読書日記

いろいろな本のレビュー

レーニンの墓(上・下) デイヴィッド・レムニック 白水社

2011-04-23 14:37:41 | Weblog
 1985年にゴルバチョフが政権の座についてからソ連の共産党は崩壊していくが、本書は米国のジャーナリストがその内部の人間、数百人にインタビューしたレポートである。赤の帝国の崩壊は否応なしに帝国の政治の機密事項を暴露したが、レーニン・スターリンが打つ立てた楽園の実相は想像以上にすさまじい人権抑圧国家だったことがわかる。著者曰く、「共産党組織は世界がこれまでに経験した最大のマフイアだった。共産党はごまかしのコンセンサスと憲法で権力独占を守り、それをKGBと内務省警察の力で支えていた」また曰く、「権力の集中、責任とインセンティブの欠如、意義よりもイデオロギーの優先、党とその警察の支配。過去数十年に渡って続いたソ連システムのこうした欠陥のすべてが、中央アジアでは増幅された。このシステムは〝封建的社会主義〟として知られた。共産党幹部と集団農場の議長によって率いられるソビエト・アジア的ヒエラルキーである」と。権力の腐敗は共産主義の副産物で、人民の幸福をはかる前衛政党が権力行使する際に生まれる。富の再配分において強権が要請されそれが独裁の形をとるためだ。
 市民の生活の実態は炭鉱労働者の言葉ではっきりする「今回のストで得たいのは『まっとうに』生活するチャンス、必要な時に石鹸と歯磨きペーストが手に入ること、肉らしい肉の切り身を食べること、六か月もつ靴をはくこと、そしてもし自分の作業班が何らかの奇跡によって第六番炭鉱から余剰の石炭を掘り出したらなにがしかの利益を稼ぎ出すことだ。それから時がきたら森林へ移住する。魚釣りには絶好だし、空気は清浄、そして地上で生活するのだ。『俺は暗闇には慣れている』と彼は言った。『けれどもうたくさんだ』」と。国家が人民抑圧マシーンになっていることに対する赤裸々な証言である。スターリン時代には考えられないことである。そしてソ連崩壊の象徴的事件がチエルノブイリ原発事故だ。「これはソビエト体制の一種の瓦礫、すなわち1917年の革命には始まり、今、終焉を迎えつつある時代を表す恐怖の暗喩なのだった」と述べられている。チエルノブイリ原発は人為的事故、福島第二原発は自然災害による事故と分類されるが、一つの時代の終焉を暗喩していることは確かで、日本人がこれからどういう進路をとるか考える時が来ている。石原東京都知事は「震災は天罰」と言って顰蹙を買ったが、天が日本人に試練を与え、思索せよと命じていることは間違いない。その他、スターリン時代を回想してある市民は、ユダヤ人に対する虐殺(ボグロム)が日常的に行なわれたことを述べている。ナチのジェノサイドより早い時期に行なわれていたことは注目に値する。
 下巻のハイライトはゴルバチョフやエリツインがKGBと軍のクーデタ―に巻き込まれながら何とかこれを制圧し、ソビエト共産党を解体した部分である。小説を読むような感じでその取材力には驚かざるを得ない。権力に就いた1985年3月から、ソ連初の選挙による議会の議長を務める1989年6月まで、ゴルバチョフは全体主義の一枚岩を徐々に壊していった。その中で諸事件に足を引っ張られ、苦悩の日々が続いた。この間情報の公開に努めスターリン時代のソ連の犯罪についてもこれを認め謝罪している。「カチンの森事件」もその一つだ。あれから20年ソ連の後を継いだロシアはプーチン首相の指導のもとにあるが、民主主義国家として生まれ変わるにはまだまだ時間がかかりそうだ。