長編恋愛小説 ～水たまりの中の青空・第一部～（一） 僕をどうしたいのだろう？

（五）

“僕をどうしたいのだろう？”

彼の脳裏を、又してもかすめた。
彼の右側の車窓に、ガードレールが流れて行く。
車に疎い彼には、この車がドイツの高級車メルセデス・ベンツであるとは、分からなかった。
左ハンドルであることが、奇異なものとして感じられているだけだった。
麗子にしてみれば、そんな彼のウブさに心を動かされているのかもしれない。

麗子の口から、いつもの軽やかな口調ではなく、半ば咎めるようなそして蔑みの色さえ感じられる言葉が発せられた。

「貴男、運転できる？」
突然の言葉に、彼はどぎまぎしながらも安堵の心持ちが湧いてきた。
「いえ、免許を持っていないんです」
「違うの！無免許だとはいうことは知ってるわ。車を動かせるか？　と、聞いているの」
腹立たし気に、畳みかける口調だった。

「いえ、まだ動かした経験もないし。だめです、すみません」
「それは変よ。経験してないから出来ない、というのは理屈に合わないわ。私にしても、無免許ですのよ」
“えっ！　無免許だって”
驚きはしたものの、さもありなん、と思えてしまう彼だった。

「全ての経験は、初体験からよ。貴男、童貞？　そうね、きっとそうね」
一瞬、軽い放心状態に陥った。耳を疑った。

“何が言いたいのだろう”

戸惑いつつも、麗子の真意がどこにあるのか、彼は訝しげに言葉を返した。

「どうしてそんなことを聞くんですか？　すごく残酷だ、その問いは。
どう答えて良いのか、僕にはわかりません」