爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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作品(4)-6

2006年07月05日 | 作品4
JFKへの道


 妹が留学先から帰ってきた。語学と、芸術の勉強を兼ねてフランスに行っている。一緒に育ってきたので分かるが、彼女に創作の才能があるとは思っていない。父はまた別の考えもあるらしいが。芸術を生み出す能力を持っている人間なんか、ほんの一握りである。その手の才能を持っている人物を発見するのは、大きな空き地に手がかりもなく失くしたコンタクトレンズを探すようなものである。しかし、妹の知り合いにでも、また知り合いの知り合いぐらいの中にでも、それらの光り輝くものを持っている人間がいたら、それは成功だと思っている。
 こういう具合なので自分は、妹に芸術の歴史をきちんと勉強してもらいたいと願っていた。彼女も、一定期間が過ぎ、自分の力の限界をわきまえてもらい、はやくそうした道に進んでもらいたい。でも、面と向かって話せば、もちろんそれらの結論は話しづらいこともあり、また自分できちんとけじめをつけないと、人からどうアドバイスを受けても、変わらない頑固さも彼女は備えていた。

 久々に家で会った。子供のときからよく泣く子だったので照れ臭いものである。いまも妹の目の中には涙の気配がある。空けてある自分の部屋に戻って、荷物を整理しおえて一段落すると、妹がぼくの部屋に入ってきた。
「どう、仕事? お父さんとは相変わらず」
「ああ、今はもう職場では会わないよ。親父とは違うところにいるので」
「そうだったよね。これ見て、ルームメートの元彼氏。日本人なんだけど、絵を描いているの。上手いと思わない」
 彼女の手のひらにのっているルームメートを描いたスケッチ。とてもしっかりしていた。
「そうだね。まだ若いのかな?」
「あまり良く分からない。30前後だと思うよ。日本にいるらしいから気になったら探してみて、電話番号はこれ。まだ支援する人、発掘中なんでしょう?」
 うちは、芸術の援助に力を入れている。父もそうなので、自分もこれといった人間を探す努力はしている。分野は問わないが、なかなか見当がつかないのも事実だった。

 妹が短い滞在を満喫するため、いろいろな場所で買い物をしたり、食事をしたりするのに時間が許す限りつきあった。いつも手には大きな荷物を抱え、車の後部座席に無造作にねじこんだ。とくに妹は両親からも溺愛され、逆にそのことが理由で高校生のときなどは、いささか反抗的になったりもした。自分は、とても同じことが出来るとは思ってもいなかった。だが、結局現在でもそうした期間がなかった所為なのか、両親ともいくらか距離を置く生活を送ってきた。
 まだ一週間ぐらい残っているので、きちんとした会話を、今後の自分の仕事のことや、妹の近い未来や遠い目標なども聞かないままだったが、突然、フランスで同居している友人が病気になってしまい、妹も心配のため、急遽戻ることになった。帰りのチケットもあったが、直ぐに手配しなければならなくなった。だが、夏休みの真っ最中で、上手く進展せず、なかなか予約が取れなかった。自分はあれこれと考え、以前会った画家の娘のことを思い出した。そうだ、旅行関係の会社に勤めているとのことだった。まだ新入社員で、どれほどの裁量を有しているのかは知らないが、一応電話をかけてみた。用件を話し、20分ほど経って、折り返し連絡があった。なんとかなるそうだ。今夜、二人の都合の良い時間に受け取りに行くことになった。
 女性は、と考える。なぜ、ちょっとぐらい無理な要求をされても飲んでしまうのだろう。自分はそれを知っていたのではないか? 後輩の加藤に頼めば、寸時に完璧な答えを持ってくるだろう。だが、自分はそうはしなかった。なにか、きっかけを必要としていた。それには、一番よい方法だったかもしれない。
 そして、妹にも感謝された。博美という名前の旅行会社の彼女にも、借りが出来たといって、次回に会う必要が作れた。妹は、旅立った。残してくれた絵を見る。もう少し判断を先に延ばした方が良い、という心の声がして、それを結論にする。もう一度ぐらい妹に催促されたら、あらためて考えても良いと思った。慌ただしい3週間が過ぎた。
コメント
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