遺す言葉

つぶやき日記

遺す言葉(323) 小説 川の流れの中の子猫 他 命 すべての命

2020-12-06 12:12:43 | つぶやき
          すべての命(2020. 2.11.9日作)


   この世界 この地球全体を含む
   すべての所 何処を見渡しても  
   見付ける事の出来ない 再び
   造り直す事の出来ない 
   一つの物がある 命
   人の命 すべて 生きる物たち
   それぞれが持つ命 それぞれの命
   他の何処にもない その物だけが持つ
   その物だけの命 各々 それぞれ
   それぞれの生き物が持つ たった一つの命
   だが すべての生き物たちは この世界 この宇宙
   そこに棲息する限り すべての生き物
   動物 植物 魚類 鳥類 昆虫 他 種々 様々 
   その種々 様々な生き物たちの命を それぞれ
   自身の身を養うための糧として
   自身の命に代えながら生きている
   人から始まり 種々 様々 生きる物たち
   それぞれが互いの命を 自分の命の糧として
   生きている
   他の命無くして 自分の命はない
   自身の命はない 生きる物 
   すべてが持つ生の宿命
   他の命の犠牲の上に生きる自分の命
   他の命の犠牲の上に生きる命 なら 人はせめて
   すべての生き物たち その頂点に立つ存在として
   生き物すべての命を無駄にする事なく 命を戴く
   その事への感謝と共に すべての命の尊さ 貴重さ を
   認識 自覚しながら
   すべての生き物たちの頂点に立つ存在としての
   人間 人 その 人が持つ 命 他の何処にもない
   たった一つ その 人の命だけは
   どんな事があっても 奪う事なく
   奪い合う事なく それぞれが それぞれに持つ
   命の尊さ 貴重さを敬いながら 互いに
   手を取り合い 手を差し延べ 助け合って
   生きて行こうではないか この世界 この宇宙
   その中にたった一つしかない それぞれが持つそれぞれの命 の
   貴重さ 尊さ を 自覚しながら・・・・・・ 
   奪われた命の
   再び 戻る事はない 



          ----------------



          川の流れの中の子猫(1)

 少なくともそれまでの京子は、決して、父母と仲が悪くはなかった。むしろ素直で、従順な娘でさえあった。何処か無口で、ともすれば自分一人の世界にこもりがちな所があっても、それは多分に、一人っ子という環境が影響していた、と言う事に違いなかった。幼児の頃からそういう世界に馴染んで来ていたし、その中に、いささかでも暗い影の認められるという事はなかった。父母ともよく談笑したし、父とは殊更、仲が良かった。二人だけで幼児向けの映画を観に行ったり、休日の一日には、遊園地へ行った帰りに小奇麗なレストランで食事をしたりして、幼い京子にはそれが限りない楽しみの一つになっていた。
 そんな父は、幼い娘の京子に華やかな装いをさせ、淑女のように飾るのが好きだった。まだ五歳にも満たない京子に口紅を付けさせ、イヤリングやネックレスなどで豪華な雰囲気を作り出し、真っ赤なマニキュアで小さな指の爪を彩ったりなどした。道行く人々がその可憐で、大人びた雰囲気を漂わせる小さな女の子に思わず賛嘆の声を上げ、振り返って見詰める姿に、父はこの上ない満足感と喜びを見い出しているかのようにも思われた。そしてそれは、京子にとっても喜びであり、嬉しい事だった。人々の視線を集める自分が得意でさえあった。
 母がそんな京子と父の間に入って来る事はほとんどなかった。京子が父と出歩く間も母は家にいた。無論、幼い京子が、それが何を意味しているかなどと、疑ってみる事はなかった。そういものだと信じ込んでいた。
 京子は物心付いた頃から長い髪をしていた。両脇をピンで留め、耳の後ろを通して背中まで届く髪だった。それを父が毎朝、食事の前に丁寧に櫛を入れ、油を付けて整えてくれた。当然、普通の家庭では母親の役目であるべきそういう事に京子の母は、なぜか冷淡で、父のする事を皮肉のこもったような眼差しで見ているようなところがあった。
 父は幼い京子を膝の上に乗せ、力一杯抱き締めては、何かに陶酔するように京子の髪に頬を押し付けたまま、何時までもじっとしているような事がよくあった。幼い京子は初めのうちは苦しくてあまり好きではなかったが、いつしか馴れてしまうとそうされる事に、奇妙な喜びと期待を抱くようにさえなっていた。小さな心のうちに軽い興奮のようなものが沸き起こった。
「京ちゃん、お父さんに接吻してちょうだい」
 父は両手で京子の背中を支え、膝の上に乗せたままで言った。
 すると京子は小さな唇を突き出して、父の唇に押し当てた。
 父はその唇で京子の唇を愛撫するように微かに顔を動かし続けた。
 母が父と幼い娘の、そういう関係を知っていたのかどうか、京子にはそこまでは知り得なかった。父と娘のそういう関係は、いつも父の書斎で行われた。母の視線がそこに注がれていたという記憶は京子にはなかった。ただ、幼い京子には、そんな行為が自分の愛する父との間での二人だけの秘密のようにも思えて、父が帰って来るといつも真っ直ぐに父の書斎へ向かった。
 その京子が徹底的に父母を憎むようになったのは、京子が中学二年生の時だった。その時、京子は春先の悪性の風邪を患って学校を休んでいた。
 もともと京子は華奢な体つきではあったが、芯は丈夫な質だった。それまでにもほとんど病気らしい病気というものをした事がなくて、その時にも「鬼の霍乱(かくらん)だね」と言われた程だった。両親もさほどに心配していなかった。
 それでも高熱は二日程続いた。その間、京子は昼夜を問わず、ほとんど眠って過ごした。奇跡的に熱が下がった三日目になると今度は、終日を眠って過ごした反動で、不眠症にも似た浅い眠りに陥った。体調はまだ、完全に回復して
いなかった。
 そんな中で京子は、悪夢とも思えるような光景を眼にしたのだった。
 真夜中の奇妙な物音に気付いた京子はその音を不審に思い、足音を忍ばせてそっと階段を降りて行った。何かの細いものが鋭く空間を切り裂き、打ち付けるような音は父母のいる寝室から聞こえて来た。
 京子は不吉な事件の予感と共に、息を殺すようにしながら父母の寝室を鍵穴から覗き見た。そして、その時、眼にしたのは京子の想像を絶する異様な父と母の姿だった。



          ----------------


          takeziisan様

          コメント 有難う御座います
          数々の物語をお読みと思われます
          takeziisan様に そう仰って戴けます事を
          大変 嬉しく思います
          今回は晩秋という 何処か物寂しく
          静かな季節に合った物語をと思い
          多くの人の誰もが多少なりともの経験が
          あるのではないかと思われます
          同級生への初恋にも似た 淡い思いを
          テーマに書いてみました
          お読み戴く方のお心に少しでも
          その思いがお届けできればいいと思うのですが

          ブログ 便利ですがわたしはまた
          一瞬の間に消えてしまう事の恐ろしさの方を
          より心配しています 体 頭脳の元気なうちに
          改めて書物にまとめる機会があればいいが とも
          思っています
          川柳 何篇かに噴き出しました
          今後に御期待しております
          落ち葉の並木いいですね 山茶花と思われます赤   
          黄色はなんの花でしょう
          「ボクの伯父さん」ジャク タチ 
          わたくしの頭の中には喜劇といえば
          チャップリンがありますので 以前この映画を
          観た時 なんとなくその演技にわざとらしさ
          笑いを取ろうとするわざとらしさを感じ取って
          興ざめした記憶がありますが 今改めて
          見直した時に いったいどのように
          反応します事か
          「十三人の刺客」も同様で
          東映映画で観た時には その構成に何か
          まどろっこさを感じて途中で観るのを
          諦めてしまった事があります
          俳優もNHKのものとは多少 違っていたように
          記憶しています
          今回もいろいろ楽しく拝見させて戴きました
          有難う御座います



          hasunohana1966様

         何時も有難う御座います
         今回のブログ とても興味深く
         読ませて戴きました
         会話は常に滑らかでなければ
         なりませんね 相手との感情が
         縺れてしまいます
         日本の英語教育 わたくしは詳しくは   
         知りませんが 会話の出来ない
         英語教育だと言われていますね
         それこそ 会話は文法や知識だけでは  
         成り立ちませんですね 何よりも
         心が大事 頭でっかちは何事に於いても
         いけないようです
         今後もこのテーマに関してお書き戴けるとの事
         心より御期待しております
         有難う御座いました

    
        

          
   
 
 
 
 

  
 
 
 
 
   
   
   
   
   
   
   
   
 


1 コメント

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Unknown (桂蓮アップルバウム)
2020-12-06 13:29:33
養老さんが、解剖学かのなんかの本で
>奪われた命の
再び 戻る事はない <
ようなことを書いてましたね。
なぜ、人を殺してはいけないかとの質問に
全く同じ人を二度作れないから
と答えてましたね。

一時期、バカの壁の本を読んで
彼の本を全て揃った時期がありましたね。
ですが、彼が持つ韓国人への偏見は
私からみて、全くの偏見であったから
彼の本を読まなくなりました。

本を書く人、偏見を煽ってはいけませんよね。

正直、私は小説より
たまさ様が文頭で書く詩が好きです。
訴える何かがあるのに
詩特有の自惚れ感が無いからです。

多くの詩は
私だけ感性的だと言っているようで
人の感覚を馬鹿にするような
表現様式がありますよね。
あれはいくら立派な詩でも
読んで嫌な気持ちしかのこりませんよね。


ところで人との会話ですが、
滑らかさも大事ですが、
それだけが先走っても
話になりませんよね。
でもまあ、塾を15年経営してた経歴があるので、
英語教育などはこれから
掘っていこうと思ってます。

興味を持てたのこと、嬉しい限りです。

ところで、
ここ、今日は変な天気でした。
朝、バレエスクールに行く道では
雨が雪に代わり、
スクールがあるカントンでは
大きな粒の雪の嵐だったのに
家が住んでいるグランビーでは
雨になってました。
傾斜がある地域によって
同じような時間帯でも
雨、雪だったりしますね。

最近は土曜もバレエレッスン受けているから、
日増しに進歩している感じです。
いつか、自分が設定した目標に達したら
写真などアップする予定です。
その時まで、元気に生きていてくださいね。
ですが、バレエは
例え、アラベスク一つのポーズを完璧にするためにも
最低、3年はかかります。
バレエのポワントシューズを履けるようになるにも
先生が判断することで
それにも最低、4年くらいはかかります。
もしくは、永遠に履けるレベルに達することも
できないかもしれませんけど。

兎に角、バーのレッスン(バーに手をおいて基本動作を演習すること)は
以前より、確実に進歩しました。
間違わないでやれますからね。


バレエを本格的に始めたのも去年からですので、
自分が設定した目標に達するのは
恐らく、2年?あるいはもっと?
でも諦めずに
動作一つ一つを誤魔化さないように
頑張っています。



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