「結婚しょう!」と言いだすこともない日々をつづけ、その間いくどか中絶をさせた。
そして、「これ以上は母体に異常をきたし二度と子どもが産めなくなるよ」と、医者に注意された。
〝いまのままではだめだ。何とかしなくては。
しかし、定職に就いていない俺では…。
あいつを水商売でよごれさせている俺だ。
あのこと以来なにをやってもうまくいかない。
なんど転職しただろうか。いまじゃ、アルバイトの毎日だ。
いまは、なにに対しても情熱が湧かない。ヒモ同然の生活だ〟
しかし焦ればあせるほどに、両手から水がこぼれおちる。
こぼれおちた水は大地に吸いこまれて、二度と男には見つけることも触れることもできない。
幾人かの友人の伝手をたよって就職活動を行ってみるが、職を失った理由を詮索されてはいかんともしがたい。
男の不手際から会社に損害をあたえ、落伍してしまった。
「待っててくれ。きっと、舟を探してくる」と言いのこしはしたものの、当てはない。
逃げ出しただけかもしれない。しかし探さねば! と、男は思いつづけた。
「ネエ、おじさん。なに考えてるの?」。不満気に娘(少女とはもう呼べない)はたずねた。
「ああ、ごめん。ちょっと、ね」
「おじさん、寒くない? マントを一緒にしようか? 暖かいよ、とても。
うん、そうしよう。」
娘は男のへんじをまたずに首のボタンをはずし、男の肩にもかけた。
そして左手を男の腰にまわすと、ピッタリと寄り添った。
男は苦笑しながらも、娘のその思いやりに頬がゆるんだ。
「ありがとう」
「いいのよ。だけどさ、あたいたち、どんなふうに見えるかなあ。
おやこ? だけどあんがい、フフ、恋人に見えてたりして。フフフ」
娘ははしゃいでいた。はしが転がっても笑いだす年頃なのだろうか。
しかしときおり見せる妖艶な目つきに、男は衝動を感じる。
その度に、強く戒めた。
しばらく沈黙をつづけながらネオン街をあるき、歓楽街のはずれにある屋台でラーメンをすすった。
さかんに「おいしい、おいしい」と嬌声をあげながら、パクつく娘だった。
体も温まり、またふたりして当てもなく歩きはじめた。
五分ほど歩いたろうか、とつぜん娘がみじかく言った。
「ホテルに行こう!」
「いや、帰りなさい。送って行こう」
男は予期していたかのごとくに、前を見たまま強く言いはなった。
娘は立ち止まり、じっと男をにらみつけた。
それは妥協を許さない強い目だった。
男がいくら説得しても、ガンとして動かない。
男は、困惑しつつも悪い気はしなかった。
「わかった、わかった。仕方がない。
丁度あそこにホテルが見える。今夜はあそこに泊まろう」
娘は目をかがやかせてすこし先のホテルへと、男の手を引っぱって走った。
男はむすめの本心をはかりきれずにいた。
こうなることを期待しつつ声をかけはしたが、娘と接するうちにそんな自分に嫌悪感をいだきはじめた。
しかし物おじせずに部屋のドアを開けるむすめを見て、男はつくづく世代間の差を感じた。
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