昭和の恋物語り

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長編恋愛小説 ~水たまりの中の青空~(十六)もう一つの仕事部屋なのよ

2015-09-15 08:50:56 | 小説
「あなた、年上の女性と付き合ってるでしょ? それとも、付き合ってたでしょ?」
話題が突然飛び、蛍子の目が妖艶に光った。
「は、はい。でも、どうして分かったんですか?」
「で、一人っ子ね。何ていうか、せかせかしてないのよね」

「あのお、一つ聞いて良いですか? この店の名前、七両三歩ですよね。なにか、意味があるんですか?」
恐る恐る、彼は聞いた。
「ふふ…。あなたも、やっぱり気になるのね。
人に聞いた話だと、江戸時代における浮気の免罪料みたいなものだって。
不義密通は御法度の時代でしょ? 勿論、現代だってそうなんだけどさ。
でね、女将さんに聞いてみたの。そしたら『おけいちゃんの好きなように解釈しなさい』ですって」

ほんのり桜色に染まり始めた肌が、彼の目にグイグイと迫ってくる。
悪戯っぽい笑みは、いかにも少女のように見えもした。
足をくずして
「あなたもくずしなさい、夜は長いんだから。それとも‥‥」
と、螢子が上目遣いで言った。
螢子の視線に耐えられなくなった彼は、思わず視線を落とした。
「どうして、僕に声を掛けられたんですか。見も知らぬ男なのに」

「ごめんね。正直言うと、誰でも良かったの。たまたま、貴方が居たってこと。
怒った? 女将、言ってたでしょ? 
やり手だって。そう、体を張ってるのよ。
軽蔑するかもしれないけれど、体を使って情報を仕入れるの。損失の穴埋めにも、ね。
勿論、邪道よ。建前では、会社でも禁止されてるわ。
でも上の方は知ってるわ、黙認なの。
だから凄くストレスが溜まるのよね。いつもはスポーツで発散するんだけど、今夜は特別」
と、一方の襖を開けた。

四畳半の部屋で、中央に布団が敷いてある。
「だからこの部屋は、もう一つの仕事部屋なのよ。ふふ‥‥」


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