爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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作品(4)-9

2006年07月10日 | 作品4
JFKへの道


 となりの部屋の電源の不調で、オフィス内のパソコンのデータが一部消えてしまっていた。職場の全員が退き上がった後、何事もなかったようにコンピューターに向かっている。多少、焦っている気持ちはあるが。頭を抱えながらも、あれこれ考える。もし、失敗する要素がほんの少しでもあるなら、やはり、まぐれを求めずに颯爽と失敗したい、という気持ち。あきらめを含んでいるが、それが人生だとも思う。などと考えながらもキーボードを打ち込んでいる。
 父親が、経済誌で語っていること。それは、いつも先回りしろ、ということだった。彼の主張は、遅れて完全なものを見せるぐらいなら、いくらかでも早く見せ、そのインパクトで驚いている間に完成品に持ち込め、という主義だった。そうして、数々のヒットをものにした。今までは、そうでも良かったかもしれないが、現在でも、その主張が通用するかは分からない。

 10時から4時間ぐらいかけて、大事なデータを取り戻せた。加藤は、出張中だ。その所為か、仕事のはかどり具合も落ち込んでいる。当然のように前もって出来ることは、すべて片付けてくれてはいたが。ディスプレーを消し、ロッカーからコートを取り、地下の駐車場まで行った。そこは、めっぽう寒かった。警備員に軽く会釈し、こんなに遅くまで残ることも少ないので、向こうの驚く顔を確認し、車を出した。
 道は空いていた。思っていたより早く家に着いた。そして、シャワーを浴び、頭を乾かし、直ぐベッドの中の人になった。

 その次の日は、仕事を終えた後にある集まりに行った。今後のコネを見つけるためにも出ておこうと思ったものだ。そこへ、以前の恋人の安美の姿もあった。遠目で見ている時には、似ている人もいるな、と感じていただけだが、トイレに行き出てくるとばったり彼女が前にいた。
「ああ、びっくりした。久し振り、元気?」彼女の髪は、覚えている頃より、伸びていた。そのウエーブのかかった髪の奥から、可愛い目をこちらに向け、話しかけた。
「元気だよ。どうしている?」
 近況を語ったり、聞かされているうちに、彼女は、「わたし、結婚することになった」と言った。自分は、直ぐに返答ができなかった。でも、自然さを装って、
「おめでとう。よかったね。それで、どんなヤツ?」と聞いた。
「言っても、分からないと思うよ」
 その後も、少し会話したが、またそれぞれお客の一人になって、部屋の中でバラバラになった。自分は、少し酔ったかもしれなかった。彼女の存在が、やはり大きかったこと認めないわけにはいかない。そして、あの時の煮え切らない態度も、思い出した。
 その場をあとにする。外は寒い上に、雨も自分の登場を待っていたように、ちょうど良いタイミングで降ってきた。電話を見て、安美の番号が入っていることを確認して、かけてみようか悩んだ。だが、躊躇して、すぐにメモリーを消した。もうこれで、彼女の存在もなくなった、と思い込んで。だが、そう一緒にすごした月日を簡単に追いやることは出来ない。
 気がついたら、コートも濡れるのも構わず、かなり歩いていた。自分を責めるように。だが、これも自分の優しさの欠如を埋め合わすことの代償とは思えない。自分は、欠陥の多い人間なのだ。人の痛みなど気にせず生きている生物なのだ。後ろから、クラクションの音が鳴り、身体は除けたが、跳ねた水がプレスのきいたズボンにかかった。
 家の鍵を空けるのに手惑い、犬が小さく鳴いた。それで安心し、座り込んで靴を脱ぎ、コートを投げ出し、ベッドに倒れこんだ。人生は、生きるほどに完成に近づいていくのだろうか? 立派な人間と見られるよう努力をしているが、誰かの胸に幸せを押し込むことができているだろうか? 自分も経済的に繁栄はしているが、薄っぺらな人形ではないのか、と小さい声で言ってみたが、気がつくと深い眠りの住人になっていた。夜中に目を覚まし、冷えた水を飲んで、再び眠りに戻ろうと懸命な努力をしたが、安美との思い出が自分を苦しめた。それを、もう取り戻せないと考えると、大人になるってことは、そんなに楽しくないことだな、と心のうちで決め付けた。
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まさかね

2006年07月10日 | Weblog
青い胸 頭で突いて 去るジダン

ほんとうは、見る前、こんなふうに書きたかった。

スパイクを 脱いだジダンの 勇姿かな
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