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問題の在処(26)

2009年03月24日 | 問題の在処
問題の在処(26)

 そのような身軽になった時だった。A君が久々に地元に帰ることになった。ぼくも自分の生まれ育った土地に戻るのは、随分と長い間していないことだった。どこかで会おうという約束が成立し、それで、予定の時間に間に合うように、懐かしい土地に向かった。

 駅に着くと目に入る景色は、様子が少し違った。このような時に考えるのは、「ニュー・シネマ・パラダイス」という映画の内容だ。観た当時は、なかなか気付かなかったが後で振り返ると、頭の中にある街のサイズと、実際のそれとは、違って見えるということなのだろう。そこまで期間を空けることはなかったかもしれないが、その年代特有の忙しいふりが、自分をそうさせなかった。

 A君とB君と待ち合わせている場所についた。二人は、もう先に来ていた。二人といったが、本当は四人であった。それぞれに交際相手がいた。ぼくには、いなかった。

「お前も、もてないな」とB君は、照れ隠しのように言った。
「そうだな」とぼくは微笑みながら軽く頷いた。明日香には、その頃ある程度の知名度があった。直ぐに廃れてしまったが、その時は、それを誰かに告げるなどとは自分に考えられなかった。

 5人で食事をしたが、それぞれの環境の違いなどもあり、最初の頃はうち解けなかったが、次第に中学からの同級生という立場が、徐々に垣根を取り除いていった。

 A君は、交際相手と同棲しているとのことだった。仕事のお得意先の会社で勤めていたとのことで、成り行き上、仲良くなっていき付き合い始めたとのことだった。彼は、とても幸福そうに見えた。それを見て、自分も我がことのように嬉しくなった。

 ぼくも最近のことを訊かれたが、しばらくは誰とも付き合っていないと言ってしまった。友人たちに本音を明かさない自分は、友だち甲斐がないような気がした。しかし、そんな瑣末なことは直ぐに忘れてしまった。
 彼らは、それぞれ実家に戻るということなので夜の八時ごろに別れた。ぼくは、帰るには時間がまだあったので、以前にバイトをしていたレコード店の方に向かった。店長がいれば、挨拶ぐらいしておこうと考えていた。もう5年近く時間は過ぎていた。しかし、ぼくの短い歴史では重要な場所だった。

 近くまでいって見上げると、その場所はカラオケ店に変わってしまっていた。彼らは一体どこにいってしまったのだろう。呆然と立ち尽くして、その幻影を見つめていると、母親と子供の親子三人がぼくの横を通り過ぎた。そして、そのお母さんがぼくの方に向かって声をかけた。

「・・・君だよね?」
 それは、確かにぼくの名前だった。振り返ると、レコード屋の店長の奥さんだった。
「あ、久しぶりです」と言って、小さく会釈した。
「どうしたの? 急にこんなところで」
「友人が地元に一時、帰ってきたのでぼくも一緒に食事でもということで来ました。ついでに店長に挨拶でもと考えていたんですけど、店がなくなっていました」
 と、ぼくは事実を告げた。説明によると、その土地を貸し、もっと儲かるカラオケ店に替えたそうだ。自宅は近くのマンションに移り、そこに住んでいるそうだ。
「・・・さん、覚えてる。小さい頃遊んでもらったのよ」と5年だけ大人になった少女に問いかけた。その子は、「うん」とちょっとだけ恥ずかしそうに首を傾けた。だが、直ぐ母親のスカートの裾をつかみ、隠れてしまった。

 より年少の子は、はじめて見た。可愛い子だった。その年代の子としては、ちょっとだけ肌が浅黒かった。ぼくが見ている視線の先には、店長の奥さんの視線もかすかに感じていた。

「うちのは相変わらず、夜はどこにいるか分からないのよ」と彼女は言った。
「また近いうちに来ると思うので、その時にでも」と、曖昧な返答をしたが、おそらくその機会はないのだろう。電車に乗り、まぶたを閉じた。過去と現在と未来の自分を、どのような基準で計測すればよいのか答えを探した。
コメント
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