昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (三百八)

2023-01-17 08:00:20 | 物語り

「なんてこというんだ、姉さん。ぼくは姉さんがいてくれるから、変ないい方だけど、姉さんが病気だから、こんなにがんばれるんだ。
なまけ者のぼくがこんなにがんばれるのは、姉さんのおかげなのに。
姉さんが一日でもはやく元気になってくれれれば、ぼくはそれで満足だよ。
だから、そんな哀しいことはいわないでくれよ」
「勝利、ありがとう。ありがとう。こんなあたしでも、生きてて良いんだよね? 
わかったわ、もどる。あたし、病院にもどるわ。もどって、大人しくしてる。
そして早く退院できるように、がんばるわ。
そうよね。退院したら、楽しいことが一いっぱいってるのよね。
小夜子さん、お約束したわよね。百貨店に行ってお買い物して、それから美味しいものを食べましょうって」

「ええ、もちろんよ。だからはやく元気になって」
 涙、涙で、しっかりと抱き合う小夜子と勝子。うんうんと大きくうなずく竹田。
その中で母親だけが、くらく打ちしずんだ顔をしていた。
三人に見られないようにと、後ろを向いて涙をふいていた。
「そうだよ、勝子。元気になって、あんたもしっかりと働いてくれなくちゃ。
そして勝利に、嫁をむかえようね。あたしもそろそろ、おさんどんから開放されたいし。
そうだよ、勝子! あんたも、お嫁に行かなくちゃ。」
 居住まいを正して、母親が明るく声をあげた。

「女の幸せはね、何といっても家庭を持つことだからね。
やさしい旦那さまにとついで、たくさんの子宝にめぐ恵まれっちゃ。
笑いがいっぱいあふれる家庭をね、つくることだよ」
「お母さんったら。でも、あたしなんかだめよ。
こんな病持ちの女を貰ってくださる殿方なんか、いらっしゃるわけないわ」
 自嘲気味に、吐き捨てるように勝子がいった。
畳のへりを指でなぞりながら、少し口をとがらせながら勝子がいった。
「いるよ、姉さん。すくなくとも、二人、いるんだよ」と、快活に笑いながら竹田がいった。
「だれ?だ れなの、そのお二人って」。「分かんない?」。勝子の目を覗き込みながら、竹田が笑った。

「ま、まさか……」
「分かった? 服部くんと山田くんだよ。
あの二人、姉さんのことを美人だってほめてた。二番目に美しい女性だって。
一番は、残念ながら、小夜子奥さまだってさ。
小夜子奥さまは嫁がれちゃったから、ぜったいに姉さんをお嫁さんにしたいってさ」
「からかうんじゃないの! あの二人がそういうのは、あんたに、、、」
 勝子の声を遮って、竹田がいう。「違うって! ほんとに、心底からそう思っているんだって。
二人で協定をむすんでるんだぜ。おたがい、抜けがけはしない! って。
二人そろって、姉さんの前で告白するって。ほんとにそういったんだ」

「バカね。そんなこと、間に受けちゃって。冗談に決まってるでしょうに。
こんな痩せっぽちのガリガリ女を、好きになるわけないでしょ! 
かつがれたのよ、あんた。バカね、ほんとに」
 ほほを赤らめながら、なんどもなんども否定する勝子だ。
しかしそれでも竹田は、口を尖らせていう。
「病気が治ったら、元にもど戻るって。
栄養のあるものをたくさん食べれば、きっと元のふくよかな姉さんにもどるって。
もっとも、太った姉さんを見たら、二人ともあとずさりしちゃうかもね」



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