問題の在処(28)
メモを手渡された。内容は、同棲中の男女のいざこざがあり、その結果は男性が思い余って女性を刺殺。男性は警察に自分で出頭したそうである。ぼくも、何度も見たような新鮮さのない記事である。
「そうですね、またですか」と、同僚に言ったような記憶もある。しかし、その名前を見てからは、他人事ではなくなった。
男性の名前がA君と同じであったからである。最初に考えたことは、同じ名前の人がいるであろうということと、彼がそんなことをするわけではないという認識だ。
「ちょっと、席を外しますね」と言って、会社のロビーにある公衆電話に向かった。電話をかけるとA君の自宅には案の定、つながらなかった。さらに、B君の名刺を見つけそこに電話をかけた。
「なにか知ってる?」と用件や挨拶もなしに、息せき切って言ってしまった。彼は忙しいながらも相手をしてくれたが、なにも知らなかった。知らなかったので、事件をかいつまんでぼくの方から告げた。B君も驚いたが、ぼくと同じように、「人違いだろ」と簡単な感想を言った。ぼくも、そうあってほしいとは返答したが、嫌な胸騒ぎは消えなかった。
部屋に戻り、知らない振りをしたかったが、そうも出来なかった。だが、急ぎの仕事があったので、そちらに関係する資料を入念に調べた。調べながらも時間が止まってしまったような気もしたし、また時間がいつもより自分の周りを素早く通り過ぎてしまうような不思議な感じも同時にもった。圧倒的な向かい風の中にいながら、耐えられないほど後ろからの追い風の中にもいるような変な対流を感じていた。
今日やるべき仕事を、遅れもせずにこなし、一日が終わろうとしている。さっきの同僚は熱心に取材をつづけ、たくさんの電話をかけていたことも聞こえていたが、進捗状況を訊いてみた。
「なんだよ、急に。いつも、こんな事件に見向きもせずに」
「そうだったけ」とごまかしながらも、彼の眼の隅には好奇心があった。それは、そこはかとないものだった。
状況を確認すると、それは確かにA君のようだった。今の家や、実家などと照らし合わせても、彼に間違いはなかった。だが、なぜそのようなことが起きてしまったことは、まだ分からなかった。
家に着くもニュースにはかからないものが多く、もしかしたら早めのニュースにまぎれ、もう古びてしまったのかもしれない。それで、家の留守電を確認すると、何人からの録音が残っていた。しかし、それは何も教えてはくれなくて、逆にぼくに問いただしているものが多かった。
夜の遅い時間で悪かったが、B君にまた電話をした。
「やっぱり、Aみたいだな」と二人のこころも口調も重苦しく、会話は当然のように途切れがちになった。
「取材が多くなるかもよ。ハイエナのように吸いつかれるよ」
「お前の仕事みたいなところだろ」
ぼくは、返事ができなかった。その通りであるのは間違いはなかった。二人で持っている情報を足しても、なにか発展したものに変わることはなかった。ただ、互いの心配が本物であるということを確認しただけだった。その夜、ぼくは寝付かれなかった。明日のことを考え、憂鬱な気持ちが芽生える。多分、大きな事件ではないが彼の交有関係が調べられ、そこにぼくも浮かび上がることだろう。彼らにとって、取材をする人間が隣にいるわけだ。それを、彼らは得意にしている。
それでも、いくらかは寝たようだ。だが、身体は不自然に重かった。いつものような満員電車に揺られ、頭に入らないながらも文庫に目を通し、いつもとまったく変わらないように努力した。努力をしても、なにかが大幅に変化することはまったくのことありえない。
社に着いた。いつもの座席にすわる。ここだけは、いつも慌ただしい。慌ただしいながらも、ぼくは猛烈に孤独を感じた。大切な友人が、自分から遠く離れてしまった。その前にぼくはなにかが出来た筈かもしれない。自分を責めても仕方がないが、なぜかそうした。そして、隣のデスクには、見覚えのある卒業アルバムがあった。
メモを手渡された。内容は、同棲中の男女のいざこざがあり、その結果は男性が思い余って女性を刺殺。男性は警察に自分で出頭したそうである。ぼくも、何度も見たような新鮮さのない記事である。
「そうですね、またですか」と、同僚に言ったような記憶もある。しかし、その名前を見てからは、他人事ではなくなった。
男性の名前がA君と同じであったからである。最初に考えたことは、同じ名前の人がいるであろうということと、彼がそんなことをするわけではないという認識だ。
「ちょっと、席を外しますね」と言って、会社のロビーにある公衆電話に向かった。電話をかけるとA君の自宅には案の定、つながらなかった。さらに、B君の名刺を見つけそこに電話をかけた。
「なにか知ってる?」と用件や挨拶もなしに、息せき切って言ってしまった。彼は忙しいながらも相手をしてくれたが、なにも知らなかった。知らなかったので、事件をかいつまんでぼくの方から告げた。B君も驚いたが、ぼくと同じように、「人違いだろ」と簡単な感想を言った。ぼくも、そうあってほしいとは返答したが、嫌な胸騒ぎは消えなかった。
部屋に戻り、知らない振りをしたかったが、そうも出来なかった。だが、急ぎの仕事があったので、そちらに関係する資料を入念に調べた。調べながらも時間が止まってしまったような気もしたし、また時間がいつもより自分の周りを素早く通り過ぎてしまうような不思議な感じも同時にもった。圧倒的な向かい風の中にいながら、耐えられないほど後ろからの追い風の中にもいるような変な対流を感じていた。
今日やるべき仕事を、遅れもせずにこなし、一日が終わろうとしている。さっきの同僚は熱心に取材をつづけ、たくさんの電話をかけていたことも聞こえていたが、進捗状況を訊いてみた。
「なんだよ、急に。いつも、こんな事件に見向きもせずに」
「そうだったけ」とごまかしながらも、彼の眼の隅には好奇心があった。それは、そこはかとないものだった。
状況を確認すると、それは確かにA君のようだった。今の家や、実家などと照らし合わせても、彼に間違いはなかった。だが、なぜそのようなことが起きてしまったことは、まだ分からなかった。
家に着くもニュースにはかからないものが多く、もしかしたら早めのニュースにまぎれ、もう古びてしまったのかもしれない。それで、家の留守電を確認すると、何人からの録音が残っていた。しかし、それは何も教えてはくれなくて、逆にぼくに問いただしているものが多かった。
夜の遅い時間で悪かったが、B君にまた電話をした。
「やっぱり、Aみたいだな」と二人のこころも口調も重苦しく、会話は当然のように途切れがちになった。
「取材が多くなるかもよ。ハイエナのように吸いつかれるよ」
「お前の仕事みたいなところだろ」
ぼくは、返事ができなかった。その通りであるのは間違いはなかった。二人で持っている情報を足しても、なにか発展したものに変わることはなかった。ただ、互いの心配が本物であるということを確認しただけだった。その夜、ぼくは寝付かれなかった。明日のことを考え、憂鬱な気持ちが芽生える。多分、大きな事件ではないが彼の交有関係が調べられ、そこにぼくも浮かび上がることだろう。彼らにとって、取材をする人間が隣にいるわけだ。それを、彼らは得意にしている。
それでも、いくらかは寝たようだ。だが、身体は不自然に重かった。いつものような満員電車に揺られ、頭に入らないながらも文庫に目を通し、いつもとまったく変わらないように努力した。努力をしても、なにかが大幅に変化することはまったくのことありえない。
社に着いた。いつもの座席にすわる。ここだけは、いつも慌ただしい。慌ただしいながらも、ぼくは猛烈に孤独を感じた。大切な友人が、自分から遠く離れてしまった。その前にぼくはなにかが出来た筈かもしれない。自分を責めても仕方がないが、なぜかそうした。そして、隣のデスクには、見覚えのある卒業アルバムがあった。