昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

[宮本武蔵異聞] 我が名は、ムサシなり! (十)

2017-05-21 14:10:53 | 小説
 幾日か後のこと。
毎日を無為に過ごしているムサシに対して
「ムサシさま。
吉岡清十郎さまを倒せば、京随一の剣士となります。
さすれば、武芸を奨励している藩より、お声がかかるやもしれませぬぞ」
と、番頭が耳打ちしてきた。
庄左衛門の意を受けて、ムサシの力量をはかるために申し出たのだ。
ムサシの心底を探る意味もあった。
用心棒として逗留するつもりならば、相応のことをと考えていた。

 ムサシにしても、そろそろ腹を決めねばと考えていた。
長崎の地に赴くか、それとも京の地に留まるか。
どこぞの藩の剣術指南役に就ければと思うが、その術が皆目分からない。
庄左衛門に尋ねようにも、あの夜以来、ムサシを避けるが如くにしているように思えた。

「早速にも見て参ろうか。相手の力量の分からぬままでは、いかにも‥‥」
「では、丁稚に案内させましょう」
番頭の素早い返事に、ムサシ自身の力量をはかるためと感じて、腹も立ちはしたがさもあろうかと思い直して出かけた。 
 吉岡道場を覗いた折に、そのあまりになよなよとした動きに呆れ果てた。
〝これなら勝てる!〟
そう踏んだムサシ、すぐさま京の町道場破りを繰り返した。
そして
「吉岡道場なるもの、公家衆御用達の棒振り剣法なり。日ノ本一武芸者 宮本武蔵」
という立て札を、宇治川、鴨川そして白川の橋近くに立てた。

 この立て札に激怒した清十郎が、返答と題した立て札を京の至るところに立てさせた。
どこの馬の骨とも分からぬ男を、日ノ本一などと称することはできぬとばかりに、わざとひのもといちと書き込んだ。
「ひのもといちなる武芸者に告ぐ。我が道場を、是非にも訪ねられたし。尺八にておもてなしいたそうほどに」
 度量の狭い男よと苦笑いを番頭に見せながら、尺八とはすなわち小太刀を意味するのであろうと、逆手を取って一尺八寸ほどの棒きれを用意させた。

「ご指南いただきたい」と乗り込んだムサシだったが、当の清十郎は留守にしていた。
「生憎と、師範代もおられぬ。出直していただきたい」
古参の門人が告げるが、ムサシは大声で「大方、奥座敷で震えているのであろう」と、暴言を吐いた。
怒り狂った一人が「所望!」と叫び、ムサシに打ってかかった。
待っていたかの如くにひょいと体を交わすと、手にしていた棒きれで木刀を叩き落とした。

「参った!」と叫んだにも関わらず「参ったは、死を意味することぞ!」と、激しく打ち据えた。
ムサシの言動に激怒した門人たちだったが、冷静さを欠いたままでは、ムサシの術中に陥るだけだった。
三人の門人が続けざまに打ち倒されて、怒りにまかせた三人が同時に挑みかかった。
 途端にムサシは、「卑怯、卑怯!」と叫びながら門人たちを道場内から往来におびき出した。
何事かと足を止める町人に向かって「ひとりの我に、多数なり。逃げるが勝ちなり!」と声を張り上げて、走り去った。


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