JFKへの道
5
気分が重いまま、月曜の朝を迎えている。オフィスの中は快適な温度が保たれてはいたが。デスクの前の時計は、8時52分と表示されている。コーヒーの湯気と匂いを感じながら、自分のあごに手をあてると、すこしだけざらざらした感触があった。そこへ、加藤が入ってきた。
「どうしたんですか? 気分が悪そうですね」彼には、分からないことなどあるのだろうか? 優秀な部下。手の上には必要最低限の資料が乗っている。ぼくが目を通す分だ。それから、必要最大限の書類や、資料を両手に抱える。彼の今日の仕事。それも一部だろうが。
「そう見える?」
「まあ、いくらかですが」
「そう、でもコーヒーでも飲めば、いつも通りに戻るだろう」自己暗示気味に言った。
「今日でしたら、特別に出席するものも無いはずですので、あまり悪いようでしたら」
スケジュールを管理してくれる女性もいるのだが、もちろん彼も把握している。一度、その女性からの苦情が出た。加藤が事前に何事も勧めてしまうので、自分の必要性を感じないとのことで。自分はそれとなく注意しなければならない羽目になった。
「そうだ、今日良かったら付き合ってくれないか」本来は、大学の後輩なので、仕事を離れれば、直ぐに垣根は取り払われる。「最近、行ってなかったよね」
「ええ、3ヶ月半ほど」
「そんなにか、予定ある?」
「大丈夫です。7時すぎには、片付くと思いますので、その頃、ロビーでお待ちしております」
と言って、部屋から出て行った。身だしなみもきちっとしているし、穏やかそうな顔つきも備わっている。女性社員の視線を浴びているのにも関わらず、彼が女性を口説いたということを耳にしたことがない。
窓に視線を向ける。向かいのビルに光が当たって、中が見えなくなっていた。もっと遠くには窓の清掃の人のシルエットが曲芸のように見えた。
なんとか一日を持ちこたえ、安美のことも考えたが、きちんと仕事にも頭の活動は戻って働いた。それから、加藤が隣に座り酒を飲んでいる。
「最近、まわりとはどう? うまくやっている」
「また、何かあったんですか? それで時間を」
「違うよ。ただ話したかっただけだよ」彼は常に先回りして考えている。学生時代に一緒にスポーツを行っていても、必ず加藤がうまい作戦を考え付き、采配を振るった。ほとんど、それは効果をあげることになる。「安美と別れようと思ってね。なんか長い時間が過ぎたと思って」
「安美さんと。別れるのは勿体ない気がしますけど」
「そう、そうだよな。あの関係をまた一から作り直すことを考えるとな」
「そうですよ。みんなの憧れでしたもん」
「加藤もそうだったの?」ちょっと驚き、彼の目を見た。
「もちろんですよ。後輩で安美さんのことを、一度でも考えないヤツなんかいないはずですよ」
テーブルのきれいな木目の上に水滴がついている。グラスが空になっていることも知った。だが、直ぐ次に飲むものが思い浮かばなかった。
「加藤のことを憧れている子も、会社内にいるんじゃないのかな」
「そうですか?」本当に唖然とした顔をした。自分の価値をわきまえていないのだろうか?
「仕事を片付ける機械じゃあるまいし。もっと周りをみた方が良いと思うけど」
彼は、何やら考え出した。その会話がない空白を利用して、自分も昨日の一連の出来事を思い出している。彼女は泣いた。感情を、あまり表に出さない安美が泣いた。それと、その後の数時間、自分にとってとても重たい出来事だった。時計を見る。11時20分だった。反射的にひげを触った。朝よりさらに手の平に不快を与えた。加藤は、まだ考えている。静かに席を立ち、勘定を済ませ、店の外にでた。道路がすこし濡れていた。そして、酔った学生が自分の肩にすこしぶつかった。
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気分が重いまま、月曜の朝を迎えている。オフィスの中は快適な温度が保たれてはいたが。デスクの前の時計は、8時52分と表示されている。コーヒーの湯気と匂いを感じながら、自分のあごに手をあてると、すこしだけざらざらした感触があった。そこへ、加藤が入ってきた。
「どうしたんですか? 気分が悪そうですね」彼には、分からないことなどあるのだろうか? 優秀な部下。手の上には必要最低限の資料が乗っている。ぼくが目を通す分だ。それから、必要最大限の書類や、資料を両手に抱える。彼の今日の仕事。それも一部だろうが。
「そう見える?」
「まあ、いくらかですが」
「そう、でもコーヒーでも飲めば、いつも通りに戻るだろう」自己暗示気味に言った。
「今日でしたら、特別に出席するものも無いはずですので、あまり悪いようでしたら」
スケジュールを管理してくれる女性もいるのだが、もちろん彼も把握している。一度、その女性からの苦情が出た。加藤が事前に何事も勧めてしまうので、自分の必要性を感じないとのことで。自分はそれとなく注意しなければならない羽目になった。
「そうだ、今日良かったら付き合ってくれないか」本来は、大学の後輩なので、仕事を離れれば、直ぐに垣根は取り払われる。「最近、行ってなかったよね」
「ええ、3ヶ月半ほど」
「そんなにか、予定ある?」
「大丈夫です。7時すぎには、片付くと思いますので、その頃、ロビーでお待ちしております」
と言って、部屋から出て行った。身だしなみもきちっとしているし、穏やかそうな顔つきも備わっている。女性社員の視線を浴びているのにも関わらず、彼が女性を口説いたということを耳にしたことがない。
窓に視線を向ける。向かいのビルに光が当たって、中が見えなくなっていた。もっと遠くには窓の清掃の人のシルエットが曲芸のように見えた。
なんとか一日を持ちこたえ、安美のことも考えたが、きちんと仕事にも頭の活動は戻って働いた。それから、加藤が隣に座り酒を飲んでいる。
「最近、まわりとはどう? うまくやっている」
「また、何かあったんですか? それで時間を」
「違うよ。ただ話したかっただけだよ」彼は常に先回りして考えている。学生時代に一緒にスポーツを行っていても、必ず加藤がうまい作戦を考え付き、采配を振るった。ほとんど、それは効果をあげることになる。「安美と別れようと思ってね。なんか長い時間が過ぎたと思って」
「安美さんと。別れるのは勿体ない気がしますけど」
「そう、そうだよな。あの関係をまた一から作り直すことを考えるとな」
「そうですよ。みんなの憧れでしたもん」
「加藤もそうだったの?」ちょっと驚き、彼の目を見た。
「もちろんですよ。後輩で安美さんのことを、一度でも考えないヤツなんかいないはずですよ」
テーブルのきれいな木目の上に水滴がついている。グラスが空になっていることも知った。だが、直ぐ次に飲むものが思い浮かばなかった。
「加藤のことを憧れている子も、会社内にいるんじゃないのかな」
「そうですか?」本当に唖然とした顔をした。自分の価値をわきまえていないのだろうか?
「仕事を片付ける機械じゃあるまいし。もっと周りをみた方が良いと思うけど」
彼は、何やら考え出した。その会話がない空白を利用して、自分も昨日の一連の出来事を思い出している。彼女は泣いた。感情を、あまり表に出さない安美が泣いた。それと、その後の数時間、自分にとってとても重たい出来事だった。時計を見る。11時20分だった。反射的にひげを触った。朝よりさらに手の平に不快を与えた。加藤は、まだ考えている。静かに席を立ち、勘定を済ませ、店の外にでた。道路がすこし濡れていた。そして、酔った学生が自分の肩にすこしぶつかった。