故郷の山に建設中の第二東名。
直ぐ脇の茶園。すごく丁寧に刈り込まれて、綺麗に手入れされているでしょう!
私の故郷静岡県の愛鷹の風景です。
私の両親もここで、百姓として、一生を終えました。
44年前、私の父は、この付近で、一人で、みんなのために、道路を補修している時に、脳卒中で倒れました。
たまたま通りかかった同級生に発見されて、自宅に運ばれましたが、その夜に46才の若さで亡くなりました。
子供たちにミカンを腹いっぱい食べさせたいと、みかん畑を開墾した父。志半ばで、さぞかし無念だったことでしょう。
父亡き後、身体を小突いて、農地を守った母を思うと、涙が止まりませんでした。
20年前に、67才で倒れるその日まで、炎天下の茶畑で重いお茶の袋を担いでいた母の姿が、茶畑の中にありました。
炎天下父をしのびをり茶の畑
17才の時私の詠んだ拙い句です。
亡き両親もこの風景には驚いていることでしょう!