午前八時二十分、始業時間十分前だ。
三階建てほどの高さのある倉庫の前で、二十人近い人間が整列している。
のりの効いた作業着を着た社長の甥である部長が「始めえ!」と号令をかけた。
ラジカセから流れてくるラジオ体操の声に合わせて、みなが体を動かしはじめる。
(ご苦労なこった)と思いつつ、二十歳の誕生日をつい先日にむかえた彼も、いかにもだるそうに小さく体を動かし始めた。
(ああ、かったるい)。体を反らしたときに見えた空が、けさは快晴だ。
ジリジリと焼けつく日差しが、もう届いてくる。
(今日もきつい一日になりそうだ)。そんな思いを抱えながら、彼のいち日がはじまった。
倉庫前での定例行事になっている体操に、
(どうして大人はこんなにも従順なのかねえ。勤務時間にしてもらえねえ十分間だぜ。
これは、資本家による搾取そのものじゃないか)という思いが彼のなかに膨らんでいる。
(けへっ! おれがさくしゅなんてことばを使ってやんの。
「バカだ、ネクラだ」。いっもいじられたおれがだ)と、自分でじぶんを褒める彼がいた。
「なんで倉庫の中でやらない? 夏は暑いし冬は寒いし、最悪だぜ。
『昔は乾布摩擦をしたもんだ』って言うけどさ、時代がちがうでしょ。
軍隊じゃあるまいし。戦争が終わってもう三十年以上経っているんだぜ、まったく」
と、同期入社の者にこぼしたことがある。
当然に、「そうだよね」ということばが返ってくると思っていた彼に、
「体を動かしておかなきゃ、すぐに機敏に動けないだろ。そんなの、当たり前だよ」
と、会社側の模範解答がかえってきた。
(あいつのマジメさには、馬鹿がつくぜ)。そんなやりとりを思い出した。
(真面目か……。けど、かれのそれには負けるな……)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます