読書日記

いろいろな本のレビュー

レニングラード封鎖 マイケル・ジョーンズ 白水社

2013-07-01 04:40:03 | Weblog
 副題は「飢餓と非情の年1941~1944」。ヒトラーはバルバロッサ作戦でソ連へ侵攻し、たちまちレニングラードに迫った。このスラブ人とコミュニストの牙城を消滅させることがアーリア人の使命だというわけである。赤軍派は後退し、レーニンゆかりのこの都市がドイツ軍に包囲され、兵糧責めに遭う。三年間で80万人の市民が飢死等で亡くなった。赤軍の作戦ミスもそれを助長した。この戦いをめぐるスターリンを中心とするソ連首脳部の混乱ぶりがリアルに描かれており、ジダーノフの無能ぶりが曝け出されている。無能な指揮官によって無辜の民が犠牲になるというのは歴史には多いが、これだけの犠牲者が出たことには胸が痛む。ナチズムとコミュニズムの野蛮性と暴虐性がレニングラード市民を俎上に載せて炸裂する様は歴史の暗黒時代を読む者をして刻印せしむる。戦争はもうたくさんだと思う人が本書を読んで増えることを願うばかりだ。
 日々食糧配給が少なくなる中で市民はどのように生きたのか。一例として飢餓を前に人肉を食べる状況が生まれる。人間の尊厳を保つか保たないか踏み絵を踏まされる時が来たのだ。その中で市民は懸命に生きようとした。時は1942年8月9日レニングラードフイルハーモニー会館大ホールで、ショスタコービッチの交響曲第7番の演奏会が開かれた。極限状況の中での崇高な人間の営みとして賞賛に値する。実際この話を聞いて感動した。
 1944年1月27日レニングラードは完全解放された。都市が破壊されるということで言えば原爆で被害を受けた広島・長崎と比較してどうかという問題が想起される。こちらは一瞬に破壊・殺戮されたことで、人間の苦悩・苦しみが個個に表明されることはなく、大量死の事実だけが残るという結果だが、これが却って悲劇だと言えよう。個個の死が描かれないことの悲劇だ。本書を出版したのは白水社だが、最近ではトロツキーの伝記を始め有意義な本を積極的に出している。大いに評価したい。