読書日記

いろいろな本のレビュー

アメリカと宗教  堀内一史  中公新書

2010-12-18 10:57:09 | Weblog
 アメリカは世俗国家だと思われがちだが、実は世界に冠たる宗教大国である。総人口の約8割はキリスト教徒であり、彼らの多くが伝統的な教義を信じている。神への信仰、教会への出席率、死後の世界への信仰、毎日の礼拝などの調査項目で、世界の主要先進国の中でアメリカ人は群を抜いて信心深い国民であることが判明している。例えば、92%のアメリカ人が神または普遍的な霊魂の存在を信じるのに対し、イギリス人では61%、フランス人では56%、スエーデン人では46%である。また四割弱のアメリカ人が週に一回教会の礼拝に出席するのに対して、これら三ヶ国の国民では、わずか5%以下である。(ロバート・フアウラー他『アメリカの宗教と政治』2010年)
 ソビエト連邦崩壊(1991年)後、名実ともに世界のリーダーとして君臨しているが、キリスト教の価値観による世界支配の美学は十字軍のそれに等しいと言えるだろう。イスラム教国家に対する外交を見れば明らかだ。本書はアメリカのキリスト教の主流派であるプロテスタントの歴史をわかりやすくまとめたもので、時の権力者(大統領)との関係も詳細に書かれている。とりわけ注目すべきは1970年以降、政治的影響力を持つようになった宗教右派の存在である。
 プロテスタントは主流派と福音派に分かれるが、この福音派の中のバプテスト派教会が最大規模の教派で、人口比で17,2%を占める。では福音派とはどのような特徴があるのか。著者によれば、1、キリストの代理贖罪効果ーーキリストが人びとの代わりに十字架で死んだことで、神の恩恵によって罪が購われたことを信じる。2、個人的な救い主であるキリストとの霊的交わり、つまり回心体験(ボーン・アゲイン体験)がある。3、『聖書』の記述は神の言葉であり間違いがないと信じている。4、福音を社会に広げたいという実行力を伴った強い意志を持つ。
 1960年代以降、社会の世俗化に伴い、社会との分離主義を続けていけば自分たちの信仰の基盤さえ失うと危機意識を募らせて、1970年代以降、政治的影響力を模索するようになった。1979年以降宗教右派(キリスト教右派)という社会運動を展開するために利益集団を形成し、保守的な福音派を動員して、政治や教育などの公共領域に参入し、1980年の大統領選(レーガン大統領)以降、彼らを共和党の大票田に仕立て上げた。これが原理主義である。レーガンやジョージ・W・ブッシュは福音派の信仰を持つが、原理主義は福音派の四つの特徴に加え、次の三つを持つと言われる。それは1、世俗社会とは一線を画す分離主義を貫く。2、『聖書』の記述を一字一句忠実に理解しようとする。3、プレ・ミレニアリズムとディスペンセーション主義を信奉する。3の詳細は本書を読んでいただくしかないが、レーガン以降共和党の支持母体として宗教右派は政治・社会問題(イスラエル支援・妊娠中絶・同性結婚の否認等)に介入しさまざまの影響力を行使してきたが、ブッシュ退任後民主党のオバマ大統領の登場で衰退しつつある。ブッシュ時代のネオリベラリズム(新自由主義)は格差の拡大を助長したが、これを下支えした反動が表面化したものと言える。オバマは一つのアメリカを宣言し、宗教的に多様なアメリカを強調し、無神論やイスラム教徒にも配慮した。当然の戦略と言わねばならない。宗教右派の衰退とともに今度は左派が勢力を増やしている。右から左への揺り返し。これは普遍的現象で、いずれまた右への回帰ということになるのだろうが、オバマはどこまで頑張れるか、眼が離せない。なお宗教右派の政治介入の詳細については、『神の国アメリカの論理』(上坂昇 2008年 明石書店)に詳しい説明がある。