突然、静寂の車内で「日本は……」と、低音だがドスの利いた男の声が全体に響き渡った。
すぐに声の主のほうを振り向く者、睡眠中に起こされ辺りをキョロキョロ見回すもの、
気づいたがしばらく静観しようとしているもの、など様々だ
私は、後者だった。五秒後、人と人の頭の間からそーっと盗み見た
おそらくこの男だろうと目星をつけた
目尻が下がり気味で露木さんのようにも見えたし、アニキンのようにも見えた。
全体に風采の上らなさそうな風体の男であった。
今、考えられない事件が当たり前のようにして起こる昨今、ふと、私は考えた。
この男がこの満員電車の中で突然ナイフを取り出して暴れだしたら……、なんて思ったらゾーっとした。
結局、言葉はそのセリフだけだった。――一体、何を言いたかったんだろう？――
電車は、とどこおりなく終着駅池袋に到着した。
