
大明小路の西側に旧岩国七町、その反対の東側には錦帯橋バスセンターから岩国小学校まで、大明小路と平行した広い道がある。城山から眺めると、町中をつらぬく白い線なのでよく分かる。この道が完成したのは昭和30年代の初めころと記憶している。当時は道幅の広さに驚き、この広い道を何が走るのか、そんな心配をしたものだ。この道が作られるとき椎尾八幡宮の一直線で上っていた石段が屈折した今の様子に変わった。
この道が出来るまでは、大名小路がメイン道路で全ての車が走っていた。この通りには昭和24、5年ころまで市営バスの車庫があった。エンジン部分が鼻のようにバスの前部についているボンネットバスが車庫に入っていたのを思い出す。
便利で大きな道が出来ると、旧町屋とは違った街になる。錦帯橋バスセンターを始発点にして老舗の土産店、高い屋根のGS、大きな病院、観光客も立ち寄る料理屋のビル、郵便局まで建て変わった。車道に接する民家の塀は高いブッロク作りに、交番の名称も錦帯橋交番と観光地PRに一役かっている。道が完成したとき設けられた私鉄バスの広い車庫は、駐車場などに変わって二十年以上たつのではなかろうか。
この道路のバイパス路が完成したのはいつだったか、30年も前だろうか。そのため交通量は大幅減となり見た目の賑わいは落ちた。町の小さな食堂も複数件消えたのはバイパスのためだった、ときどき思い出す。
新しい通り、といっても50年以上過ぎた。廃院となった小児科医院の跡地はこの夏も雑草が茂っていた。人口も逓減状態の町並みに新しい風はなかなか届かない。