「おかえりなさいませ、小夜子さまあ!」
タクシーが止まると同時に、どっと迎えにでてくる。
そして「うわあ、この方が勝子さんですか? おきれいだわ」と、歓声があがった。
「竹田さんのお姉さん、なんですね? はじめまして」。
「竹田さんが自慢するだけのことはありますね」。
みなが、口々にほめそやす。
「おお、これはこれは。いずれがアヤメかカキツバタですな。実にお二人ともお美しい」と、押っ取りかだなで出てきた五平もまたほめことばを口にした。
そのうしろに、頭をかきながら照れくさそうにしている竹田がいる。
そしてそのまたうしろから、竹田の影にかくれるようにしている山田がちらりちらりと盗み見をしている。
「おーい、ぬけがけは許さんぞ!」と大声を張りあげて、服部が出てきた。
そのことばに、顔を真っ赤にしたまま、その場に立ちすくむ勝子だ。
“ほんとだったの? 勝利のいってたこと、ほんとなのね。
こんなあたしをもらってくださる殿方、ほんとにいるのかも”。
あたしなんか……と、なかば自暴自棄な思いにとらわれていた勝子の中に、むくむくと生に対する執着心が強まってきた。
と、「小夜子さん。あたし、あたし、ちょっと、その……。なんだか、胸が、ちょっと……」。
激しい動悸にみまわれて体から力がぬけはじめ、立っていることさえままならなくなってきた。
恥ずかしさからくる胸の動悸だと軽く考えていた勝子だが、息苦しさが伴いはじめて、そこでやっと尋常ではないことに気づいた。
「大丈夫? 勝子さん、しっかりして」
へなへなとその場にへたりこんでしまった勝子に、小夜子もまた容態の悪化に気がついた。
体を支えながらて、「勝子さん、勝子さん」と声を何度もかけた。
「濡れタオルを持ってきて、竹田! だれか、病院に連絡して! 急ぐのよ、急ぐのよ!」
早晩この事態がくるとは思っていた。
しかしこんなにも早く、しかも今日の晴れやかな日にくるとは思いもしなかった。
“どうして、どうして!
神さま、ひどいじゃないの。こんな楽しくすごしている日に、こんな仕打ちをするなんて。
間違ってるの、あたしが? やっぱり、おとなしく静かにしているべきだったの?”
「くれぐれもお願いします。とつぜんに襲い来るかもしれません。
なにかのきっかけで、興奮状態におちいった折が一番あぶない。
もう肺だけでなく、心の臓もかなり弱っていますから。
静かな日々を送っていれば大丈夫でしょうが、喜怒哀楽のすべてにおいて、興奮状態が良くありません。
御手洗さん、常在戦場のつもりでいてください。
ほかの誰もがあわてふためいたとしても、貴女だけは冷静でいてください」
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