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交流

『タイムライン』

2009-07-12 10:10:00 | 徒然なるままに
コーチングの3回目。今回は、『タイムライン』というスキルを学んだ
『ゴール』(目標)に向かって、順序だてて計画を立ててさまざまな問題を解決していくと言う方法が一般的なのだが、今回の『タイムライン』は、逆行して行くやり方だ。
まず、最初にクライアント(相談者)を『ゴール』地点に立たせてみる。
「目標を達成できた今、あなたにはどんな光景が見えていますか?」
「そこでは、どんな音が聞こえていますか?」「今、あなたはどんな気持ちですか?」
というような質問をし、思う存分、『目標達成』の気分を味わってもらう。

次に、その『ゴール』に辿り着く直前はどこにいるか?何をしているか、そのときの気持ちは?というように、『時系列』を逆にたどっては、その地点とそのときにやっていること、その場の気持ちをシュミレーションする。
そのとき、実際に、ゴールとスタート地点の部屋の中での立ち位置を決め、見えない『タイムライン』上に立ち、『その時』が、そのライン上のどの位置にあるのか、確認しながら実際に立ってみることがポイントだ。

そうやって、ついに『現時点』に辿り着く。
実際にいろいろな『分岐点』に立ってシュミレーションしてみた後に、『現時点』に立ってみると、これからどんなことがあるのか、今からやらねばならないことがはっきりしてくる。
でも、『現時点』=『スタート地点』ではないのだ。
スタートはゴールに向かって走り出す場所。
その『ゴール』は、『いつか叶う夢』ではなく、『いついつまでに叶える夢』なのだ。
『ゴールの時』が決まっている以上、『スタートの時』は早い方がいい。自分のペースで確実に問題を解決しながら、必要な準備を整えていくためにも

その時、どう動くか。
いつから始めるのか。

先日、3年生の授業で早速実践してみた。
「来年の今頃、何処の高校の制服を着て、どんな教室で、どういう高校生活を送っているのか、想像してみよう」
「もうすぐ高校総体、まだ1年生だけど、憧れの甲子園に向かって、コンクールに向かって頑張っている?夏休みのアルバイトの計画を立てていたりする?」
「今は4月。志望校の入学式。どんな気持ち?新しい友達はできそう?どんな高校生活を送りたい?」
「今は3月。中学校の卒業式。高校合格も決まった。みんなと一緒にいられる日も今日だけ。どんな気持ちでこの日を迎えている?」
「今は2月。毎日のように入学願書提出、試験、面接、合格発表、手続きに追われ、月の半分も学校には来られない。特色選抜の合格発表。クラスの半分以上合格して私立高か公立高か行き先が決まっている。でも、クラスではインフルエンザが大流行。公立の一般入試は近い!今の気持ちは?」
「今は1月。新年が始まった。いよいよ私立前期試験と公立の願書提出が始まる。周りは一喜一憂。でも、『本番』はこれから。風邪が流行りだしてきた、今の気持ちは?」

その後は文化祭、体育祭、総体など、すべての行事に『最後』が付く3年生に、これからの日々をどんな気持ちで過ごし、最高の卒業式に向かって、これからやるべきこと、今しなければならないことを考えさせた。

美術の時間ではあるが、皆、真剣に聞いてくれ、この話の後に取り組ませたBOX ARTのテーマ決めと下書きは、なかなかの反応だった。

私も、
人生の目標、
80歳までの目標、
70歳までの目標、
60歳までの目標、
50歳までの目標、
今年度の目標、
今年の目標、
今月の目標、
今週の目標、
今日の目標に向かって、スタートを切らねば!

ちなみに今日の目標は、
夜の10時までにやることをやって、『天地人』を見る!
22:00採点を終えている
20:00夕飯の片づけを終えている。
19:00夕飯のしたくを終えている。
18:00衣替えと掃除を終えている。
15:00庭木の剪定を終えている。
12:00庭の草取りを終えている。

やることはいっぱいだ・・・*(汗)*
これをアップしたら、さあ、動くぞ~*(ダッシュ)*

PANDEMIC(パンデミック)~『感染列島』を見て~

2009-07-12 09:14:00 | 徒然なるままに
『感染列島』という映画を見た。(DVD)
今年のインフルエンザ騒ぎを予告するような映画だった。
http://kansen-rettou.jp/

新型ウィルスで恐ろしいのは、
感染源が特定できない、
感染経路が分からない、
予防策が分からない、
治療法が分からない。
ということだろう。

でも、それより恐ろしいのは、『流言飛語』だと思った。
憶測や根拠のないうわさが広まり、それによって、パニックが起こり、残酷な群集心理の犠牲となって、追い詰められて亡くなって行く人たち。
真実が解明されたときは時すでに遅く・・・。
まさに『人災』だ。

パニックを起こさないためには、何よりも、冷静な判断が大切なのだが、人の生き死にが関わってくると、その場にならなければ、誰も自分がどういう行動を取るのか分からないだろう。

群集心理は、誰かをターゲットにして、責任をその人に擦り付ける。
群集心理は、我先にと我が身を守ることを優先して、ルールもマナーも完全無視する。
そういう中で、小さい人や弱い人、老いた人が犠牲になっていく・・・。

シーンの中で、少しでも生存の可能性が高い人を助けるのが優先、との判断のもと、医師自ら小さい子どもの呼吸器の管をはずすシーンがある。
ところが、はずされた子どもの死亡が確認された後、取り付けたばかりの人も亡くなってしまう。
次々と同じ方法で、亡くなった人々の数を告げられた指示を下した医師が、泣き崩れるシーンが印象的だった。

最後にその医師が感染してしまった自分の身体を実験台として提供し、最後の望みの治療法にかけるシーンには涙が流れた。

その医師が、医者を目指した理由を語るシーンで、紹介した言葉が印象的だった。
『たとえ世界が明日滅ぼうとも、今日君はりんごの木を植える』


エンディングに流れるレミオロメンの『夢の蕾』も心に沁みた。


今年、5月に猛威を振るった新型インフルエンザ。
タミフルが効かないとの情報や、冬の風邪のシーズンには更にパワーアップして流行するらしいとのうわさも流れている。

とにかく、夏場のうちから予防(うがい・手洗い)を習慣化し、冬までに、病気に負けない気力と体力をつけておくことが大切だと思う。

去年の高校受験期、何人もの生徒がインフルエンザで大変な思いをした。ワクチンを打っていてもダメだった。
ウィルスだから、感染したら仕方がない。でも、罹らない人もいる、罹っても回復の早い人もいる。
『抵抗力』の差だと思う。充分な睡眠・栄養をとっているか、体力も関係している。
規則正しい生活、バランスのいい食事、基礎体力作りが、うがい、手洗い以上に予防となり、それでも入ってきたウィルスと戦い抜く力となる。

映画の中で、自分も癌を患っている身体で、ウィルスの源を探り当て、その分離法を発見いた医師が言うセリフに考えさせられた。
「ウィルスはそんなに悪いものなのかね?」
「ウィルスと共に生きる道はないのだろうか・」
「ウィルスも人間と同じだ。
宿主を殺したら自分も死ぬのに、それでも宿主を蝕もうとする。」
「消毒、抗生物質の使いすぎで生き物(微生物)もいないで死んでしまった土・・・。そこで養殖されている生物(海老)を我々は食べているんだ・・・」

人間は、文明、化学、医療が進んで、便利で快適、薬のおかげで長寿を得られる世界を獲得してきた。
でも、果たして、その分、人間は『強く』なったのだろうか?
電気がないと何もできない、生み出せない、体温調節することさえできない。
遠くのものを見たり、かすかな音を聴いたり、風の向き、匂い、湿り具合など肌で感じ取ることは?日の出とともに起き出して、日の入りとともにその日の仕事を終えたり、徒歩で目的地まで旅をする体力は?
五感が衰えた人間は『第六感』も働かない。
無気力、無感動、無表情な人間が多くなっているのでは?


日本人は、暑いときは暑いなりに、寒いときは寒い鳴りに、風土を生かした生活をしてきた。
米のとぎ汁や藁まで捨てずに使い切るエコロジーな民族だったはずだ。
今はどうだろう?資源を無駄遣いし、出したゴミの処分に困ってはいないか?
便利な生活と引き換えにに失くしてしまった物はなんだろう・・?


医学の発達で、原因不明の病気が判明し、治療法も見つかって、昔だったら助からない命も助かるようになった。
でも、それに頼りすぎて、人間は自分から、抵抗力も、体力も自然治癒力も、回復力も衰えさせてきてはいないだろうか・・・。
医師は、
『俺の身体に癌はいる。俺と一緒に生きている』
と言った。
昔から『一病息災』という言葉がある。
病気とともに生きると言う覚悟と許容力で、『気に病んで』ストレスを抱えて生きるより、ずっと人間らしく生きられるのではないだろうか・・・。

映画を見ながらそんなことをつらつら考えていた。
それにしても、『医師不足』が叫ばれている昨今、医療現場に携わる方々のご苦労と覚悟、志の高さには本当に頭が下がる。
教育現場も同様だが、自分の健康を害し、家族を犠牲にしてまで貢献する姿は素晴らしい。が、やはり、『医者の不養生』では、本当に力を発揮しなくてはならないときに、無念な結果になりかねない。
『体が資本』。暑い夏を元気に乗り切り、パワーアップするだろう新型ウィルスを迎え撃つべく、体力作りを頑張ろう!