読書日記

いろいろな本のレビュー

宮沢賢治の真実 今野 勉 新潮文庫

2020-07-17 08:55:32 | Weblog
最近宮沢賢治を巡る、小説や評論が目につくが、本書はゴリゴリの伝記ではなく、元テレビマンが書いた「作品の裏側」という感じのものだ。読みやすくて面白い。個人的には、第六章の『妹とし子の真実と「永訣の朝」』に興味が集中した。この詩は大正11年11月27日に妹とし子の臨終に立ち会ったときに作った賢治の詩である。題は「永訣の朝」で、「けふのうちに とほくへいつてしまうわたくしのいもうとよ」で始まる挽歌である。

 賢治は、とし子に「雨ゆじゆとてちてけんじや」(雨雪を取ってきてちょうだい)と頼まれて「まがつたてつぽうだまのやうに このくらいみぞれのなかに」飛び出す。その背後から「雨ゆじゆとてちてけんじや」が響く。結局詩の前半で4回この言葉が繰り返される。賢治はこの妹の要求を「わたくしをいつしやうあかるくするために」だと考えた。とし子の本意がどうであったかはわからない。ただ賢治はそう信じたのだ。

 外では「ふたきれのみかげせきざいに みぞれはさびしくたまつている」。その上に危なく立ち、「このつややかな松のえだから わたくしのやさしいいもうとの さいごのたべものをもらっていこう」と二つの茶碗(とし子と賢治の)にみぞれを入れる。私はこの「ふたきれのみかげせきざいに みぞれはさびしくたまつている わたくしはそのうへにあぶなくたち」の個所がよくわからなかったが、本書の自宅見取り図によると、家の外に便所があり、その前に手水鉢と松の木がある。よってこのみかげせきざい(御影石材)は手水鉢のことであると著者は言う。そこに「みぞれはさびしくたまつている」わけで、不浄なみぞれでなく、隣の松の木の清浄なみぞれを手水鉢に「あぶなくたち」取ろうとしたのだ。現に賢治は松のえだも取っている。これで腑に落ちた。

 そして、とし子の言葉「おら おらで しとり えぐも」がくる。これをローマ字で書いている。これを標準語に直すと「私は私で独り行きます」という決意表明になるが、著者はこれに異を唱えている。曰く、「えぐも」の「も」は時には「もの」になったり「もん」になったりするが、この言葉は、「不本意だがそうするしかないのでそうする」だとか、「しかたがないので運命に従う」と、相手に訴えるようなニュアンスある。つまり、「ひとりでは行きたくはないんだけど、そうしなければならないんだから、ひとり行くことにしたんだ」ということになろうかと。

 さらに曰く、賢治はこの時、とし子は依然としてあの音楽教師(とし子の初恋の相手)のことを忘れていないことを知っていた。賢治の耳にこの言葉は、「あの人はあの人で生きていけばいい。私は私でひとり行くことにしたのだから」と聞こえたはずだ。本当の意味はこれだ」と。そしてローマ字で書いたのは、とし子の諦めと悲しみと孤独の言葉を書き留めるのがつらすぎてあえてローマ字にしたのだと言っている。この解説に無理はない。そして最後のとし子の言葉、「うまれてくるたて こんどはこたにわりやのごとばかりで くるしまなあよにうまれてくる」(こんど人間にうまれてくるときは、こんなにじぶんのことばかりで苦しまないように生まれてくる)は、ふつう、今度は健康な体で生まれて、みんなに迷惑をかけないようにしたいという意味になるが、賢治は「こんど生まれてきたら、自分で惹き起こした初恋事件で何年も苦しんだような人生を送らないようにしたい」と言っているのだと理解したという。

 このとし子の俗世間的な遺言を賢治は宗教的悟りの文脈変えてしまった。「おまえがたべるこのふたわんのゆきに わたくしはいまこころからいのる どうかこれが兜率の天の食に変つて やがてはおまえとみんなとに 聖い資糧をもたらすことを わたしのすべてのさいはいをかけてねがふ」という宗教的な祈りの次元に収斂するためにとし子の遺言は使われたわけだ。詩は読む人の状況によって、人を感動させることがあるが、賢治のとし子に対する賛美は格別のもので、兄弟愛という言葉では括れないものがある。

 門井慶喜の『銀河鉄道の父』(講談社)によると、とし子臨終の場で、父の政次郎はとし子に、何か言い残すことはないかと言ったところ、しゃべったのがこの言葉で、賢治はこの時何妙法蓮華経を唱えるばかりだったという。その後、この詩が発表されたとき、とし子の長セリフが引用されていることを政次郎は怒って詩集を投げ出したという。「なんてことをするんだ」と。これは故人の遺志を曲げてまで清浄な世界を描こうとした賢治に対する怒りでもあっただろう。詩の感動の源泉はかくも俗っぽい人間的営為にあるのだ。合掌。