もう一昔も前の事ですが、私は生意気にも「着付けの先生」でした(笑)。着物が大好きで、春夏秋冬、毎日着物を着て過ごしていた時期もありました。毎年の成人式は早朝から目の回るような様な忙しさで、それでも一番華やかな姿を一番最初に見られる幸せが何より嬉しかったものです。親友のお嬢さんたちの成人式・・これが最後の着付けになりました。
この後に難病を患い、以後「着付けの先生」も出来なくなり、箪笥二棹に収納された着物も帯も、箪笥の肥やしになりつつあります。 それでも、着物に関わるものはやっぱり好きで、機会があれば訪ねずにはいられません。
中能登町能登部下134部、中能登の伝統産業である能登上布の保存と継承のため,1996年に建てられた「能登上布(のとじょうふ)会館」。見学が可能と言う事で訪問させて頂きました。
「上布(じょうふ)」とは、麻織物の最高級品に贈られる称号。越後上布・近江上布などが有り、中でも「能登上布」は盛夏の着物生地の中では最上級とされています。「蝉の羽」とも形容される独特の透け感と、手にした瞬間の不思議な軽さ、心地よい手触り・・・・
いくら着物が好きでも、庶民の私には到底手の届かない・・・多分一生縁の無い、憧れの着物地。その美しい着物が目の前に・・でも、うっかり何かあったらと思うと、触れようと伸ばしかけた手も竦んでしまうのです。
2000年の歴史を持つ「能登上布」。はるか昔、『崇神天皇』の皇女『沼名木入比売命(ぬなきいりひめのみこと)』がこの地に滞在した際、野生の真麻を紡ぎ、自ら機を織ってこの地の女性に教えた事に端を発すると伝えられています。
上布会館では、実際に糸を紡いだり機織をされている様子を見せていただく事が出来ました。 長年憧れて、そのお値段ゆえに結局我が物にする事が叶わなかった夏の一張羅・・・
それを生み出す人の手はしなやかに力強く確かで、1枚の着物となるまでその過程を何千回、何万回と繰り返すのです。
細い細い縦と横の糸が、機織の上下と共に独特の柄を浮かび上がらせ、やがて一枚の布に変わってゆく・・・それは言葉を忘れるほどに感動的で・・。何時まで見ても見飽きませんが、いくら自由な旅とはいえやはり時間の制約はあります。 そろそろ引き上げなければ、完全に吹っ切れた着物への未練がまたぞろ頭をもたげそう(笑)
考えてみたら、いまだから「ああ、やっぱり欲しかったな」で済んでいるのです。 これが現役の頃なら・・・家中の豚さんが粉々になって、それでも足りなくて泣いてたでしょう(笑) 美しいものを美しいと愛でられるうちに、能登上布で目の贅沢ができたこと。最高に満ち足りた一時でした。
訪問日:2011年10月18日