昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

青春群像 ご め ん ね…… えそらごと(二十九)

2024-07-07 08:00:29 | 物語り

 五月日ざしは肌に悪いからという貴子のことばで、山肌の木陰で食事をとることになった。
「三角おにぎりのつもりなんですけど……」と、真理子がはじめて握ったというおにぎりが出された。
「形が悪くてごめんなさい」というそれは、すこしいびつな丸っこい形をしていた。
「お味はどう?」と問いかけられ、「うまい!」となんども叫ぶように言いながらぱくついた。
 満足げに頷く彼にうながされて、ふたりも頬ばった。
とたん「塩辛い!」と、目を白黒させながら声をそろえて言った。
「ちょうど良いって」という彼の必死のことばに、真理子の警戒心がとれてきた。
会社ではぶっきらぼうな態度をとる彼だが、それが照れ隠しによるものなのだと知り、そんな彼に親近感を覚えた。

(やっぱり、九州男児なのよね)
 再確認する真理子だった。
そして彼を、故郷にいる兄にダブらせた。
融通のきかない性格で、なにかといっては父親と衝突していた。
炭鉱夫として家族を養いつづけた父親に対して「これからは石油の時代だ」と公言していたにも関わらず、みずからも炭鉱夫としてその終焉を見とどけたいと言いだしたのは、中学を卒業する前年のことだった。

 父親の猛反対と母親の懇願にもかかわらず、みずからが父親の所属する炭鉱会社への入社をしてしまった。
真っ黒な顔からのぞかせる白い歯が、真理子の脳裏にあざやかに浮かびあがってきた。
兄ほどではないにしろ、彼もまた日に焼けている。
ひと当たりが良く、つねに優しい態度で接してくれる岩田は、彼とはちがい白い肌が眩しくさえ感じられる。
 貴子が「デートしてみる?」と問いかけたときに激しくかぶりを振ったのは、中学生時に受けた眼鏡に対するいじめのごとくにはやし立てた男子が色白だったことからだ。

 ピンク色の可愛らしいフレームを「色気づいてる」と揶揄された。
すぐに黒縁のフレームに変えたあとにもこんどは「乳がでかくなった」などと容姿に関することなどで止むことはなかった。
以来、異性にたいする警戒心が生まれてしまった。

 彼にたいする先入観が誤りだと気づいたときに、そして兄がダブったことにより異性にたいする恐怖心もやわ和らいできた。
必要以上にみがまえてきた己が情けなくなり、そして恥ずかしさがこみ上げてきた。
「合格! 男らしいわよ」と、貴子が彼の手をとり真理子の手にかぶせた。
とつぜんのことに驚くふたりだったが、たがいの暖かさが伝わりあって笑顔が生まれた。
「これは自信があるんですよ」というたまご焼きは、ふわふわとした食感が見事で、うんうんとうなずきながら食べた。

 



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