最後の火花 66
わたしは中学校に通うようになっている。段々と個性が目立ち、それを生かす方法も知らないまま毎日を送っている。頭脳の程度を測られ、美醜の採点を男子生徒からされている。ひとはランク付けをされる。柔道やボクシングのようにあからさまな体重別ではない。だが、そのランクによって進むべき学校も決まり、将来の生活環境も選別される。
社会のシステムも教わる。成功しなかった統治形態も学ぶ。大きな終わった文明も教科書に書いてある。その遺跡の写真を見る。父のコレクションしているレコードのようにどれも昔のものだ。わたしにとって。
本の好きな友だちが蟹工船を読んでいる。終わったら貸してくれるそうだ。わたしの家には思想の強いもの、強烈なものはあまりないのかもしれない。過剰な物語への愛だけが強かった。
彼女はわたしの家に遊びにくる。とても色が白くてかわいい子だった。わたしはスポーツをして色が黒くなってしまっている。父は喜んでいるが、母はそうでもないらしい。お手伝いさんが驚くほど食欲もある。
「学校のお昼には、そういう食べ方をしないでね」と、母は注意をする。わたしをバカだと思っているようだ。
わたしは宿題を先延ばしにしてモーパッサンを読んでいる。数行で簡単に別の世界に導いてくれる名人。だが、この楽しみも束の間、学校には定期的なテストがあるのだ。
色白の子のお母さんは小さな飲食店をしている。わたしも大人になって困らないように料理を習えるよう友人を介して説得してもらった。家には内緒だ。放課後や土日にちょっとだけ手伝う。その分の代価としてのご飯をもらったり、お小遣いもくれた。わたしは働く楽しみを知る。そのお金で洋服や小物を買った。自由というのは労働から得たお金のことのようでもあった。
わたしの手際の良さを誉めてもらった。家ではなにもしないと叱られているのに。お手伝いさんがすべてをしてくれる生活では仕方がない。わたしは家のキッチンをつかって、簡単なものを披露した。
「どこで、覚えたの?」と母が訊く。
「学校で」
「こんなに家庭染みたものを学校はつくらせるのかね?」父の疑問はただしい。きんぴらごぼうなど学校では教えないだろう。推理に長けた探偵だ。
父はそれをつまみにお酒を飲んでいる。味付けがちょっと濃いが、その方がお酒はすすむと言った。
「お酒飲みと結婚すると、大変よ」と母は言う。顔はそう迷惑がってもいない。
弟子入りして習得するものもある。お金はもらえないが、その間の衣食住は安泰というものもあった。ひとは職場で一人前にしてもらう間も給料は払ってもらえる、と父は語った。最近の若いもの、という言い方はしない。父は誰かが成長する姿を見るのが好きだった。年賀状の枚数で、その一端を知る。
わたしはラジオを聞きながら勉強する。悪い点でもかまわないという風にはならない。ひとには埋め込まれた戦闘能力があるのだ。上に行きたい。できるだけ上位を目指したい。
しかし、この忙しない日々も数日で終わった。わたしは友人の家に寄り、お昼ごはんをもらう。わたしの無限の食欲を誉めてもらう。友人は少ししか食べない。その後、食器を洗い、キャベツを千切りにした。ニンジンを切り、玉ねぎもみじん切りにする。ハンバーグのもとをこね、金属のトレイに並べて冷蔵庫にしまった。家族の夕飯で合格したら、お店でも使うそうだ。わたしは別のテストをしている。
「試験、どうだった?」
「大体、できたよ」
わたしは階段をのぼり、夕飯前に眠ってしまう。大人になっても受験の苦しみの夢を見ると言っているひともいた。わたしはプールで泳いでいる夢を見た。底は深く、わたしはどこまでも潜れた。水のなかは快適で誰も進路を邪魔しない。水から顔を出す。誰もいなくなってしまっていた。
「ご飯、温まったわよ」母の高貴なる宣言。わたしは顔を洗い下に降りた。妹がお茶碗にご飯をよそっている。
「わたしのもお願い」頼んだら無言でやってくれる。
わたしは点検するように、ひとの味付けを調べる。わたしの舌は子どもであることをやめない。月のなかでも体調が変わる。母と妹は楽しそうに話している。わたしは父と話しが合うようになった。きょうは遅くなるらしい。いろいろと会社には仕事のあとの用事があるらしかった。わたしは勉強から解放されて早く身体を動かしたかった。
父の部屋で勝手にレコードをかける。指紋をつけないようにそっと取り出す。ジャズ・ピアノをかけてモーパッサンを読む。三十分ほどで食べられてしまうものに一生懸命にもなれれば、このようにずっと記録されるものもある。反対に不本意なものが残ってしまう可能性もあった。準備の必要性もあり、一定以上のクオリティを保つのも重要なことだった。
わたしはソファで眠ってしまう。父が部屋に入ってきた。音楽はとっくに終わっている。
「光子も、趣味がいいんだな」とレコードのジャケットを見ながら、そう言った。それから、別のトリッキーなピアノに替えて、ソファの横にすわって耳を傾けていた。
わたしは中学校に通うようになっている。段々と個性が目立ち、それを生かす方法も知らないまま毎日を送っている。頭脳の程度を測られ、美醜の採点を男子生徒からされている。ひとはランク付けをされる。柔道やボクシングのようにあからさまな体重別ではない。だが、そのランクによって進むべき学校も決まり、将来の生活環境も選別される。
社会のシステムも教わる。成功しなかった統治形態も学ぶ。大きな終わった文明も教科書に書いてある。その遺跡の写真を見る。父のコレクションしているレコードのようにどれも昔のものだ。わたしにとって。
本の好きな友だちが蟹工船を読んでいる。終わったら貸してくれるそうだ。わたしの家には思想の強いもの、強烈なものはあまりないのかもしれない。過剰な物語への愛だけが強かった。
彼女はわたしの家に遊びにくる。とても色が白くてかわいい子だった。わたしはスポーツをして色が黒くなってしまっている。父は喜んでいるが、母はそうでもないらしい。お手伝いさんが驚くほど食欲もある。
「学校のお昼には、そういう食べ方をしないでね」と、母は注意をする。わたしをバカだと思っているようだ。
わたしは宿題を先延ばしにしてモーパッサンを読んでいる。数行で簡単に別の世界に導いてくれる名人。だが、この楽しみも束の間、学校には定期的なテストがあるのだ。
色白の子のお母さんは小さな飲食店をしている。わたしも大人になって困らないように料理を習えるよう友人を介して説得してもらった。家には内緒だ。放課後や土日にちょっとだけ手伝う。その分の代価としてのご飯をもらったり、お小遣いもくれた。わたしは働く楽しみを知る。そのお金で洋服や小物を買った。自由というのは労働から得たお金のことのようでもあった。
わたしの手際の良さを誉めてもらった。家ではなにもしないと叱られているのに。お手伝いさんがすべてをしてくれる生活では仕方がない。わたしは家のキッチンをつかって、簡単なものを披露した。
「どこで、覚えたの?」と母が訊く。
「学校で」
「こんなに家庭染みたものを学校はつくらせるのかね?」父の疑問はただしい。きんぴらごぼうなど学校では教えないだろう。推理に長けた探偵だ。
父はそれをつまみにお酒を飲んでいる。味付けがちょっと濃いが、その方がお酒はすすむと言った。
「お酒飲みと結婚すると、大変よ」と母は言う。顔はそう迷惑がってもいない。
弟子入りして習得するものもある。お金はもらえないが、その間の衣食住は安泰というものもあった。ひとは職場で一人前にしてもらう間も給料は払ってもらえる、と父は語った。最近の若いもの、という言い方はしない。父は誰かが成長する姿を見るのが好きだった。年賀状の枚数で、その一端を知る。
わたしはラジオを聞きながら勉強する。悪い点でもかまわないという風にはならない。ひとには埋め込まれた戦闘能力があるのだ。上に行きたい。できるだけ上位を目指したい。
しかし、この忙しない日々も数日で終わった。わたしは友人の家に寄り、お昼ごはんをもらう。わたしの無限の食欲を誉めてもらう。友人は少ししか食べない。その後、食器を洗い、キャベツを千切りにした。ニンジンを切り、玉ねぎもみじん切りにする。ハンバーグのもとをこね、金属のトレイに並べて冷蔵庫にしまった。家族の夕飯で合格したら、お店でも使うそうだ。わたしは別のテストをしている。
「試験、どうだった?」
「大体、できたよ」
わたしは階段をのぼり、夕飯前に眠ってしまう。大人になっても受験の苦しみの夢を見ると言っているひともいた。わたしはプールで泳いでいる夢を見た。底は深く、わたしはどこまでも潜れた。水のなかは快適で誰も進路を邪魔しない。水から顔を出す。誰もいなくなってしまっていた。
「ご飯、温まったわよ」母の高貴なる宣言。わたしは顔を洗い下に降りた。妹がお茶碗にご飯をよそっている。
「わたしのもお願い」頼んだら無言でやってくれる。
わたしは点検するように、ひとの味付けを調べる。わたしの舌は子どもであることをやめない。月のなかでも体調が変わる。母と妹は楽しそうに話している。わたしは父と話しが合うようになった。きょうは遅くなるらしい。いろいろと会社には仕事のあとの用事があるらしかった。わたしは勉強から解放されて早く身体を動かしたかった。
父の部屋で勝手にレコードをかける。指紋をつけないようにそっと取り出す。ジャズ・ピアノをかけてモーパッサンを読む。三十分ほどで食べられてしまうものに一生懸命にもなれれば、このようにずっと記録されるものもある。反対に不本意なものが残ってしまう可能性もあった。準備の必要性もあり、一定以上のクオリティを保つのも重要なことだった。
わたしはソファで眠ってしまう。父が部屋に入ってきた。音楽はとっくに終わっている。
「光子も、趣味がいいんだな」とレコードのジャケットを見ながら、そう言った。それから、別のトリッキーなピアノに替えて、ソファの横にすわって耳を傾けていた。