七
「大正解だ。小夜子は、勘が良い。
大抵の女は、まだ意味が分からんものだが。
うんうん。しっかりと勉強しているみたいだな。
これなら、将校相手でも会話できるかもな?」
相好を崩して手を叩く武蔵に、他の客たちの視線が一斉に集まった。
「こりゃいかん。どうも、お騒がせしまして、申し訳ありません。
ワイフの英語上達に、つい……。」
深々とお辞儀をしてトイレへと入り込む武蔵に、
「お父さん、ワイフってなによ!
お嫁さんにはならないって、言ってるでしょうに。」
と、小声で言う小夜子。
しかし武蔵は、まるで口笛を吹きながらのような軽い足取りで意に介さない。
「言った者勝ちさ!」
席に戻った武蔵に膨れっ面を見せながらも、目が笑っている小夜子だ。
「もう、お父さんったら!
口、利いてあげないから!」
「そんなこと言うなら、ジャズ演奏、連れて行かないぞぉ、だ。」
「ずるぅい!約束してる、じゃない!」
「ハハハ、口、利いてくれたな。俺の勝ちだ、ハハハ。」
八
ますます頬を膨らませて、まるでおたふく顔になる小夜子だ。
「鏡で見てみろ、面白い顔してるぞ。」
今夜の武蔵は、小夜子をからかうことを中々止めない。
普段ならば
「降参、降参だ。
小夜子に口を利いてもらえないと、俺、死んじゃうぞ。
勘弁してくれ、俺が悪かった。」
と、平謝りする。
面食らってしまった小夜子だが、今さら振り上げたこぶしの下ろしようがない。
と、みるみる目から大粒の涙が溢れ出した。
「お父さん、きらい!」
初めは微笑ましく感じてにこやかに見ていた周りの客も、
小夜子の涙を見たとたんに、そこかしこで囁き始めた。
「やりすぎたか? 形勢逆転だ。
逆転満塁ホームランを打たれた。
すまん、すまん。
度が過ぎたな、こりゃ。
いやどうもどうも、皆さん失礼しました。
泣く子と、地頭にゃ勝てません。」
再度、満座に対し頭を下げた。