで決着をつけないまま、未智はこの事実を置き去りにする。今村未智は、鉄棒逆上がり出来ません。そこに言い訳はしないけれども、そのままにすることを、自分には出来ない芸当であることを、未智は認め、結局の所要するに諦めることにしたのであった。
 何でこんなこと始めたんだっけ。未智は思い返した。勿論トラウマの打破。それもあったが、そもそもの理由は、汗で涙を隠そうとした。大量の汗で、大量に瞳から流れ落ちる涙を、どうでもいいものとしようとしたのがその切っ掛けだった。私は一人だ。私の人生は、最初から、最後まで独りっ切りだった。束の間のあいだ、二人で歩んでいる。そう天に感謝したが、それは幻だった。今となっては。
 そろそろ家族がいる病院に戻ろう。現実を現実と認めなければ先に進めない。この先を生きてはいけない。
 私は、一人だ。そんな当たり前のことを見失うほど、私は幸せだったのだ。
 けれどそんなに、神様は依怙贔屓というものをしてくれないらしい。運命の天秤は、いつかバランスを崩す。飛び乗ったバランスボールからは、いつか落ちる。
 当たり前のことだ。
 未智は、シャワーを浴びたかった。せめて自分を清めて、彼と再会しよう。もう話すことも出来ない、彼の抜け殻と。
 奴のせいで、またこの鉄棒と再びお友達になるかも知れない。それは奴のせいだ。私のせいじゃない。
 色んな事を繰り返して、私はまた前を向けるのだろうか。今回ばかりは、無理な気がする。
 でも私は、神様を信じてはいる。
「どうにかなるか」
 今までずっと黙していたのに、その一言だけが、口を突いて出た。
 未智の口元に、少しだけ笑みが浮かんだ。
 神様は、まっこと意地悪だ。

ブロンド観光客

2015年04月23日 23時09分34秒 | 小説・短編つれづれ
「すみません、ちょっと伺いたいのですが」
「はいっ?」
「このお店に行きたいのですが」
「"Daruma-ya shop"?『達磨屋』ってお店かなあ」
「はい。そうだと思います。この道沿いにあると……」
「"Yasukuni-dori"……『靖国通り』って、この道ですよ」
「そうなんですか」
「日本語上手いですね。とても流暢ですね」
「Thank you」
「英語も上手いですね。ネイティブですね」
「米国人ですから」
「この辺だなあ、達磨屋さん」
「uh-huh」
「あいずちは英語なんですね」
「haha」
「あ、達磨屋ここですよ。工事中だなあ。潰れてますね」
「Oh」
「残念でしたね」
「"Tsuburete-masu-ne"って、どういう意味ですか?」

アキラ君

2015年02月09日 21時10分03秒 | 小説・短編つれづれ
アキラ君が言った「とんでもない事をしてみせなさいよ」。私は、やりたい事をアキラ君に示した。都内でも有数のお嬢様中学校の朝礼に突入し、お嬢様全員のスカートを捲り倒す。東京タワーの天辺から、でんぐり返しで階段を地上まで降り切る。カルピスの原液を一瓶一気飲み。ドリカムのワンダーランドを一人で乗っ取る。スーツ姿で大西洋を泳いで渡る。逆に、まわし一丁でエベレスト登頂。百人一首の頭文字を10分で覚えて、30秒で唱える。似た様な感じで、般若心経を拡声器使用で靖国神社のお堂前で唱える。にちゃんねるの掲示板に自分の住所と携帯番号とアドレスと顔写真を載せる。和田アキ子に馬鹿と告げる。アキラ君が言った「やれるもんならやってみなさいよ」。

枝毛

2014年06月01日 09時29分16秒 | 小説・短編つれづれ
「コッコちゃん、おいで!」
 主がアタシに指図する。アタシのポリシーは何でも楽しむことだから、主の自己中心な命令にも、アタシは喜んで従う。ほらそうすれば、万事うまくいく。主人も、アタシも、家族のみんなも、幸せになる。
 今は姿も違うし、全然小さいし、ハダには黄色い毛が生えていてモコモコしているけど、次第に成長して、アタシも家族と同じ、立派なオトナの人間になるんだな。
「手のりピヨ!」
 また主が調子に乗っている。もっとも、いろんな意味で、乗ってあげているのはアタシの方なのだが。主よ、そんなんじゃ立派な大人にはなれないぞ!
 前言撤回。アタシの主人は、既に大人なのであった。だって彼女は、もう大人の姿になっている。主は、おん歳五才。五才といえば、立派な大人である。アタシも、主人の様に成長するのは、もう近いのか? 楽しみだ。
 夜になると、アタシは寝室に入る。この仕打ちだけは、アタシには納得がいかない。大人は皆、布団の中で寝ている。子供だからといって、こんな部屋とも呼べないような檻の中に閉じ込めることは、人道的に有り得ない。ここには、布団も枕もない。雑魚寝するしかない。申し訳程度に、床にはおがくずが敷いてある。人として最低の扱いである。アタシは何だ、罪人か。
 しかも、そのアタシと同じ囲いの中には、化け物が二匹幽閉されている。二匹とも、アタシの裕に四倍はある大きな体で――無論アタシが大人になれば、アタシの方がはるかに大きくなるが――真っ白な羽に覆われ、足と唇が黄色くて固い。また、これは最近気付いたのだが、頭だけが赤くてビラビラしているのである。
 アタシや家族とはかけ離れた姿で、まったく化け物としかお伝えのしようがない奴らだが、なぜか二匹ともアタシになついてくるのである。アタシが入った途端、奴らはアタシに飛び掛かる。そして何かというと、アタシにちょっかいを出してくる。その有様たるや、アタシにとっては絶望的な恐怖そのものである。そのため気分が落ち着かず、寝室というが、とても熟睡など出来ない。アタシは毎晩不眠で、昼間は意識がもうろうとしている。
 そんなアタシにも、将来の夢はある。日々、大人達を観察していると、こう思う。我々人間の良くないところは、生真面目すぎるところだ。もっと、人生をエンジョイするといい。アタシが大人になったら、もっと人生を楽しむ術を、世の中の人々に教え伝え広めようと思っている。
 アタシはやるよ。

『鏡の奥を見渡す』、あとがきのようなもの

2014年05月24日 08時19分46秒 | 小説・短編つれづれ
 久しぶりのUPです。
 ご無沙汰しております。お元気ですか。おっちーです。
 この、『鏡の奥を見渡す』という作品は、なんとなく眠れなかった夜に、暇潰しに「ちょっとなんか書いてみるか」と、軽い気持ちで書き始めたものです。
 なので、一晩で形が出来上がり、3、4日で推敲まで終わり、完成しました。
 この文章の主人公は、私がモデルという訳ではありません。過去の私が投影されている、と言えばそうかもしれません。どちらかというと、私の周りに、なんとなくこの人のイメージかな、この人こんな感じかな、という方がいて、モデルというなら、その方かも知れません。
 今、相方に読んでもらっています。感想が楽しみです。

 最近の私は、なんとか頑張っています。
 仕事は、なにしろお医者から1日6時間勤務を約束されていて(残業をしてはいけない)、逆に言うと、渡された仕事を、その与えられている、1日6時間、1週間30時間という時間内であげなくてはならないので、結構きついです。勤務中は、気を抜いてる時間はほとんど無いです。
 今まで、パート時代には、1日7~8時間とかでダラダラやって、しかもそれでも間に合っていなかった仕事内容です。そして更に、社員になったこともあり、月毎に任される仕事量はだんだん増えていっています。
 明らかに、私が、仕事をこなすスピードは上がっているな、と自覚しています。もちろん、そうでないとやっていけるはずがないのですが。
 でも、仕事を処理するスピードが上がること、それが即ち成長ではないと、私は思っています。本質は、そこではないと考えています。
 もちろん仕事をやっていく上で、技術、スキルの向上は不可欠です。しかし、社会人としての成長は、また違うところにあると、私は睨んでいます。
 まあ、1日6時間だけ、集中すればいいわけでそう考えると、簡単?なことなのかも知れません。
 今後も、ベストを尽くして頑張ります。

 プライベートでも、楽しみなことはたくさんあります。幸せなことです。
 今後、私のブログともリンクをはったり、私の行っている活動は、何かしらでお伝えしていこうとは思っています。
 よろしくお願いします。

 毎日、病気や怪我を負ったり、事故に巻き込まれたりしないように注意しています。体が資本、健康第一。
 ではでは。また。
 失礼します♪

710文字小説『鏡の奥を見渡す』

2014年05月23日 07時34分48秒 | 小説・短編つれづれ
 私の腕から指先を、力を入れずに伸ばす。つま先から始まり、踝、膝、太腿――脚の線を、指でなぞってみる。
 手の平を下腹部にあてる。深く呼吸をする。吸ったものが、腹から足先、手の先、脳の内部――全身までゆき届き、徐々に留まっていく感じ。
 私は、こんな世界があると知らなかった。ただ毎日仕事をして、食事をして、子供の相手をし、妻と会話する。そんな日々を、何も考えず過ごしてきた。
 努力をしなかったわけではない。会社では、重要な仕事を任されているし、家族との関係も良好だ。いや正直に言おう。私は全てがうまくいくように、人一倍努力を欠かさなかった。そう自負している。
 しかしそれは、私という人間の、100%の人生だったのか。私は人生の岐路において、とりわけ重要な選択を迫られた際に、本来の、真っ当な判断をしてきたのか。いま私は、その疑問を持たずにいられない。私はこれまで、自分と関係のない世界を、知らなかった。知る必要がない、と思っていたのだ。私の人生の台本は、登場人物も、筋書きも、もう出揃っていると思っていた。もう、大きな変化はないと思っていた。
 しかし今になって、神様は私に粋な計らいをした。
 私は今、自分というものと向き合っている。それは、私があまり本格的には経験したことのない種類の「事件」だった。
 この、自分を見詰め直す時間を過ごしたという体験。それは、こう言えばいいだろうか――私に、『自分自身を思い出す』――そんな結果をもたらした。
 「自分探しの旅」という言葉を聞くことがある。しかし、いま私はこう思う。私自身は、私自身のうちで、見付けるものだ。この場合の「旅」――つまり新鮮な、環境や他者は、そのきっかけを与えてくれるに過ぎない。

言いわけ

2014年03月17日 23時30分14秒 | 小説・短編つれづれ
 真希には、マコトという男の子供がいた。生まれつき体が弱く、いつも病院に通っていた。
 物心ついた頃から、マコトは家でTVゲームばかりしていた。そこで真希は、彼のゲームする時間を制限した。
 小学生になった彼に、真希は携帯電話を買い与えた。緊急時に連絡が取れるように、という配慮からだった。
 携帯電話を手に入れると、彼は自分の部屋でも学校でも、はたまた病院の中でも、ケータイのゲームに没頭するようになった。
 真希は困って、せめて病院では携帯の電源を切るように、彼に言い聞かせた。しばらくすると、彼は病院でゲームするのを我慢するようになった。
 中学生になると、彼はひとりで通院できるようになった。真希は、病院で携帯をいじっていないか、彼に確認した。
「周りの患者さんに迷惑だから、電源は切っているよ」彼はそう答えた。
 高校生になったマコト。ある日、真希は彼に用事を頼んだ。
「病院の帰りに、豆腐を二つ買ってきて」
 彼が病院に着いた頃、真希は用事をもう一つ思い出した。そこで、彼の携帯にメールを送った。
 帰宅した彼に真希は、
「メールに気付いた?」と訊いた。
「ゲームしている時にメール寄こさないでよ」彼はそう答えた。
「あなた、病院でゲームしていたの?」真希は訊ねた。
「そんな……わけないじゃん」
「じゃあ、いつしていたの?」
「……歩きながら」
「それも駄目!」

走れよ太郎Ⅱ

2014年03月07日 00時33分33秒 | 小説・短編つれづれ
 太郎は焦っていた。どうしても、何度勝負しても、弟に勝てない。その事実が、彼のプライドをいたく傷つけていた。
 長距離走――いまも弟を追って、しゃにむに走っている。そんな中、弟が振り返って兄の方を見た。そして前に向き直るとき、口元に笑みを浮かべた。少なくとも、兄の目にはそう映った。そのイメージが、目蓋にこびりついて離れない。あれは、自分に対する嘲りの笑いだ。そうとしか思えなかった。
 負けたくない。弟にだけは、これ以上負けるわけにいかない。その強い思いが頭を駆け巡り、身体を独占していた。
 けれどもはや、弟の姿は見えない。はるか先へ行ってしまった。今や自分には、全く勝機がない。そう思った瞬間、体内に電流が走ったような感覚に襲われた。

 太郎はしゃがみ込み、頭頂を地面に擦りつけた。そこを軸に、身体を回転させた。続いて今度は肩を軸に、体を回した。そんなことを繰り返し、でんぐり返しを何百回と続けながら、太郎はゴールに向かって少しずつ進んでいった。
 ――弟は、もうとっくにゴールしただろう。それはわかっていた。だからこそ、自分は「信念」を曲げることができない。太郎はまた一回、もう一回でんぐり返した。

 太郎がでんぐり返しに夢中になっていると、
「兄さん」
 弟の呼ぶ声が聞こえた。
 太郎はすぐ我に返り、声のする方に顔を向けた。そこには弟の姿があった。周囲を見渡すと、十数名の見知った仲間の姿が見えた。
 彼は、いつの間にかゴールまでたどり着いていた――それに気付いたとき初めて、太郎は体中の痛みを感じとった。
 あたりは既に暗くなっていた。顔が影になっていて、仲間の表情を窺うことはできない。たぶん、一様に呆れた顔をしているだろう。太郎には分かっていた。
 ふいに、周囲が明るくなった。仲間たちの顔が、はっきりと見えた。同時に、爆音が鳴り響いた。なにかの爆発音――
――それは、花火だった――
 花火は絶え間なく夜空に打ち上げられ、鮮やかな光があたりを彩っていた。
 色とりどりの光で照らされる中、太郎を囲む面々は、無表情だった。声をあげる者も一人としていない。
 やはりそうだ。太郎は思った。呆れて声も出ないのだろう。それなら帰ってくれればいいのに。やり場のない恥ずかしさと焦燥感が、彼の体にあふれていた。
「ごめんなさい」
 思わず太郎はそう口走っていた。目から涙があふれていた。
 弟には負けた、仲間からは馬鹿にされる。散々な試合だった。しかもそれは、完全なる自業自得といえた。もう、自分には生きる価値もない、そんな言葉さえ頭をかすめていた。
 そんな時、
「凄いよ」
 耳を疑う言葉が聞こえた。そら耳かと思った。花火の爆音がそう聞こえたかと。
「無茶苦茶やるなあ」
 次の瞬間、その場にいた全員に笑いが起きた。
――やはり――
 これが皆の本音だ。俺は、大馬鹿者だ。皆に笑われて当然。弟に馬鹿にされて当然。恥ずかしくて身の置きどころが無い。
 次郎に手を引き上げられて、立ち上がった。
「やっぱり兄さんには敵わないよ」
 弟の言っている意味が分からない。自分は非力だ。次郎は凄い。皆も凄い。
 自分は、無力だ。
「ありがとう」
 誰が言ったかよく分からなかった。
「ありがとう」
 自然にそう答えていた。
「あっちに行こう」
 全員が、太郎を笑顔で導いていた。花火がいちばんよく見える場所へ。
 行く途中、いそがせるから、石かなにかにつまずいてしまった。

――そしたら、またみんなに、わらわれた。

走れよ太郎

2014年03月02日 11時48分29秒 | 小説・短編つれづれ
 慌てて、走っていた。
「遅れる。遅れる」
 守るべき時間は、とっくに過ぎていた。太郎は、とても焦っていた。
「このまま到着したら、待ちくたびれた次郎が怒って、私を張り倒すかも知れない!!」
 太郎の体に戦慄が走った。そこで太郎は気が付いた。遅れた理由を、考えなければならない。
 そうだ……何か乗り越えなければならない、ミッションをこなしていたことにしよう!! 次郎の想像を超えた、限りなく困難な課題を克服したならば、次郎は許してくれるに違いない。
 そこで太郎は、その場所からでんぐり返しを始めた。このままでんぐり続けて次郎の元まで辿り着けば、次郎は驚いて私を張り倒すことも忘れてしまうだろう。
「がんばるんば!!」
 太郎は気合を入れて、自分に与えられたミッションの遂行を開始した。
 そして相当な時間が経ち、太郎は次郎の前に、文字通り転がり込んだ。
「お兄さん……」
 弟は、兄の身を案じていた。次郎は、少しも怒っていなかった。
 達成感で一杯の表情の太郎は、笑いながら言った。
「凄いだろ。兄さんは、ずっと転がりながらここまで来たんだぞ。少しも歩かなかったぞ」
「そうか。凄いね」
 そう言う次郎の表情に、少しの憂いが浮かんでいたのを、兄は見過ごした。

出てこない

2014年02月08日 01時46分21秒 | 小説・短編つれづれ
 便秘じゃありません。
 今日は、書きたいと思う事がない。それなら記事アップしなきゃいいじゃんって、それもどっか憚る。しかし無理矢理にでも、何でもいいから書こうとすると、ろくな内容にならないと分かっている。
 さて、どうしよう。こういう時が、腕の見せ所なワケです。
 昔々、ある処に、
 昔話を始めてどうしよってんだ。
 今度の選挙にはろくな候補者が
 ピーピーピー!!そういう内容は、自粛しましょう!!!
 最近少し体調の波が整ってきた。
 お、いい感じ。
 その原因と思われるのは、内面の変化はもちろんだが、水分を無理せず摂取しようと心掛けていることも、その中に入っているような気がする。
 へえ、そうなんだ。
 やはり、自身の内外にアンテナを張り、バランスを取りながら、時に大胆にもその行動を決定していくのは、生活する上で大切な技術である。
 ほお。じゃあ、少し乗ってきたところで、小説でもいってみようかな。

      *

わたしのこと(二)

 窓の外では、厚い雲を割って、太陽の光が差し込んできている。場所は、先の病院である。ロビーにいる。二人、長椅子に並んで座っている。
 これからわたしの話を始めるところだった。長い話になる。とても一日では終わらない。なぜわたしはこんな面倒な作業を始めようとしたか。わたしという物語を、わたし以外の誰かに憶えていて欲しかった。それが、いちばんの理由であった。では、始めよう。長い仕事を。いや、仕事と呼ぶのはやめよう。ただ、話をするだけだ。恋人と、少し長い話をするだけだ。
「どこまで話したっけ? あ、俺が、母の実家の近くの病院で生まれたってところからだったかな」
「そうだね」
「それで、固有名詞は、イニシャルで統一することになったんだよな。この話が本になって有名になった時に、迷惑を被る人が現れないように」
「うん、その通りだね」
「はい。じゃあ続き。その病院は、今、俺が住んでる自宅から、電車とバスを乗り継いで、一時間とかからない場所にあった。ちなみに俺のお祖父ちゃんが亡くなったのも、この病院だった」
「そうなんだ」
「うん。母方のお祖父ちゃんが亡くなって、俺の母親は、自宅に、お祖母ちゃんを迎え入れた。そのままだと、お祖母ちゃんは独居老人になっちゃうからね」
「優しいね」
「その事件は、俺の幼少時代に大きな、とても大きな変化を与えることになったんだ。まあ、その話はまた別の機会にしよう。今は、俺の生まれた時の話」
 そこで、わたしは鞄の中に入っていたペットボトルから、水分を口に含んだ。口内に潤いを与え、更にいくらかの水分を飲み下すことで、体内の水分を補給する。すると彼女が、わたしの持っていたボトルを奪い、その中のものを飲んだ。
「ありがと」
「おう」
 彼女はわたしにボトルを戻すと、そっぽを向いた。何を見ているのか気になっているわたしの心を見透かしたように、チラリとわたしを一瞥すると目の光だけで笑った。わたしはドキリとした。もうこの娘と何年間も一緒にいるのに、彼女はわたしと一定の距離を保ち続ける。だから、わたしの不安は消えない。もっと恋人同士は、一緒に成れないものなんだろうか。もっとわたしは、幸せになりたい。
 わたしは気を取り直して、話を続けることにした。

慌てる兎

2014年02月07日 02時35分57秒 | 小説・短編つれづれ
 見あげると、白い月が目に入る。形は、ほぼ、円形だ。もっとも満月ではないようだ。よく兎が餅をついてるような模様があると聞くが、肉眼では、その事実は確認できない。
「月ってちっちゃいよなあ」
 漫画とかだと、よく夜空にどデカい月が浮かんでいるコマがあったりする。あれを思うと、実際に見える月の大きさというものは、ごくごく小さい。
 全身に寒気が走った。今は真冬の2月上旬。今夜は、家の風呂が2人揃って故障し、仲良く待ち合わせ、銭湯にやってきた。
 今時、銭湯は存在しないだろうというのが2人の見解だったが、ネットで検索すると、ありました。意外と近所にありました。そうとう古い銭湯。時代の波に揉まれながらも、頑張っているな。
 私は風呂からあがり、入口の所で彼女を待っている。彼女は髪が長いので、あがる時間が自分よりかなり遅くなることは予想していた。しかし、それにしたって、もう30分は待っている。この外気温で30分立ちっぱなしは、トンでもなく、キツイ。既に、風呂に入る前よりも体温は落ちていた。確実に。
 ブルブルッ。トイレに行きたくなってきた。いったん銭湯に戻って用を足すか。彼女はまだ来ないだろう。
 便所から戻ると、彼女が立っていた。私を恨めしそうに睨んでいる。
「寒いい~~~」
 知っているよ。
「髪の毛凍ってない?」
「はあ? ここはシベリアじゃないんだぞ」
「今あがったの?」
「いや、ちょっとトイレに」
「トイレくらい我慢しなよ~」
 よく言う。
「俺も凍えたよ?」
「あぁ、ゴメンね遅くなっちゃって」
「いや」
「どのくらい待った?」
「15分くらいかな」
 吐く必要の無い、しかも微妙な具合の嘘を吐いた。
「ゴメ~ン」
「大丈夫だよ」
「兄ちゃん優しい!」
 彼女は、私のことを時々「兄ちゃん」と呼ぶ。あまり、呼ばれる本人はしっくりいっていないのだが、そんな事はお構いなしに、彼女は私を「兄ちゃん」と呼ぶ。
「行くか」
「うん、帰るか」
 時代錯誤なシチュエーションである。40年くらい前によくあった恋人の風景である。
 2人は歩き出す。
「神田川って知ってる?」
「知らない」
「そうか」
「あっ、知ってる! 料理研究家かなんかじゃなかった?」
「それじゃないし、なんで今そんな話しし出すと思った?」
「え~っ、そこまで考えてないよ」
 別れ道にきた。ここで、恋人とはお別れだ。日付が変わるまで、会えない。
 早く、最後まで一緒に帰るようになりたい。
「あした披露宴だっけ?」
「なにそれ、なんの話?」
「何でもないよ」
 彼女は私の顔をじっと見て、微笑んだ。
「結婚、したいね」
「したいな」
「一緒に住みたいね」
「まったく」
 一緒に住んだら、どんな生活になるんだろう。この娘と毎日、同じ家の中で暮らす。夢みたいだけど、全く不安が無いわけでもない。きっと新しい、今まで感じてなかったストレスは出てくるだろう。万が一、彼女の事を嫌いにならないとも言い切れない。喧嘩も、きっとするだろう。そんな時は、逃げ場が無いだけに、きっとキツイだろう。
「なんとかなるんじゃないかな?」
 彼女が言った。私の不安を見透かすかのように。どうも、表情に出ていたようだ。
「私も、おんなじ。ゆっくりやっていこう」
 そうか、私だけが悩む必要はないんだな。何か起きたら、彼女となら、2人で共に考えられる。何ごとも、独りではないのだ。
「ひとりで頑張らないで、一緒に相談して、考えよう」
 私は言った。
「うん、そうだね」
 彼女が、温かな笑顔で応えた。
「じゃあ」
 恋人同士は、別れの時間を惜しみながら、それぞれの帰途につく。彼は右。彼女は左。
 私は、ひとり、ぽつねんとしながら歩いていた。
 そうか、こんな感じで、いいのかも知れない。この、ぽつねんとした感じ。このままの感覚で、一緒になれば。力まず、相手に対しても変に頑張らず、ぽつねんでも、いいんじゃないかな。
 そんな事を考えているうちに、家に着いた。「ぽつねん」の具体的な意味は、分からないままだった。