ではないような気がする。妻の用事、妻の楊枝、爪の楊枝、爪楊枝。
楊枝を使う人に、若い人はほとんどいない。中高年以降?
若い人の間に流行してくれれば大きい顔もできるのだが、常用する阿仁金にとって肩身の狭い思いをすることも、ままある。
彼は、その使った楊枝を再度洗って使用する。なかなか、洒落たことをする御仁なのだ。
ある日、吉野家の牛丼を食べていたときのことだ。一時間かけてやっと食べ終わった後の憩いのひとときを、煙たそうにして見守る従業員の視線をものともせず、妻の虹子から借り受けた爪楊枝を、大事そうに小銭入れから取り出し、歯に挟まった狂牛病の肉の掃除を始める。ところが、歯間に入れたと思った楊枝の先は歯茎にグサリ。口の周りを血だらけにし、やっと取れた滓(カス)を見ながらニタっと笑う。が、そのとき、感覚を失った彼の指は楊枝を弾いて肉の滓を飛ばしてしまった。それは、彼の前で、抜け落ちたと思われる頭頂部から異様な光沢を放ち、貪るようにして食べるヤクザ風の男の牛丼の中に、、、、、ポトッ、と軟着陸。何事も無く、男は食べ終わり出て行った。
歯間にはさまった滓(カス)を、排除するために使うものなのに、彼は取った滓を、また口の中に入れて食べてしまう癖がある。さらに圧巻は、取れた滓を一回外に取り出し、四方八方から眺め、それを味わうのも趣味としている。その後、何食わぬ顔でいるのが脅威だ。
僕は、若ぶる本物の年寄りに忠告するのは忍びない、と、いつも忠言するのを憚っている。きっと、僕の言葉には耳を貸そうとしないだろう。
でも、僕はそんな自然体の阿仁金さんを尊敬している。