読書日記

いろいろな本のレビュー

邪宗門(上・下)  高橋和巳 河出文庫

2015-02-03 15:28:22 | Weblog
 高橋和巳は昭和46年に39歳でガンで亡くなった小説家で、中国文学者でもあった。京大の吉川幸次郎門下で、当時は京大助教授で六朝から唐代の文学を講じていた。特に李商隠という晩唐の詩人についての論文が当時注目されていた。この詩人の作品は典故が多く使われていて読解に時間がかかることで有名で、高橋はその難解な詩人に挑戦していたのである。学者としても将来を嘱望されていただけに39歳での夭折は師の吉川を大いに悲しませた。
 『邪宗門』は朝日ジャーナルに連載されたあと、河出書房新社から高橋和巳全集として発行されてからそのままになっていたが、1993年に朝日文庫版が出て、今回、河出文庫で復刊された。当時は全共闘運動のシンボルとして大変な人気であった。苦悩教の教祖というニックネームをつけられていた。彼の夫人は最近亡くなった作家の高橋たか子だが、彼を「自閉症の狂人」と語った話は夙に有名である。彼の観念臭の強い作品を見ると、うべなるかなという感じだ。
 この作品は「ひのもと救霊会」の創設から崩壊までを時系列で描いた壮大な作品である。著者の言葉によると、「発想の端緒は、日本の現代精神史を踏まえつつ、すべての宗教がその登場のはじめには色濃く持っている(世直し)の思想を、教団の膨張に伴う様々の妥協を排して極限化すればどうなるかを、思考実験をしてみたいということにあった」といいうことで、大本教がモデルになっていることは察しがつくが、これに関しては、「ここに描かれた教団の教義・戒律・組織・運動の在り方はもちろん、登場人物とその運命のすべては、長年温め育て、架空なるゆえに自己自身とは切り離し得ぬものとして思い描いた、我が(邪宗)の姿であって、現存のいかなる教義・教団とも無縁であることを、ある自負をもって断っておきたい」と述べている。
 一読して、著者の哲学的・文学的・思想的教養が網羅された一大教養小説だというのが感想である。これだけのことを調べ、作品化する精神力は並大抵ではない。日本のドストエフスキーと言ってもいいのではないか。逆に言うと、ここまで勉強しなければ一流の作家・文学者にはなれないということを知らしめるような作品である。最近、このレベルの作家はお目にかからない。高橋が天才である所以である。