爪の先まで神経細やか

物語の連鎖
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作品(4)-7

2006年07月06日 | 作品4
JFKへの道


 そして何度か会ううちに、博美から電話がかかってくるようになる。それが自然の成り行きとでもいうように。自分も時間を見つけては、食事をするぐらいまではした。だが、心底仕事が忙しいときでもあったので、断ることも多かった。もう一つの理由としては、誰か一人と真剣につきあうこととは、ちょっと距離を置こうと考えていたときでもある。しかし、そう深い決意でもなかった。
 彼女には、少しばかり離れた場所に交際相手がいたらしい。こちらから聞いた訳でもないのに、自分から話してきた。そして、そのことが淋しいとも言った。もちろん理解できることだが、どう満足いく答えが出来るかもわからないし、実際に正確な解答が欲しいばかりでもないらしいので、そのまま聞いていた。時には、眉間にしわを寄せ、また、さり気なく微笑みながら。
「すいません。つまらない話ばかりして」
「全然。ためになるし、誰かに打ち明けることは、とても重要だよね」
 半分は本当でもあり、また半分は、脚色されているかもしれない。

 ちょうど秋を迎えていた。彼女を誘い、都会から遠く離れ森の中にドライブに行く。樹木は色づき、残りの人生を燃焼させようとしているように、いさぎよく映る。冬になるまえに燃え尽きてしまうよ、と宣言しているかの如く。
 太い木で作られているレストランに入る。彼女は、こういう場所に夢中になっている。話しを聞くと、小さな頃に父親をなくしたためなのか、男性と偉大な自然の中に溶け込むのが、好きなのだそうだ。そう話しながらも、食欲もかなりあった。空気がおいしいためか、すべてが新鮮な感じで喉を通る。そこで、思いがけないことを知る。その幼いときに失くした父のまた父、彼女の祖父は、政治家であった。もう既にその祖父もいないが、自分はその関係に強く興味をひかれた。何か役立つことがあるかもしれない。才能がある人も知っているが、どう転んでも金銭に転化、変換できない部類の人たちがいる。それは、とても不幸で仕様がないことかもしれないが、どうしても自分はそうはなりたくなかった。その状態になってもいないが、今後も決然と別れを告げたい。

 森の中を歩く。足の裏に感じる冬の気配。地面に葉っぱが敷き詰められ、視野の中には暖色でいっぱいだった。彼女はふざける。大きな樹の陰に隠れて、自分からは見えなくなる。その一瞬、彼女を失うことが恐ろしくなっていた。彼女ではないのかもしれない。なにか愛の対象を消すことへの深い悲しみがあった。その数秒の出来事で、自分の心の中の何かが揺らいでしまった。そこへ、彼女が、樹から首だけ出す。
「どうしたの?」全身を現した博美が言った。
「急にいなくなったんで、心配したよ」
「ここからいなくなれる訳、ないじゃない」
 そして、また歩く。聴きなれない鳥の鳴き声がする。それをきっかけに耳を澄ますと、さまざまな音が一辺に耳に飛び込んで来る気がした。涼しさを通り越して、寒い空気が服の隙間から、忍び込もうとしている。彼女の顔の皮膚も、その冷たさで紅潮している。その鼻がとても可愛かった。
「そろそろ、戻ろうか?」彼女の軽くうなずいた返事を待ち、東京に戻っていく。博美は一人暮らしをしていた。到着して、彼女はドアを開けて、出て行く。でも、直ぐに首だけ車内に入れ、今日はありがとう、と自然な口調で言った。また、電話をしてもいいですかとも。それを断る理由がどこにあるだろうか。
 車内には、彼女の匂いがある。博美もぼくのことを考えているだろうか。場所が離れているが、恋人がいる。そのことを触れもしない自分。出来れば、そのままでいてほしいとも思っている。要求が恐かった。だが、自分も父と同じように、経済の分野での成功に価値を置いているのかと考える。もっと、有用な力が欲しいとも考えている。その時に、彼女の存在が大きく化けるなにかを秘めているかもしれない。週末も終わってしまう。また、月曜の朝だ。その日の会議で話すことに焦点を移し、むりやり、彼女のイメージを押し退けた。そこで、車内の音楽が終わってしまい、そのまま無音で家まで帰った。
コメント
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