JFKへの道
8
冬の風が、ビルとビルの間を通り過ぎるたびに、冷たさを増して行く。ぼくは、コートの襟を掴んで、無理に賑わいを見せようとしている街の中を歩いている。今年の最後の仕事の日。無事に過ぎた一年。
自分への記念として、デパートの中に入っている店の並べられた時計を見ている。気になっていたものがあった。また念入りに見て、感触を確かめ、時計の裏の音を聴いた。これにしようと決める。それと同時に女性用のも覗き込む。もしデザインが良いのがあれば購入しようと思う。去年は安美に買った。彼女の細い手首に、とても映えていた。いくつか気になったのを通り越し、一つのものに注意を向ける。なんだ、博美に合いそうなのは、こんな形と色ではないか、と簡単に答えが見つかる。店員に頼み、それは丁寧に包装してもらった。もし無駄になっても、妹にでもあげれば良いと、あきらめの気持ちを含んで。
荷物が出来、また寒空に出る。今日で仕事が最後のためか、酔った足取りの男性二人組みが、横を通った。自分もあんな風に誰彼なく歩けたら、幸せだったかなとも思う。そこで空車のタクシーが見つかったので、思考も止め、車中の人になった。明日から南半球で太陽を感じられる。と別の思考に移行した。
そして、ビーチで日差しを感じている。眩しすぎる光線にまだ目が慣れていない。そこで目をつぶり、さまざまなことを思い浮かべては消す。だが、一つのところに落ち着く。あれは、まだ15歳ぐらいのことだろうか。もし、29歳と半分ほど経ったときに、一番気になっている人がいたら、その人と一生暮らそうという考え。その自分個人の約束事に、年を経るごとに段々縛られて行き、束縛されても来た。もう少しで、自分はそこにたどり着く。仮に、長い月日を費やした女性がいたとしても、自分がそう決めたことの方が大事に思えてくる。その馬鹿げた考えに焦点を合わせていたが、自然と眠ってしまい、気がついたら、足元まで波が近寄ってきていた。日焼けしすぎに注意を払い、起き上がってそのビーチの横の日陰で、冷たいカクテルを頼んだ。
夜は、すべてが遊びではなかった。地元の会社の経営者と食事をする。プロジェクトの打ち合わせも兼ねた会合。今日は、こちら側は一人だが、遅れて、我が社からもやって来る。その前に、親しい関係を作っておいて、話がスムーズに進展するよう、気をつかった。それもかなりの力を入れて。その甲斐があってか、和やかな時が流れた。ホテルまで、送ってくれるのを断り、一人で見知らぬ土地を歩いた。外国に来ると、とても危険でない限り、よくそうする。自分の価値を、高めも低めもできない土地を利用して、自分の存在をリセットしたくなる。
そして、年が明け、また以前の服装に戻る。ちょっとだけ黒くなった顔に変わったが。一月も半月ほど過ぎ、そして自分が決めた29歳半になってしまった。会いたい人を考えてみる。以前の自分は、当然安美とその瞬間を迎えると思っていた。なぜ、ああも自分は冷たくなれるのか。答えが出るわけもなく、見つけたいとも思っていない。そして、博美のことを考える。考えた後は、電話をかけた。
待ち合わせ場所に早めに着いた。思いがけなく目の前に着物姿の博美が現れた。会社で、とても大事な催しがあり、そこへ出た帰りだという。自分は、パンツ姿の女性が好きだが、このように突然、違う服装で出会うと、新鮮であると同時に嬉しい気持ちも自然と浮かび上がる。自分は、コートのポケットから、去年買った時計を渡す。似合うと良いけど、という言葉を付け加え。
ある店に入る。彼女はトイレに行く。戻って来た時は、新しい時計をつけていた。
「着物だと、しっくりするか分からないけど。嬉しい。ありがとう」
「喜んでもらえれば、充分だよ」
彼女の測りは、どれほど離れた彼に傾いているかは分からない。だが、困ったときに直ぐに視線を感じ、話を聞いてくれる人間に、心というものは馴染んでいくのではないのか。でも、今なら自分も傷を受けずに、あきらめられるよな、と安心している。
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冬の風が、ビルとビルの間を通り過ぎるたびに、冷たさを増して行く。ぼくは、コートの襟を掴んで、無理に賑わいを見せようとしている街の中を歩いている。今年の最後の仕事の日。無事に過ぎた一年。
自分への記念として、デパートの中に入っている店の並べられた時計を見ている。気になっていたものがあった。また念入りに見て、感触を確かめ、時計の裏の音を聴いた。これにしようと決める。それと同時に女性用のも覗き込む。もしデザインが良いのがあれば購入しようと思う。去年は安美に買った。彼女の細い手首に、とても映えていた。いくつか気になったのを通り越し、一つのものに注意を向ける。なんだ、博美に合いそうなのは、こんな形と色ではないか、と簡単に答えが見つかる。店員に頼み、それは丁寧に包装してもらった。もし無駄になっても、妹にでもあげれば良いと、あきらめの気持ちを含んで。
荷物が出来、また寒空に出る。今日で仕事が最後のためか、酔った足取りの男性二人組みが、横を通った。自分もあんな風に誰彼なく歩けたら、幸せだったかなとも思う。そこで空車のタクシーが見つかったので、思考も止め、車中の人になった。明日から南半球で太陽を感じられる。と別の思考に移行した。
そして、ビーチで日差しを感じている。眩しすぎる光線にまだ目が慣れていない。そこで目をつぶり、さまざまなことを思い浮かべては消す。だが、一つのところに落ち着く。あれは、まだ15歳ぐらいのことだろうか。もし、29歳と半分ほど経ったときに、一番気になっている人がいたら、その人と一生暮らそうという考え。その自分個人の約束事に、年を経るごとに段々縛られて行き、束縛されても来た。もう少しで、自分はそこにたどり着く。仮に、長い月日を費やした女性がいたとしても、自分がそう決めたことの方が大事に思えてくる。その馬鹿げた考えに焦点を合わせていたが、自然と眠ってしまい、気がついたら、足元まで波が近寄ってきていた。日焼けしすぎに注意を払い、起き上がってそのビーチの横の日陰で、冷たいカクテルを頼んだ。
夜は、すべてが遊びではなかった。地元の会社の経営者と食事をする。プロジェクトの打ち合わせも兼ねた会合。今日は、こちら側は一人だが、遅れて、我が社からもやって来る。その前に、親しい関係を作っておいて、話がスムーズに進展するよう、気をつかった。それもかなりの力を入れて。その甲斐があってか、和やかな時が流れた。ホテルまで、送ってくれるのを断り、一人で見知らぬ土地を歩いた。外国に来ると、とても危険でない限り、よくそうする。自分の価値を、高めも低めもできない土地を利用して、自分の存在をリセットしたくなる。
そして、年が明け、また以前の服装に戻る。ちょっとだけ黒くなった顔に変わったが。一月も半月ほど過ぎ、そして自分が決めた29歳半になってしまった。会いたい人を考えてみる。以前の自分は、当然安美とその瞬間を迎えると思っていた。なぜ、ああも自分は冷たくなれるのか。答えが出るわけもなく、見つけたいとも思っていない。そして、博美のことを考える。考えた後は、電話をかけた。
待ち合わせ場所に早めに着いた。思いがけなく目の前に着物姿の博美が現れた。会社で、とても大事な催しがあり、そこへ出た帰りだという。自分は、パンツ姿の女性が好きだが、このように突然、違う服装で出会うと、新鮮であると同時に嬉しい気持ちも自然と浮かび上がる。自分は、コートのポケットから、去年買った時計を渡す。似合うと良いけど、という言葉を付け加え。
ある店に入る。彼女はトイレに行く。戻って来た時は、新しい時計をつけていた。
「着物だと、しっくりするか分からないけど。嬉しい。ありがとう」
「喜んでもらえれば、充分だよ」
彼女の測りは、どれほど離れた彼に傾いているかは分からない。だが、困ったときに直ぐに視線を感じ、話を聞いてくれる人間に、心というものは馴染んでいくのではないのか。でも、今なら自分も傷を受けずに、あきらめられるよな、と安心している。