「もういいよ」
「はい」
いつもなら反発の声を上げる早苗が、素直に頷く。しかし席を立つわけでもない。
「ホントに、いいから。一人で食べるから」
「はい。呼ばれたら、すぐに来ます」
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「何だ! どうして、ここに居るんだ!」
「馬鹿っ!」
ひと言叫んだ早苗は、彼を力任せに突き飛ばした。
人違いされたことに気付いた早苗は、みるみる目に涙を浮かべた。
「やっぱり、真理子さんと。一緒に、暮らしてるんだ!」
早苗は、彼の胸を激しく叩いた。
「違う! ホントに、真理子さんは居ない! 勝手な想像をするな」
早苗の腕を掴んだ彼は、何とか冷静さを取り戻させようと、早苗を抱きしめた。
早苗は、彼 . . . 本文を読む
「お爺さま、ただいま。武士です。孫の、武士です」
茂作の背に手をかけようとした彼だったが、その手は茂作に拒否された。信じられないことだが、早苗の後ろに回り、彼の手を払いのけたのだ。 . . . 本文を読む
「おおっ、初江さん。初江さん、初江さん」
廊下を四つん這いになりながら、茂作が早苗に声をかけてきた。
早苗は茂作の元に駆け寄ると、
「お爺ちゃん。私は、早苗だよ。初江は、お母さんじゃないの」
と、茂作の背中に手をかけた。
「ええっと。そこにお見えになるのは、どなたですかな?
ああ、この方のご主人ですかな?
ご主人、この方に言って聞かせてくださいな。
何度お願いしても、私のお金を返してくださら . . . 本文を読む
その夜、真理子の母親が彼の元に訪れた。眉間にしわを寄せて、彼に詰め寄った。
「武さん。どうして、真理子と一緒に帰ってくれないの。いえ、どうして知らせてくれなかったの。あなたのアパートに、真理子は居るんでしょ!」 . . . 本文を読む
「でも。それがどうして、僕なの?」
「タケくん。この間帰省した時に、真理子ちゃんと‥‥」
一瞬、彼は蒼ざめた。
「良いのよ、この事は誰も知らないから。そんな事で、責任を取る必要はないの。合意の上でのことでしょ?」
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何かしらぎこちない空気が流れた。高木も、「一人か?」と尋ねてきた。どうして一人で帰って来た事を気にするのか、どうにも彼には理解できなかった。問い質したいという気持ちはあるのだが、触れてはいけないような気もしていた。
「じゃ、また」
「おう、またな」 . . . 本文を読む
タケくんへ
元気でいることと思います。そちらは、どうですか? こちらは、まだ残暑が厳しいようです。
お母さんは、あなたを信じています。だから、二人で帰っていらっしゃい。
こそこそするのは、それこそ男らしくありませんよ。とに角、帰ってらっしゃい。 母より . . . 本文を読む
「今夜の耀子さんは、おかしいですよ」
彼の首に巻き付いてる腕をほどきながら、耀子の目を見つめた。
しかし妖艶さを漂わせているその目は、容赦なく彼を責め立てた。
「女にだって、性欲はあるのよ。
のぶこのおかげで、体の火照りが止まらないの。
ミタちゃん、お・ね・が・い。鎮めさせて」
言うが早いか、耀子は体を入れ替えて馬乗りになった。
そして彼の指を口に含んだ。
艶めかしく動く舌先が、彼の指先を弄び . . . 本文を読む
短い文面だった。
耀子らしいと言えば、これ程如実に性格を現していることはない。
サッパリとした性格で、即断即決をモットーとしていた。
善悪二元論を唱えて、単純明快な生き様をしている耀子だった。
〝何だろう、今頃。大会出場の件は、話がついてるのに。まさか、出場しろなんて〟
訝しく思いつつも、電話ボックスから緊急連絡用にと教えられた番号に電話をかけてみた。
「は~い。ただいま、留守にしています。メ . . . 本文を読む
たけしお兄ちゃんへ。
お元気のことと思います。
気になることがあり、お手紙を出します。おばさんのことで、悪い噂が立っています。たけしお兄ち
ゃんがそちらに戻られた翌月から、毎月男の方がおばさんを訪ねてみえます。 . . . 本文を読む
(百九十一)
彼は、ひと言も発することなく聞き入った。彼の母親にも通じる苦労に、言葉が出なかった。牧子は、彼の手をしっかりと握りしめて、話を続けた。
母の復讐心というのは、そんな苦労のせいじゃないの。お祖父さんの、毎晩の愚痴なの」
『おまえのせいで、息子は死んだんだ!』
『おまえが来てから、婆さんの気苦労が始まった。それが高じて死んだ!』
「それが、毎晩のように続いたの。殴られたことも、あっ . . . 本文を読む