フィクションとノンフィクションの狭間が面白い
『ヒトラーの試写室』は、1937(昭和12)年、俳優志望の夢破れた柴田彰は、偶然、知り合った円谷英二の下で日独合作映画『新しき土』の特殊撮影に従事する。その後、彼らが手掛けた『ハワイ・マレー沖海戦』(42)の特撮技術の優秀さに、ナチスの宣伝相ゲッベルスが目をつける。映画による人心の掌握と統制を進めるゲッベルスは、柴田をベルリンに招聘し、タイタニック号の航海を描く映画の特撮シーンの担当を命じるが…という歴史秘話もの。
序文に「この小説は史実から発想された」とある。ドイツが戦中にタイタニックの映画を作ったことは知っていたが、そこに日本人が絡んでいたとは全く知らなかった。まずは、その点に興味を覚えさせられる。そんな本書のユニークな点は、伝説の尽きない円谷はもとより、ヒトラーの腰巾着的なイメージが強く、単に映画をプロパガンダに利用したと見られがちなゲッペルスの、“映画狂”としての側面を描いているところだ。
また、原節子との絡みなど、創作した部分も多々あると思われるが、オレのような映画好きにとっては、当時の日独の映画界や特殊撮影の舞台裏などを垣間見ることができるという楽しみもある。最後まで読むと、円谷、ゲッペルスという対照的な人物の下で特撮製作に従事した柴田のモデルは一体誰なのだろうかという興味が湧く。
片や『ジェームズ・ボンドは来ない』は、瀬戸内海に浮かぶ直島に、映画『007/赤い刺青の男』のロケを誘致する…、という突拍子もない実話を小説化したもの。こちらの話については、そんな事実があったことは全く知らなかった。
さて、映画にまつわる実際の出来事とフィクションを巧みに織り交ぜるという手法は『ヒトラーの試写室』と同じだが、こちらはヒロインの高校生を中心に、島民たちの姿をコミカルに描いた群像劇として読ませる。また、映画好きにとっては、サイドストーリーとして、007シリーズの変遷が語られるところも楽しい。どちらも、フィクションとノンフィクションの狭間の中で、何かに熱中していく人々の“狂気”を描いているところが面白かった。